月の神物語
夢を見ていた。
夢の中で、彼女は昼に添う月だった。力強く世界を照らす太陽、その隣で月はひっそりと世界を見ていた。人の営みを、生き物の営みを見ていた。
そして月と太陽が空から退くと、世界には夜が訪れた。夜は冷たく静まり返り、世界の中に住む誰もがその息をひそめた。
夜は冷酷だった。無慈悲だった。
太陽は神々しかった。温かく、すべてに活力を与えてくれた。
月は――何もなかった。
人にとって月は、太陽の横にある存在、ただそれだけだった。
月はそれを知っていた。何の役に立つと、自分を笑う言葉を知っていた。けれど彼女は何も言わなかった。彼女は太陽のことが好きで、太陽は彼女のことを愛していた。だから彼女はただ、太陽の横にあり続けた。
けれど、太陽は月に対する嘲りを許さなかった。
太陽はある日突然、輝くのをやめた。生き物に祝福を与えるのをやめた。昼を昼にすることをやめ、それを夜に明け渡した。世界から光が消え、恐怖が世界の中に広がった。
……どうして、と聞くこともなかった。
太陽の考えが、手に取るようにわかった。
彼女はそっと太陽を見上げた。
闇の中で、太陽がうなずいた気がした。
寒々しかった夜の中、そっと、柔らかな、暖かな光が零れ落ちた。
夜は驚いた。彼は自らを引き裂き、追いやる太陽の光しか知らなかった。同じ光でも、これはだいぶ物が違った。この光は自分を排他しようとしていない。
驚いて、見遣った先に、その美しい姿はあった。
金色に輝く月は、銀のヴェールで世界を包んだ。太陽が活力を与える光なら、彼女は安らぎを与える光だった。嫌われてばかり、追い払われてばかりだった夜にとって、その存在は驚愕だった。彼女は夜をも優しく包んで、守った。
かたくなだった夜の心に、光が差し込んだ。
地上の生き物は驚いた。暗くさびしいばかりだった夜が不意に明るく照らし出された。長く昼が来ていない中では、その光はとてもまぶしく見えた。まぶしくて、けれど懐かしく、優しい光だった。
月がこれだけ美しく輝くのだと、地上の生き物は初めて知ったのだ。
そこで突然、太陽の声がした。お前たちは私の隣にいる月しか知らない。けれど月は、闇夜ではこれだけ美しく、世界を包む。
問おう。月は役立たずか。
否。地上の誰もがそう答えた。月がともにいれば、あの夜すら恐ろしいものではなくなった。これを役立たずと呼べるものか。
太陽は満足したように笑って、世界の半分だけ照らした。
太陽は世界の半分を照らし、もう半分には、月と闇が住まう。太陽は月のことを愛していて、離れるのは耐え難かったけれど、彼女が悪く言われるのは業腹で。だから、彼らは隣り合うことを選んだ。
いつも寄り添うのではなく、隣り合って、彼らは世界に昼と夜を届けることにした。
……やがて。きまぐれに地上に降りていた月が、地上に住まう森と恋に落ちる。
けれど、それはまた別の話で。夢の中で、彼女は夜と共に安息の時を運んでいた。
2014/01/15 作者名変更。ストーリー担当の名前が「明るい歌」という意味で、文章担当のペンネームが「蛍石」という意味だったので、安直に二つをくっつけてこういう名前にしました。「ウタホ(ボ)タル」とお読みください。