⑨
雪は降り止むことを知らず、年明けに近づけば近づくほどにますます強まっている。波乱含みの近況報告もひと段落し、若者たちはいくらかの眠気を連れながら、のんびりとした時間を楽しんでいた。
「ロガール、つらそうだな」
「……朝型の生活サイクルの私には、この時間帯はそろそろきついです」
そして特に眠そうなのは、その職業ゆえに朝型生活が身に染みついているロガールと、先程の小芝居で体力を消耗したエクエスという、年長かつノンアルコールのふたりだった。
一方で若い方のふたりは元気なもので、酒の消費は止まったものの、先程から絵描き大会やじゃんけんなどをしてずっと遊んでいる。
「あー! また負けた!」
『じゃあ次はプリミラが邪気王ね』
ちなみに今の彼らは、傍から見ても何だかよく判らない遊びをして楽しんでいる模様。
「私たち、日付が変わるまで戦えますでしょうか……?」
「不安だ……歳をとったな、俺たち……」
年長組の嘆きを受けるように、夜はどんどん深まる。楽しみにしている年明けも、どんどんと近づいてくる。壁時計によれば時刻はもう十一時を回っており、気付けばあと一時間もしないうちに新年というところまで、時は進んでいた。
「もういい時間ね」
あのわけの判らない遊びを自然とやめていたプリミラが、ぽつりとつぶやいた。見れば、主催のああああは、いつの間にかうつらうつらと舟を漕いでいた。
「何だ、主催者がいちばん寝そうじゃないか」
自分こそ眠そうな目をこすりながら、エクエスは口角をくいっと上げる。
「そうね、相変わらずマイペースだし、あんな小さな呪いも解けないままでいるし……こいつは本当に何も変わらないわね」
うたた寝する剣士の横顔を、プリミラはやさしげに見つめている。彼女が見ているのは、果たしてそれだけなのだろうか。
「――あたしたちは、変わった?」
彼女が見つめていたのはこの寝顔のずっと向こう側、冒険をして、戦いをしていたころの自分たちのことだった。そして、それよりもさらに前――生まれてから今までの、彼女自身の歩いてきた道筋だ。不思議なまでに変わらないこの青年の横顔に、彼女は知らず知らずのうちに過去を重ねていた。
まきがはじける。
「そもそも、変わる必要なんてあるのかな?」
ほとんど独り語りのように漏らされる言葉たちを、ロガールとエクエスは決して聞き逃さなかった。
「知らん。だか確実に言えることはひとつある。俺たちは、俺たち自身が変わろうと思えばもっと大胆に『変わる』ことができたはずだということだ」
眠そうな表情はどこへ行ったのやら、いつぞの鋭い眼光を取り戻したエクエスが言った。
「俺たちは、あの戦いの中心になった。今日の平穏は俺たちだけの成果ではないが、俺たちが称賛されたことは何もおかしくはないし、事実たくさんの人々に称えられたことを忘れたわけではあるまい」
「……」
饒舌な騎士は語る。
「多くの人に認められたということはつまり、俺たちはあのとき、もしくは今だって、その気になれば楽な生き方を選択することだってできたはずだということだ。よく考えてみろ、こうやって汗水流して働いたり、失業に落ち込んだり、苦しい思いをして修行したりしなくたって生きていける道もあったはずなんだ」
仲間たちは黙っている。それでいて、熱心に彼の話に耳を傾けていた。
「しかし、俺たちは揃ってそうしなかったな。全員が全員、たくさんのことに苦しむかもしれない道を選んだ。普通の人間であることを辞めようとしなかった。どうしてだ? それは変わりたくなかったからじゃないのか? 家族や大事な人、そういうものを前と変わらず大事にしたかったからじゃないのか?」
雪はますます強まる。風も出てきたのか、いつしか室内に森が鳴く音がかすかに聞こえるようになっていた。
「俺は今、その、やんごとなき理由で無職だが、俺は俺を誇りに思うぞ。お前たちのこともだ。お前たちは英雄になろうとしなかった。英雄になるということは、過去の栄光でそいつの人生が終わってしまうということだと思う。人生を終わらせなかったお前たちは、俺の誇りだ」
仲間から視線を逸らして、少しだけ照れたようにその話を締めた。
「……私だって、できれば坊主なんか辞めたかったですよ。朝は早いし、思うままにならないことだってたくさんあります。好きでやっていることですが、好きじゃないことだって、いろいろ」
自分の衣服をじっと見つめ、ロガールは静かになった室内を再び言葉で埋めた。
「それでも私が未だに坊主でいるのは、きっと私が欲しかったものが、見たかったものが、きっと英雄の椅子のような高いところにはなかったからです。ただ、それだけでしょう」
みなからすっかり忘れ去られていたつまみをぱきりと割って、ロガールは口に放り込む。それきり、彼は口をつぐんだ。
代わりばんこのように、再びエクエスが語りだす。
「俺たちは変わらなかった。それでも変わらない中で変わろうとしている。普通の人間として成長しようとしている最中だ。そういう人間が悩むのはごくあたりまえのことだし、何だその、プリミラ、お前もそんなに答えを急がなくたっていいんじゃないか」
やはりどこか照れを隠すような様子で、エクエスは言った。これは仲間に対する彼なりの励ましなのかもしれない。
「……あなたは成長を目指した結果、姫に嫌われて失業しましたけどね」
「うるさいぞ、そこの坊主」
ロガールからつまみを分けてもらって、エクエスも同じように口に放り込んだ。するとここまで聞き手に回っていたプリミラもまた、同じものを取って食べ始めた。もぐもぐと顎を動かしながら、彼女はどこかほっとした様子で小さくこぼしたのだった。
「……まわりくどくて、わけが判らないわ」