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「失業? アーラ姫の護衛の仕事を、ですか?」

 ロガールは意外だとでも言いたげに目を見開く。吐き捨てるように彼の問いに答えるエクエスの様子は、どこかやけになったようでもあった。

「そうさ……ほかにあるまい。俺は物心ついたときから騎士になることだけを考えてきた男だ」

 ようやく前を向いた彼の鼻は赤くなり、同じく赤みを帯びた目には涙がにじんでいる。

「またどうして。この間まで、一緒に仲良く街を歩いていたじゃないですか」

「俺だって知りたいぜ! あれはつい先日のこと――そう、ちょうどお前からの手紙が着く前日のことさ、ああああよ」

 ショックがよみがえってきたのだろうか、エクエスの目にはどんどん涙が溜まっていく。話し出すころには、今にもあふれそうな状態にまでなっていた。彼はこまめに目尻を拭いながら、どうにかこうにか話を続ける。声を出すだけで精一杯といった、いかにもつらそうな表情をたたえて。

「俺はあの日も、いつものように学校帰りのアーラ様をお迎えに行った。帰りに内緒で寄り道して、クレープなんか買ったりしてな。いつものように楽しくてしあわせな日だったよ――空も晴れ、本当にすがすがしかった」

 騎士はすすり泣く。仲間たちはそんな彼の話を静かに聞く。

『飲んでいないのに泣き上戸だね』

「……そこの剣士、余計なことを言わない、もとい書かないでください」

 もっとも僧侶はともかく、剣士はあまり聞く気もないようだが。

「メソンは本当に平和なところだよな。その後無事に邸宅の前まで着いて、アーラ様とお別れをしようというときだった。彼女はふいに振り返って、あの大きな瞳で俺を見つめるのさ」

 さらに当のエクエスは話すのに必死で、仲間たちの反応などどうでもいいらしかった。ここに来て彼らの温度差はますます広がるばかりだ。

「そしてアーラ様は俺に言われた。ああ、突然さ。突然俺に残酷な言葉を突き付けたのさ。あの鈴のようなお美しい声でな!」

 とうとう涙を頬に伝わせ、椅子から立ち上がったエクエスはあのよく通る声を張る。まるで演劇のような身振り手振りが加わっている様子を見るに、どんどん気持ちが盛り上がっているようだ。

『なるほど、自分に酔ってるのか!』

「否定はしませんが黙りなさい」

 雑音など耳に入らない騎士は、構わず踊る。踊り続ける。

「かつての王女は言われた――『騎士エクエスよ、これからはわたくしに囚われず自由な道を歩みなさい、その方がきっとあなたのためです』と! ああ、なんと残酷なことだろう。王女よ、我が主君アーラ姫よ! 俺にはあなたしかいないというのに!」

 田舎村にある一軒家の小さなダイニングが、雪も溶かさんばかりの勢いを持った、熱いひとり芝居のステージに変わる。観客は、わずかにふたり。そのふたりも役者の壮大すぎる世界観にまったくついて行けていない。

 意図せずしてすっかり奇妙な空間に巻き込まれている観客たちは顔を見合わせてお互いの戸惑いを確認する始末だ。

『アーラちゃんってそんな口調だったっけ?』

「多少の脚色は許してあげてください」

 冷めた観客たちのことはすっかり無視して、騎士はまだまだ芝居を続ける。もはや彼にはここにいないアーラ姫のことしか見えていないのではないだろうか。

「王女よ、俺の何がいけなかったというのか! 先日のおつかいでお菓子の種類を間違えたのがいけなかったのだろうか! はたまた鬼ごっこで本気を出して逃げてしまったのがいけなかったのだろうか! それとも――」

 滅亡したメリディエ王国の第一王女アーラ姫は、今年で九歳。現在、トラぺジオン王国の保護を受けながらメソンにある小学校に通う。

 そのとき、ふいに何かの気配を感じたああああが、その身をぶるっと震わせた。階段の方をちらりと見た彼は、またたく間にほうれん草のように真っ青になりながら、慌ててメモ帳を取り出した。急いで何かを書き込むと、書き上げた文面をさっとロガールに見せる。

『やばい、階段の上から母ちゃんが睨んでる』

 血の気の引いたああああの示す方向を見遣ったロガールもまた、そちらから発せられる禍々しいオーラに背中を冷たくさせられる。歴戦の僧侶でも敵わないもの、それが世のお母さんの怒りだ。

「そろそろ止めてやりますか……」

 溜め息をついたロガールが、熱演を続けるエクエスを落ち着かせようと静かに起立する。すると、彼の目にちょうど彼女が戻ってきたのが見えた。どこかすっきりした顔のプリミラだ。

「うっわぁ……」

 彼女は戻ってくるなり、柱に背を預けて腕組みをするという尊大な姿勢でエクエスに言葉の矢を放った。話の流れは、彼の大声による芝居でおおよそ把握しているらしい。

「何だかんだ言って、あんたがそんな風だから、単に姫ちゃんが気持ち悪がっただけなんじゃないの?」

 ぴたり。

 エクエスは止まったが、その代わりに触れてはいけない部分を思いきりぶん殴ってしまったのではないか。そんな疑念に包まれ、その場の空気が凍りついた。

 当のエクエスは目を皿のようにして、さらには口も開けっぱなしにして、何とも情けのない顔であきれ果てたプリミラをじっと見つめている。

「あんた、護衛というよりはストーカーに近いわね」

 その一言でエクエスが、はっと我に返る。また喧嘩でも始めるのかと焦る仲間たちの予想を裏切り、彼は再び涙ぐんだ。そしてぼろぼろと泣きながら、必死になって彼女に訴えるのだ。

「世の中には、判り切っていても判りたくない現実だってあるんだ!」

 こうしてひとりのストーカーの誕生とともに、熱く虚しい芝居は終わった。

 夜は更けていく。そろそろつまみに手を出す者もいなくなってきた。


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