⑦
「じゃあ、次の人―」
プリミラが新しい酒を注ぎながら、仲間たちに話を振る。
「い、いや、次はプリミラだろう」
『賛成!』
どこか慌てているエクエスに乗っかる形でああああが賛成し、次の話題はプリミラの近況ということになった。
「えー? まあ、いいけど……」
酒をちびちびとあおりつつ、彼女は口を開いた。しかしこの女、一向に酔う気配がない。
「あたしは最近、またおばあちゃんのところに戻って魔法の勉強をしてるんだよね。ほら、昔は何かを壊す魔法しか使えなかったでしょ? 魔法使いを名乗るには、さすがにそれじゃあまずいかな、と思って……」
彼女の言葉に男たちは大きくうなずく。彼女のとびきり強い魔力から放たれる魔法の誤射に、彼らは何度苦しめられたことだろうか。
「それでね、一年半くらい前からずっと、扱える魔法の幅を広げるために勉強をしているわけよ。でも、やっぱり苦手なところを強化するのはなかなか苦しくて、失敗ばっかり」
プリミラは、グラスを置いて窓の外の遠いところを見つめた。ちらついていた雪が強まって、しっかりと積もり始めている。
魔法使いの森と呼ばれる集落で生まれた彼女は、若いながらもすぐれた素質を持つ人物だ。しかし得意分野は攻撃魔法と言われるものに極端に偏っており、冒険のときにはただひたすらに攻撃をすることしかできなかった。それが彼女が長年無視し続けてきた弱点であり、ひそかなコンプレックスにもなっていたのだ。それに向き合おうと思ったというだけでも、人間としての大きな成長が感じられるところだろう。
思いつくままに、彼女は言葉をつなげる。
「そうそう、ついこの間も魔動人形相手に肉体の動きを補助する呪文の練習をしていたのね。こう、身体がふわっとするやつ。それがさ――」
そこで一度口を閉じ、彼女は額を抑えてうつむいた。
「……人形、内側から爆発したの。ふわっとどころか、めりめりっと大きな音を立てて……」
「……」
誰もが黙り込む。暖かい家の中の空気が、一瞬にして凍りついた。そんな中、彼女は沈んだ声で続ける。
「もしもあれが人間相手だったらと思うと、あたしもうおそろしくて……」
人を補助するつもりの魔法で相手を破壊してしまったとしたら。壊す目的の魔法を使ったのならともかく、意図しないで起こる破壊こそが何より怖いのだと彼女は言った。
「……骨の裂ける音ってどんな音なのかな。あれに似ているのかな。肉のはがれる音ってどんな音かな。やっぱりあんな音なのかな……」
下を向いたまま、自らの力の恐怖を知ったばかりの魔法使いはうなされるようにつぶやき続ける。もう少し早くその気づかいを身に付けていたらと願うのは、昔を知る仲間たちのわがままだろうか。
「あと、ちょっと気持ち悪い。ああああ、お手洗い借りるね……」
白い顔をして彼女はふらりと立ち上がり、そのまま家の奥へと消えていった。
再び男たちの間に短い沈黙が流れる。それを破ったのは、全員の小さな溜め息。
「結構なトラウマになっているようですねぇ」
『そして派手に自爆したね』
「しかし彼女が悲しみや嘆きを覚えたということの意義は大きいです」
「魔法使い、やめないといいけどな……」
感慨深そうにうなずく僧侶、心配のあまりおろおろする騎士、そして酒のせいか、どこか楽しそうな剣士。宴の楽しみ方は三者三様であった。
「さて、彼女は当面戻ってきそうにもありませんが、あなたはどうなんですか? エクエス」
ロガールは家の奥をちらりと見つつ、先程から少し様子がおかしい騎士に問う。
「お、俺か?」
視線を泳がす彼に向けられる、隣の僧侶のじとりとした冷たくて湿った視線。この目には昔から、ごまかしを許さない奇妙な迫力があった。
もはやここまで、もうごまかせないか。覚悟を決めたエクエスは、オレンジジュースを一気に飲み干し、戦いのときのような鋭い目線をテーブルに着くふたりに送った。しかしそれも束の間、ふたりにおののかせる暇すら与えず、鋭い眼光の騎士は天板に額をつけて、ぱたりと伏せってしまったのだ。その様子は金色のはたきが置かれているように見えないこともない。
「……エクエス?」
ロガールが不安そうに彼の肩を揺らす。騎士は答えない。その代わり、部屋にはまきの音と一緒に男のすすり泣く声が響き始めた。
そこから事態が進展したのは、泣き声が聞こえ始めて、仲間たちが困惑し始めてしばらくしたころになってやっとのことだ。その不器用な男は、涙声をこらえて下を向いたままこう言った。
「俺……失業したんだ」