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 ほどなくしてああああの母親は、三人が囲むダイニングテーブルのところに大きな鍋を抱えてやってきた。中身は、予想どおりに野菜のたくさん入ったクリームシチューだ。

「お待たせしました、みなさん。大したおもてなしもできないけれど、今日はゆっくりしていってくださいね」

 この未亡人は、二年前と変わらずやさしい笑顔をたたえている。彼女は相変わらず使い込まれたエプロンを身に着け、息子によく似た顔でにこにこと楽しそうにしていた。少ししわが深くなった気もするが、それが却って彼女から漂う母性を際立たせている気がした。

 母親がシチュー鍋を置いてキッチンに戻ると、今度は入れ替わりで息子がやってきた。彼は焼きたてのパンの入ったかごと、魚の丸焼きが乗った大皿を器用に運んでくる。魚はどうやら、このあたりでしか獲れないもののようだ。

「ねー、これってこのあたりにしかいない魚?」

 一同のささやかな疑問を、特に魚に興味津々な様子のプリミラが代表して彼に問う。すると彼は小さくうなずき、肯定した。するとプリミラはきらきらと目を輝かせて、続けて質問をした。

「ふーん。じゃあ、何ていう魚なの?」

「……」

 料理を置いた剣士ああああは、ズボンのポケットに入れた愛用のメモ帳(先程と同じものだ)を取り出し、使い込まれたペンでさらさらと文字を書き込む。

『ヤブキタ』

「へー、そうなんだ! おもしろい名前ー」

 一同にとっては、見慣れた風景である。しゃべれない彼とのコミュニケーションは、常にこうやって行われてきたのだ。同時に、それはまた仲間たちにとってもどかしい時間でもある。ああ、どんなによかっただろう。こんなまどろっこしい手段など取らずに、彼と、本当の彼とまっすぐ言葉を交わせたのなら。とは言っても、ロガール以外はそこまで深刻に考えてもいなかったのだが。

 ほどなくして、ああああ親子によってすべての料理が食卓に並び、各々に合わせた飲み物も用意された。この二年の間に成人を迎えた主催のああああは日ごろ愛飲する果実酒を、ああああと同い年にして、すっかり酒好きになったプリミラはアナトレ名物だという強めの穀物酒を。そして年少組が酒をグラスに注ぐのをよそに、年長のふたりは互いの器にオレンジジュースを注ぎ合っていた。

「これほどお前の存在が心強いときはないな。かつての職場の飲み会でも下戸は俺ひとり、毎度毎度つらくて……」

「私は宗教上、職務上の事情で飲酒をしないだけで、家系的にはおそらく酒に強いと思いますよ。あなたと一緒にしないでください」

「……まことに申し訳ない」

 ロガールもまた、お調子者のエクエスに厳しかった。

 やがて全員に飲み物が行き渡ると、誰に頼まれるわけでもなくエクエスが立ちあがり、音頭を取った。もしかしたらこれが、職場での彼の役回りだったのかもしれない。

「それではみなさん、グラスを持って――」

 先程まで互いにあれこれと好き放題言いまくっていたかつての勇者一行も、彼のこのひと声で途端に団結し、おとなしくなった。表情は再会と穏やかな時間への喜びに緩み、今の彼らはすっかり普通の若者たちだ。その様子を静かに見守っていた不幸な剣士の母親は、その顔にわずかに笑みを浮かべると、二階の自室へとそっと戻っていったのだった。

 エクエスの元気な声が、いつにも増してよく響く。

「友との再会と平和を祝して、そして今年一年のみなのがんばりへのねぎらいを込めて――乾杯!」

「乾杯!」

『乾杯!』

 はじけるような仲間たちの声と、話せない剣士の几帳面な文字による乾杯――それはほんの少しだけ奇妙だったが、こうして勇者一行の小さな宴会は、家庭的で平凡な、極めて温かい空気の中で始まった。


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