前編
好きな子が出来たら告白する。
そんなの顔や性格に自信のある一部の人間しかできない。
僕みたいにパッとしなくて、自信がない人間は好きな子が出来ても友達しかなれない。
ふられるのが怖くて、嫌われるのが怖くて、告白なんて夢のまた夢。
だから、そう、ずっとずっと、友達のままでいいって思っていたんだ。
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僕の名前は水野和海。
「こんにちは、水野君。」
「・・・こ、こんにちは、浜山さん。」
今、僕は同じ美術部で隣のクラスの浜山一夏ちゃんに恋をしている。
彼女と出会ったのは、中学生3年のとき。
僕はその時、日本中学美術コンクールという、美術の全国大会に選出され、表彰式へと出席していた。
表彰が終わり、僕は勉強を兼ねて他の受賞者の絵を見ていた。
すると、僕の目はある絵で釘付けになった。
光がきらきらと輝いている天使の絵。
これよりも、金賞の僕の絵の方が、大人達はすごいと判断したけど、僕はこの絵が一番だと思った。
「わたしの絵、どうですか?」
腰までありそうな茶色のウェーブの髪の女の子が控えめに話しかけてきた。
わたしの絵、ということはたぶん、この絵の作者はこの子なんだろう。
「・・・・あ、えっと・・・・。
その・・・・すごい・・・キレイ、です。」
もっとうまい言葉で言いたかったけど、僕は月並みな表現しかできなかった。
自分のボキャブラリーのなさに落ち込む。
「よかった。ありがとう。受賞者の方ですか?」
彼女は僕の小学生みたいな感想でもすごく喜んでくれた。
ふわっ、とした柔らかい笑顔に僕は見惚れてしまう。
「は、はい・・・・」
「えっ!どの作品ですか?」
「あ、隣の・・・・」
そう言って、僕は隣の絵を指差す。
彼女の隣の絵が僕の絵だった。
「あっ!貴方が水野君?わたし、貴方の絵、好きなんです!」
その笑顔を見た瞬間、僕はたぶん、恋に落ちていたんだと思う。
高校が一緒だと知った時は本当に喜んだ。
クラスは違うけど、部活は一緒で、毎日部活がはじまる前と終わった後のわずかな時間を使って、ようやく友達と言える関係になった。
たぶん、今、僕たちはフラットな関係なんだと思う。
だけど、僕にはこれが精一杯。
元々、人付き合いがうまくない僕は、告白なんてできっこない。
今、好きな人がいるかどうかさえ、聞く勇気がないのだ。
「あのね、水野君、わたしね、夏休み部活出れないと思う。」
一夏ちゃんが、部活がはじまる前に僕に話しかけてきた。
「どうしたの?」
「うん、この間の検査結果が悪くて・・・・明後日から入院するんだ。」
「そう、なんだ・・・・。」
彼女は、心臓の病気を持っていて、時々入院している。
彼女曰く、大したことない、とは言うが、心配だ。
こんな時、お見舞いに行く勇気があればな・・・・。
「うん、ちょっと残念だなぁ。
今年こそは、花火大会見たかったんだけど・・・」
「あれ?でも、病院からも見えるよね?」
「そうだけど。でも、浴衣着て、りんご飴買って、病院じゃなくて、河川敷で花火を見たいのよ。
病院から見る花火なら、毎年見ているから・・・・たまには、ね。
でも、お父さんに迷惑かけられないし、それは来年の夢にしようかなっ。」
彼女はそう言いながら笑った。
僕の胸がずきりと痛む。
彼女はどれだけ、こうして笑顔でいくつものことを諦めてしまったのだろう。
「うん、来年・・・も、もし行けるようなら・・・・美術部の皆で行こう。」
こういう時、ふたりで、と言えないのが僕の欠点だ、とつくづく思う。
「・・・・そうだね、約束ね?」
本当は、二人きりで行きたいのに・・・
本当に僕は臆病者だ。
デートに誘う勇気すらないなんて。
それでも、僕は友達という関係でなんだかんだ言いながらも満足していた。
もし、告白して、嫌われたり、距離が離れてしまうのが怖いから、話せるだけでも、友達のままでもいいと思っていたんだ。
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だけど、梅雨明け直前のある日、僕の運命を変える出来事が起こった。
「おい、和海。一緒に帰ろうぜ。」
帰りの支度をしていると、同じクラスで、僕の唯一の親友の花園君が話しかけてきた。
「・・・えっと、野村さんはいいの?」
僕は、最近、花園君と一緒に帰っている女の子の名前を言った。
野村さんの名前を聞いた瞬間、花園君の表情が曇る。
花園君は最近、野村さんという同じ将棋部の女の子からアタックを受けている。
「いい。別に元々約束しているわけじゃない。あいつが勝手に押しかけるだけだ。」
僕が見た感じ、全く興味のない顔をしているけど、花園君も本心は別に満更でもなさそうだと思う。
だけど、まだまだ素直になるまでに時間がかかりそうだな、と僕は心の中で野村さんにエールを送った。
「今日は、お前に話があるんだ。」
花園君が急に真剣な表情で話す。
「話?」
「浜山の件だ。」
一夏ちゃんの・・・・?
一夏ちゃんの名前を聞いて僕の心がざわついた。
花園君は何を言おうとしているのだろう・・・・。
帰り道、普段あまり自分のことを話さない花園君が一夏ちゃんとの接点を話してくれた。
「俺、浜山のお父さんと将棋友達でさ、昨日指しに言った時に浜山と話したんだ。
浜山は言うな、と言っていたが、お前には言っておく。」
花園君は急に声のトーンを下げて、
「浜山の心臓・・・かなり悪いらしい。」
と、短く言った。
「えっ?」
僕は思わず聞き返す。
一夏ちゃんの心臓が悪いと聞いていたけれど、そこまでなんて知らない。
だいたい、彼女は時々休むことはあっても、いつも元気そうに学校に来ているのに。
「今回の手術、成功率がかなり低いらしいんだ。」
僕は、その言葉の意味が分からずにただ呆然としていた。
花園君は、何を言っているんだろう。
「・・・・嘘、だよね?」
震える声で、僕は花園君に聞く。
嘘であると、冗談だよ、と言って欲しい。
「嘘じゃない。俺がこういう嘘をつかない人間だって知っているだろ?」
そう、花園君はそんな冗談は言わない人だ。
そんなことわかっている。
「・・・・でも。」
今、この瞬間だけは、冗談であってほしかった。
「ん、ちょっと残念だなぁ。
今年こそは、花火大会見たかったんだけど・・・」
信じたくない。
「・・・・そうだね、約束ね?」
だって、来年、体の具合がよくなったら、花火に行くって約束したんだ。
「・・・・和海。
浜山は、お前の悲しむ顔を見たくないから言わないでくれって言っていたんだ。」
「・・・・・。」
どうして。
自分の死が近いかもしれないのに、
他人の心配なんかするんだろう。
しかも僕なんかの心配を。
「・・・・和海。どうするんだ?このまま伝えないまま終わるのか?」
花園君が僕をまっすぐ見て言った。
僕は花園君の顔が見れずに顔をそらしてしまう。
「・・・・ぼ、僕は・・・・」
「たぶん、浜山もお前のことを思っている。失敗する確率は低いと思う。」
「・・・・・・。」
このまま何も言わなかったら、おそらく彼女は何も言わずに消えてしまうだろう。
今しかないって分かっている。
だけど、それでも・・・・
彼女に気持ちを告げるのが怖い。
もし、振られてしまったら?
嫌いって言われたら?
それなら、彼女がいなくなるまで友達のままでいいじゃないか。
その方が、彼女がいなくなるまで傷つかないで済む。
嫌いなままお別れするよりは、今の関係がいい・・・・。
「和海!」
僕は走り出した。
花園君から逃げるように、現実から逃げるように。
そして、家に帰り、僕は泣くだけ泣いて、何時の間にか寝ていた。
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そして、それから、僕は花園君を避けるようになった。
学校で話しかけられても、避けて、何回も電話やメールがきていたけど、怖くて見れなかった。
彼女へのお見舞いも結局行けないまま、夏休みになり、お盆が過ぎ、新学期になった。
新学期、僕は担任の口から彼女が昨日死んだことを聞いた。
仲の良かった人や美術部の皆は泣いていたけど、僕は何故か、涙がでてこなかった。
なんだか、彼女がいなくなったことが実感できなくて、僕は抜け殻のようにぼんやりとしていた。
花園君が、何か言いたげにずっと僕を見ていたが、僕は彼に出来るだけ顔を合わせないようにした。
あれから、10年。僕は27になったーーーー
蝉の声がやかましい夏。
この時期になると、僕は彼女のことを思い出す。
あれから、僕の中の時計は止まってしまった。
彼女がいなくなってからも、当たり前のように世界が回っていて。
だけど、僕だけが、いつまでもいつまでも前に進めずに取り残されている。
あれから、僕は絵を描けなくなってしまった。
いや、描く気がなくなった、と言った方が正しいだろう。
アルバイトをかけもちしながら、自堕落な生活を送っている。
前に進む力もなく、ただ生きるだけの毎日。
時々、花園君から電話がかかってくる。
彼は、将棋のプロになり、もうすぐ名人になりそうだ。
今はもう、別の世界に生きる人となってしまった。
彼からの電話は、いつもとれない。
こんなに情けない生き方をしている僕は、彼と話す資格なんてないから。
もし、あの時ーーーー
勇気を出して、彼女に告白してみたら、何か変われたのだろうか。
10年たっても、前に進めない僕を、彼女は嫌うだろうか。
彼女も、友達も、夢も、希望も、全て無くしてしまった僕を見て、どう思うのだろうか。
ああ、もし、10年前に戻れたのならーーーー
勇気を出して、告白するのに。
嫌われてもいい、避けられてもいいからせめて僕の気持ちだけでも伝えるのに。
そうすれば、何か、変われたのだろうか。
前に進むことが出来たのだろうか。
ああ、でも、もう遅いな。
10年も前のことだから、もうやり直しなんかきかない。
やり直すことなんて、できないんだーーーー
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重い目をこすり、僕は体を起こす。
頭がぼんやりしていて、うまく働かない。
夢を見たみたいだ。
外はまだ暗く、もう少し寝れそうだ。
僕はケータイを見て、時間を確認する。
2012年7月10日
それは、10年後ではなく、今日の日付だった。
「・・・・ああ、夢・・・か。」
(でも、なんか夢じゃなかったような・・・・そんな気がする。)
僕はふと、部屋の中にかかっている鏡を見た。
そこに写っているのは、17歳の自分。
だけど、
「・・・・頑張れよ。」
と、27歳の自分が言っているような気がした。
「・・・・うん。」
僕は鏡の中にいる自分を見つめて力強くうなづいた。
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翌朝、僕はいつもより早く家をでて、通学路を走る。
確か、この時間にいるはずだ。
目的の人物を見つけて、僕は叫ぶ。
「・・・は、花園君!おはよう!」
花園君がゆっくりと振り返る。
「おはよ。」
安心したように笑って、短くあいさつをしてくれた。
「・・・えっと・・・昨日はごめん」
「・・・気にするな。」
花園君は僕に並んで歩き出す。
「・・・・ねえ、花園君・・・。まだ間に合うかな?」
僕は花園君に聞いた。
「さあね。俺には分からないよ。
全部終わった時に、後悔しなければいいんじゃない。」
花園君らしい、天邪鬼な回答が帰ってくる。
たぶん、これは、間に合うって言ってくれているんだな。
花園君の分かりにくい優しさに僕は小さく微笑む。
「・・・・そうだね。」
あの夢が、本当に夢かどうかは分からない。
だけど・・・あの夢の27だった僕が、17の僕の背中を押している。
後悔だけはしないように、勇気を出して、一歩踏み出そう。
病院の部屋の前、僕は緊張で固まっていた。
(えーっと、服・・・どこもおかしくないよね、寝癖・・・ないよね、普通にノックして入っていんだよね・・・・)
さっきから病室のドアの前でもたもたしているからか、看護士さんが不審そうに僕を見つめている。
(ああっ、もう、さっきからあの看護士さんずっと見てる・・・。ぼ、僕、不審者って思われてないよね?)
いよいよ看護士さんの視線が痛くなってきた。
(ええい!僕も男だ!ゆ、勇気を出せ!)
僕は思い切ってドアを開けた。
ガラっ
中にいた一夏ちゃんがきょとん、とした顔で僕を見る。
「こ、こ、こんにちは!」
緊張のあまり大きな声になってしまう。
「・・・・えっ、うそ、水野君・・・?
お見舞いに来てくれたの・・・・?」
一夏ちゃんは嬉しそうに笑った。
「そ、そ、そうなんだ!」
「うわぁ、嬉しい。ありがとう。」
(か、可愛い・・・・・)
はにかむ彼女に僕は思わず見惚れてしまう。
僕はドアを閉めて、ベットの横に座った。
「あ、あ、あ、あ、あの!えっと・・・・・浜山さん・・」
「うん?何?」
一夏ちゃんが不思議そうに僕を見つめる。
その視線で僕の緊張はいっそう高まる。
「そ、その・・・・」
一夏ちゃんは何も言わずに僕のことを見つめ続ける。
心臓の音がものすごい感じでバクバク言っている。
口の中が渇いて、うまく声が出ない。
「ぼ、僕、浜山さんが好きです・・・・。」
乾いた声で絞り出すように僕は言った。
「ち、中学の時・・・・展覧会で会ってからずっと好きで・・・・
よ、よければ僕とつ、付き合って下さい!」
一夏ちゃんの目から、涙が一粒零れ落ちた。
(な、泣いた?も、も、も、もしかして、嫌われた・・・・?)
振られるの覚悟とはいえ、ショックでそれ以上僕は彼女の顔を見れない。
とにかく、帰ろう、もう無理だ。僕なんかダメだったんだ!
「ご、ごめん!さ、さっきのは冗談・・・ぼ、僕、帰るね・・・」
僕が慌てて帰ろうとすると、
「待って。」
一夏ちゃんの声が聞こえた。
僕はゆっくりと彼女を振り返る。
「・・・ごめんね、泣いちゃって。
うれしくて・・・・涙がでちゃった。」
そう言って、彼女は泣きながら笑った。
その顔はとても、綺麗で・・・・
僕は目を離せなくなる。
「・・・・えっ?
ぼ、僕のこと、嫌いとかじゃなくて・・・・?」
僕は彼女の気持ちを確かめるように恐る恐る聞く。
「うん。わたしも、水野君が好き・・・・・。」
と、一夏ちゃんは一番の笑顔でうなづいた。
だけど、すぐ、暗い顔に戻って、
「でも、わたし、たぶんもう・・・・長くないんだ。
心臓の病気、かなり重くてね・・・・手術するけど、たぶん、失敗すると思う。
水野君に・・・・辛い思いはさせたくないから・・・」
と言いながら俯いて泣いた。
肩を震わせながら泣く彼女。
僕は自然と彼女を抱きしめた。
「それでも・・・・いいんだ。
たぶん、僕、ここで諦めたら・・・後悔するから。」
そう、あの夢が教えてくれた。
逃げちゃだめだって。
ちゃんと立ち向かえって。
「だから、短い間でも、ちゃんと向き合いたいんだ。」
「・・・・水野君・・・・。」
「ありがとう。」
彼女が涙を浮かべながら、綺麗に笑った。
たとえ明日で世界が終わっても、この笑顔を見れただけで僕は満足して死ねると思う。
僕はそっと、彼女にキスをする。
彼女が恥ずかしそうに僕を見上げる。
今まで花園君に、10年後の僕にさんざん背中を押されて、やっと掴んだ幸せ。
達成してしまえば、こんなことも出来ずに悩んでいた自分情けなくて、思わず笑いが出そうになる。
今まででずっと、勇気がなくて、一歩踏み出せなかったけれど、これからはもっと強くなろう、と僕は心の中で誓いを立てる。
この先、何があっても、誰が来ようとも、彼女を守れるような、そんな男になれるように。
END