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第七再拡張期。

「よーし、それじゃ形態進化プロセスのカウントダウン始めてくれ」


「了解しました。カウント300からです。……カウント、スタート」


 何時ものモニター越しではなく、超強化保護クリスタルガラス越しに肉眼で見る光景は中々に寒々しい。巨体の中央部で、厳重に防御を施された戦艦のブリッジに居る時に比べれば、高々700mクラスの船体、そのむき出しの艦橋に居るのでは心もとなく感じるのも仕方ない。


「コクーン化プロセス始動、同時に亜空間潜航開始。潜航深度は最大に設定。……完了。『白岳』とのリンクを切断する」


「リンク切断、問題無く進行中。管制AIの稼働体をこちらの船に移行」


 プロセスの進行に伴い、白亜の巨体はゆっくりと白く発光し始めた。が、それを覆う様に強力な対物理・情報防護膜が展開していく。最早肉眼でも本体が観測できなくなる程の強度に達した防護膜ごと、最後の過程は進行する。


 ゆっくりとその姿を消した白く輝く繭は、その休眠状態での性能が許す限りの限度で亜空間へと深く、深く潜っていく。その消失と並行して、自分の感覚からも薄らとしか感じられなくなっていく我が船に、俺は静かに敬礼を捧げた。


「全過程問題なく終了しました。……ご心配ですか?」


「初めての大規模適応進化だ。心配にもなるさ」


「むしろここまで引き伸ばした事が、どんな影響を与えるのか。予測できないだけに私も不安です」


 全環境対応型汎用超々弩級戦闘艦。その名前を冠する資格は、必要に応じて様々な形態へと「進化」する事が出来る、最大級の戦闘能力と超々弩級の名に恥じない巨大さを合わせ持つバトルシップである、という唯一つの不文律がある。


 俺達が居た時代でも片手に余るほどしか生産されなかった、フラッグシップにして「どんな事が起きても柔軟に対応ができる、戦力を持った大艦隊と同程度の戦力をもった戦艦」、という正直何を相手にすることを想定して設計されたのかと当時でも疑問が消えなかったこのシリーズの最新鋭艦。


 高度な学習装置、内部に存在する大げさに過ぎる出力を持つ恒星機関、そして単艦で全ての補給物資と修理物資を生産可能な完結性、超小型機械素子群と作業用ドローンの組み合わせによる完全メンテナンスフリーさえも可能にした整備性と、形態の変化さえも可能にする程の自己進化能力。


 どれか一つだけでも単純に「戦艦」に持たせるには過ぎた機能であり、だがしかしそれら全てをコスト度外視で詰め込まれた結果として存在する最新鋭にして極異端。様々な役割を持った艦隊を組み合わせ、最低限の人員で密にリンクを取る事で有機的に動かす、という基本的な軍の方針から明らかに外れたそれは、本来ならば『白岳』のひとつ前、5隻目で生産を終了していた筈なのだ。


「どの程度かかると思う?」


「全く予想できません。オーバーホールも兼ねての適応進化ですが、数十年分の蓄積データと時空間漂流中に得た情報が与える影響は不明です。それに、情報としては得ていましたが、本当にこれほど大規模に形態変化するのでしょうか?」


「するんだろうさ。製作者のお墨付きだ。曰く、「進化というよりも新生に近い」とさ」


 6隻目が建造された理由はただ一つ、その製作者が欲したからだ。4次元の支配の為、その第一歩を踏み出すのに必要なテストベッドとして、新しい法則に乗っ取ったデータを処理できるだけの機器と、それを搭載可能な程巨大で、尚且つあらゆる状況に対応可能な能力を持った船が欲しかったからだ。


 正直、俺は偶々製作者と知り合い、と言うか友人と言うか悪友と言うか、まぁそんな程度の付き合いはあるのだが、本人から聞いたから間違ってない。


 問題は、それを可能にするだけの能力がある、と言う事だ。自分の興味の赴くままに4つ目の次元に手を伸ばし、片手間に異常なスペックを誇る戦艦を作り上げ、最終的にその船に己の理論と欲望をありったけぶち込んで破綻させない事で証明済みだ。


 一つ文句を言わせてもらうとするならば、俺は彼女にこう言いたい。頼むから俺を巻き込むな、と。


 何が悲しくて(気分的には)若い身空で四千年以上昔に転勤せねばならんのか。


「……新生、ですか」


「ああ。繭の中で虫がドロドロに溶けて体を再構成するように、あの中で主要区画以外は全て分解し、再構築される。完全に無防備になるが故に一切の干渉を受け付けない強力な防護フィールドに身を包み、限り無く何もない亜空間に深く身を隠す必要はあるがな」


 これ程までに大規模な改修工事は、流石にその内部に不純物の存在を許してはくれない。


 そんな訳で、家主と座敷童が家『に』追い出されるといういたく不名誉な事態に陥ってる訳なのだが。


「いま私の事を大変失礼な扱いしませんでしたか?」


「ノーコメントだ」


 久しぶりに頭に乗っかり髪の毛を引っ張り始めた妖精を無視しつつ、俺は右手の手袋を見る。完全同調制御装置の役割もしばらく休みになった白い手袋は、素材が布ではない、と言うだけの唯の手袋になり下がった。


 今乗っている船は、商会から買い取った最新型の輸送船……に出来うる限りの改修を施した、言うなれば別荘だ。この時代からすれば異常な火力と機動力、装甲を持っているとはいえサイズは約三十五分の一。堅牢な本邸に比べれば正直、頼りない。


 だがまぁ、住めば都と言うし、暫くはこの船ですごさにゃならん。


 物質生成装置で燃料と弾薬は積めるだけ積んだが、これからは本邸からの補給がない。つまり自力で調達していかなければならない。不便さに肩を竦めつつ、艦船操縦免許を取った時以来の完全マニュアル操作で運航する事実に新鮮さを感じながら、俺は出力スロットルをゆっくりと前に倒していった。









 さて、第六期、後世では大復興期と歌われたスター・ブレイカー事件からの驚くべき速度での再建は、取りあえずではあるものの既知宇宙に存在する全ての星系国家が和睦を結び、戦争へと消費されていた物資が民需へと回された事も相まって可能になったと言われる。


 その時代を横目に見ていた感じでは、正直後世に言われるほど『驚くべき』事ではなかったのではないかと思う。この時代の人類は、俺たちの時代に比べて、そう、エネルギーに溢れている。


 寿命が無くなり、大概の死因を克服した時代の人間達に比べ、高々3桁にもならない人生の中で、彼らは千年以上生きる分のエネルギーを凝縮させていたのではないかと思えるほどに活動的だ。


 そしてそれは復興期が過ぎた後も、衰える所か、内側への投資が一息ついた分だけ外側へと加速しているように思えてならない。


 即ち、再拡張期。新たな居住可能惑星を求めて、無限に広がるフロンティアへの二回目の開拓期の到来である。


「そしてこういう時代になると必ず湧いて出るんだよな、この手の奴らは!」


「艦長! 4時の方向、33度から新たに敵影確認、3隻です! 更に後方の敵艦にエネルギー反応、重粒子砲、来ます!」


「了解……!」


 いや正直一回目のワープアウトでいきなり宇宙海賊どもに絡まれるとは思わんかったわ。畜生こっちが久しぶりのマニュアル操作に慣れてないからって好き放題やりやがって!


 操作レバーを思い切り前に倒しこむ。それこそ免許取った時以来のGが体を軋ませる。流石に慣性完全制御装置まではこのサイズの船に積み込むのには無理があったので積んでいない。お陰で空きっパラに感謝する羽目になるとは。


 瞬間、後方より放たれた粒子の流れが船体を大きく外れて宇宙を貫いていった。


「火器管制の調整はまだか?!」


「レーダーの監視も同時にしながらです! もう少し掛かります!」


「分かった、こっちに回せ!」


「まだ武装とのリンクしか終わっていません! 照準が完全に手動になりま――後方より重粒子砲! 続けて亜光速ミサイル装填を観測しました!」


 そう言いながら右舷のサブスラスターを全力で噴射。ずれた船体があった場所を再び光条が流れて行った。同時に真後ろに向けて対宙パルスレーザーを拡散モードで掃射。幾つもの爆発が連なり、船体の後方が白く輝いた。


 が、そこで一瞬気を抜いたのが不味かった。次の瞬間、船体が衝撃で大きく揺れる。直撃ではないものの、どうやら結構な至近距離まで接近したミサイルが撃ち落とされて爆発したらしい。


 衝撃で前方に体が大きく揺れる。口の中に鋭い痛みが走った。軽く舌を噛んだようだ。痛みに気を取られ、操船から意識が離れる。尻を叩かれた船は宇宙空間をくるりと一回転し、自動で制御を取り戻すまでに致命的に速度を失っていた。


「艦長!」


「っつー…。この野郎……」


 ああ、段々イラついてきた。何が全環境対応型だ、何が自己進化だ。お陰で放り出された艦長職にある軍人が、何が悲しくてこんな時代遅れの小型船に乗って、一々操作に四苦八苦しながら海賊なんぞに追いかけまわされにゃならんのだ。


「あの、艦、長?」


「……なんだ」


 そもそも特殊任務だか高名な研究者直々の指名だか知らんが、要するに友達の少ないあいつの数少ないコネで俺を捻じ込んだんだろうが。何で俺がこんな時代に放り出されなきゃならん。楽しい事もあるさ、美味い物も食ったさ、面白いやつも居たさ。だが、だがしかしだ。


「あの、海賊から広域通信です」


「出せ」


「はっ、はい!」


 続編を楽しみにしてたホロムービーも暫くずっとお預けだ。電子コミックも、とっくに内容を忘れてしまった。その上――。


『あれ、思ったより若いんだ。なぁ兄ちゃん、いい加減諦めたらどうだい?』


「何の用だ」


『こ・う・ふ・く・か・ん・こ・く。猫目海賊団の縄張りに、そんな美味しそうな船で飛び込んできて、只で通れると思ったの? 馬鹿なの?』


 こんな小娘に。どう見ても十代半ばの、そばかすも消えきってないような生意気盛りの小娘に。


『まぁ私は優しいからね~。命だけは助けてあげてもいいよ? 他は全部置いてってもらうけど! あれぇ、魔法少女妖精ちゃんのお人形さんなんか浮かべちゃって、もしかして、ソッチ系の人? それだけでも残してあげようか? ねぇ、超巨大マジカル戦艦の艦長さん』


 あ、駄目だわ。もう駄目だわ。


 その時、俺は米神の辺りで何かが切れる音を聞いたと思う。正直、あんまり記憶に残ってない。妖精の方も結構キてたんじゃないかと思う。完全に無表情になってたし。


 その後もしばらく何だかんだと得意満面で小娘は喋っていたようだったが、二人とも完全に聞き流していた。俺も妖精も無言で手元のパネルを両手で叩き続けていた。多分生涯最速のタイピングだったんじゃなかろうか。

  

 しかも後でその辺りのプログラムを見返してみても、ミスも破綻も一切なく、自分で作ったとは思えないほど完成度の高い出来だった。士官学校でも一応基本は叩きこまれていたはずだが、パネルを一々操作してのプログラム作成、しかも一からなんて、冷静になってからやれ、と言われても無理だ。


 だが、その時は出来ていた。妖精も専門家らしく俺の3倍はプログラムを組んでいた。思考操作と直接入力、更に自分の内部で並列処理しながら作成していたらしい、と本人もログを見ながら驚いていた。


 通信用モニターの外で高速で揺れる肩を見ながら、恐怖に震えているとでも勘違いしたのか海賊団の長らしき小娘は、もう得意の絶頂といった顔でいた事は覚えている。そして、その表情がこちらの返答の無さに訝しげに変わる瞬間も。


『……あれ、おーい。そんなに怖がらなくっても大丈夫だって。嘘はつかないよ。私だって二代目として畜生働きはしないって決めてるからさ~ほらほら、素直に脱出ポッドの準備しなって』


「……脱出ポッドの準備をするのは」


「貴方です」


 妖精と俺とで二人同時にプログラム完成させ、ロードするキーを押しこんだ瞬間に驚きの表情に変わった事も。


『え、あ、喋った!? 人形じゃないの?! ……え“』


 こっちの船が偽装していた装甲を全部取っ払って、完全に火器管制の制御下に置き、全砲門を展開した瞬間に凍りついた表情も、覚えている。


「こっちが調整不足だからって調子に乗りやがって……」


「全砲門、スタンバイ。照準セット。撃てます」


 装甲が弾け飛び、その下からガトリングレールガンの砲身が、超光速ミサイルタレットが、転移魚雷発射管が、斥力反発式光速誘導砲が、パルスレーザー砲がせり上がる。

 ざっとモニターに表示された照準を見て、俺の口の端が釣り上がった。


「発射ァ!」


 瞬間、通信機の向こうから悲鳴が上がった。


「……くっ、くっくっく」


 拡大されたモニターには、船体の各部に設置してあった武装を悉く粉砕され、あちこちから火柱を上げる海賊船団が映し出されている。あるものはレールガンの砲弾に砲身を根こそぎもぎ取られ、あるものは船体に影響を与えないギリギリに転移してきた魚雷の爆風にミサイルの発射管を押し潰され、あるものは不規則かつ高速で跳ねまわるような軌道を描く砲弾に貫かれ、あるものはパルスレーザーに武装を穴だらけにされ、爆発していた。


何隻かは辺り所が悪かったのか、弾薬庫にでも誘爆したか、かなりのダメージを受けたようだ。


 が、大破、轟沈したものは一隻も居ない。全て健在で、機動力は残してある。


「良い仕事だ」


「当然です」


 そう言う間も妖精の手は止まらない。モニター上の海賊船に次々と脅威度順に……いや、逃走能力のある順番に優先度がタグ付けされていく。


『なっ、何が起こったのさ?!』


「なぁ、小娘」


『え、あ、何よ――ひっ』


 混乱の只中に叩きこまれた敵艦への通信の向こう側で、先ほどまで得意満面だった小娘の顔色が、飲み込んだ悲鳴と同時に蒼褪めた。


「さぁ……脱出ポッドの準備は出来たか? 俺は優しいからなぁ。命だけは助けてやるよ」


『嘘だ! 絶対嘘だ! あんた今すっごい悪い顔してるもん!』


 おっといけない。深呼吸。今なら古代の宗教にあったとかいう偶像の笑顔さえ超えるアルカイックスマイルを浮かべられる自信はあるぜ。


 散発的に、ほんの僅かに残った砲台から飛んでくる粒子砲を展開した空間歪曲シールドで事も無げに弾き飛ばしながら、俺は優しく告げた。


「嘘じゃないさぁ。さぁ――悲鳴を上げろ、無様に逃げ惑え、無駄な抵抗をしろ。非力な獲物らしくなぁあああああ!」


『んきゃあああああああああ?!』


 おっと後半本音が漏れた。









 後日、管理機構を通じて既知宇宙全土に配信されているホロ・ニュースで、とある宙域の海賊団が全滅したらしい事、謎の連絡を受けて駆けつけた近隣の星系宇宙軍が大量の海賊が詰まった脱出ポッドと船の残骸を発見した事が報道されていた。


「逮捕された海賊達は異常に何かに怯えており、同情した兵士が笑顔で話しかけた所、気絶するもの多数、残りも恐慌に陥るなどとPTSDの症状がみられる。海賊達は皆口を揃えて『もう真面目に生きていきます』『ごめんなさい、ごめんなさい』等と供述しており……だそうです」


「こっちのゴシップニュースサイトじゃ『新たな謎?! 宇宙に潜む恐怖の影!』って特集まで組んでるぞ」


 そんなに怖かったのか。ちょっと精密射撃で装甲を一枚づつ剥がしたり致命的な損傷一歩手前までぎりぎり追い詰めたり脱出ポッドを掠めるようにレールガンを連射したりしただけなのに。


 まぁ彼らと彼女はどうやら反省の色が濃く見えた事、海賊団自体が今まで殆ど無名だった事、たまに難破船の救助活動もやってた事なんかも併せて極刑は無し、ただし宇宙空間での監視付きで無償奉仕活動を無期限でやらされる事になったみたいだ。


 人手はいくらあっても足りない時代だから、まぁ温情も含めてもしばらくはおとなしくしてるだろう。


「しかし、納得がいきません。まさか私をモデルにしたデータがここまで広がっているなんて」


「商会の商売範囲の広さが予想以上だっただけさ。諦めも肝心、肝心」


 今ふと思いついたのだが、実はあの猫にどことなく印象の似た海賊団の団長をしていた小娘、実はその作品のファンだったんじゃなかろうか。かなり正確に名前も言ってたし。まぁだからといって何がどう、と言う事も無いのだが。


 と、横顔に当たる何か言いたげな妖精の視線に気づいた。


「どうした」


「艦長、気付いてませんね。これから先、私が艦長と一緒に通信モニターに映ったり、面倒だからって艦長がやり方を覚えていない宇宙港への入港手続きをしたり、物資の補給の手続きをしたりする度に、同じような状況になるんですよ」


「……あっ」


 思わず漏れた声は、目の前に見える巨大な宇宙港の入り口に吸い込まれていったようにも思えた。


 入港手続きまで、あと5秒。


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