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第五愚王期。

 ブリッジからスクリーン越しに見る宇宙はひどく寒々しい。温かかったコーヒーもすっかり冷めてしまい、今では温もりの残滓が微かに湯気となって立ち上るだけだ。


「新たに偵察艦と思われる反応がワープ・アウト。……センサー起動後に再ワープを確認しました。1540回目です」


 レーダーを見つめる妖精の横顔と声色にも呆れが見え始めている。


 亜空間潜航を始めてからはや一週間。まるでこちらの進行方向を遮るように、時折何処かの軍の偵察艦らしき艦船が現れては盛大に探査装置を発動させ、直後にワープすると言う事が何度もここ最近繰り返されている。


 初めはこちらを探しているのかとも思ったが、それにしては探し方が雑だ。偵察艦らしい、というのは武装がほぼ皆無な割に速度とセンサー系統、及び情報処理能力に優れているので、という妖精の分析による。もう一つの理由が、ワープ・アウトの反応が、この周辺宙域に広く分散しているから。


 ちなみに、情報処理能力とセンサー系統の限界が、そのまま情報物理転換型転移…平たく言うところのワープの可能限界距離と限りなくイコールである為でもある。当然この時代のプロセッサでは限界があり、それをカバーしようとするならばその分のリソースを宇宙航行用艦船という限られた空間の中から割かねばならない。


 単純に情報処理と言っても、観測した空間内の全てが現在どうなっているのかを計算する必要があるのだ。距離が離れるならば離れるほど、変化は大きく、多くなる。『ラプラスシステム』と呼ばれる情報処理装置は、観測した情報から変化を正確に予測し、その情報を基にワープは行われる。その情報量と処理すべき計算式は、莫大な負荷をプロセッサにかけるのだ。


 だから普通の船はワープ後即再ワープ等という事はしないし、出来ない。出来るのならばそれは様々な意味で普通ではない。俺達の船がそうであり、その他の機能をギリギリまで削った船がそうであろう。


 では単純に船を大きくして一度に大量の情報を処理すれば良いのではないか? と誰もが思い、だが次の瞬間に誰もがその案を捨てた。


 船が大きくなればその分だけ把握しなければならない情報が体積分だけ増えるのだ。


 通常は必要とされるワープアウト予定の空間情報は、この時代なら体積の10倍程度。技術が進むにつれて減りはするものの、現状ではそれだけ必要なのだ。


となればその体積分を把握するためにより広大な空間を捉えるためのセンサー類を積まねばならず、更にリソースは消費されていく。


 結果として、戦闘用艦船の大きさは単艦でワープが可能な、かつ十分な武装が積めるサイズに自然と収斂していった。


 武装と装甲に重点を置くか、機動性に置くかで多少の違いはあれど、結局のところその程度の差でしか区別は付けられていない。小さくなる事はあってもけた違いに大きな弩級戦艦、と言うものは極少数以外は存在していない。


 あっても主星防衛用だったり、重要拠点防衛用だったりと超長距離の移動を考えていないか、あるいはシンボル的な存在としてしか作られなかった、らしい。

 

 歴史の中に消えていった物も恐らくはあるのだろうが、しかし脅威を振う事無く消えていった物が殆どなのだろう。拠点防衛用なら戦艦の形にする必要もなく、要塞でも拵えたほうがコストパフォーマンス的には上なのだし。


「1541回目、ワープ・アウト。再ワープします。…一体何が目的なのでしょうか」


「さーてなぁ。こんな前線のはるか後方に、偵察艦ぽいのだけを山ほど送って真面目何かを探すでもなく、やってる事は悪戯小僧のピンポンダッシュだろう?」


 偵察艦、とは言ったものの、そのセンサー類が偵察にも向いている、と言うだけなので、彼らにとってはワープ専門艦、という括りなのかもしれないが。


 そんな船が1500回以上も一週間に渡ってこの辺りに出現してはセンサーを全開にしてみたり、何をするでもなく次の瞬間にはワープしてみたりと好き勝手にやっているのだ。この周辺を支配している星系国家も良い面の皮だろう、相当に腸煮えくりかえってるんじゃなかろうか。


「いい加減こっちも通常空間で一息つきたいもんだが」


 流石の全長25km。俺たちの船が通常空間をのこのこ進んでいれば、3隻目あたりで完全に捕捉され、次の瞬間には大群に囲まれていました、なんて事もあったのかもしれないが。


 こちとら気侭な宇宙の船旅、面倒な事に巻き込まれるのも星間戦争に巻き込まれるのも簡便なので、こうやって地味に静かに亜空間潜航にて移動中なのである。


「ちょっと飛ぶか」


「その判断は危険かと。いつまた偵察艦が出現するか不明な現状、亜空間からの復帰、目標空間周辺の情報収集、ワープの為に必要な時間を鑑みますと、偶然にでも発見される確率は低いとは言えません」


「亜空間から亜空間、もしくは通常空間へのワープが出来ないってのが辛いな」


 亜空間はあくまでも擬似的にこの船の周辺に作り出された書き換えられた空間な訳で、転移先の情報を収集し、眼前の空間を情報的に同位化して転移する方式では通常空間から通常空間の間でのみ可能とされている。


 試した奴はいたが、戻ってきた奴は未だに居ないので俺も試す気は更々ない。そこまでリスクを負うような事態でもないのだ。


「で、この辺の星系国家はまだ本腰を入れて対抗処置をとってない訳?」


「はい。多少の艦船の動きは見られますが、初期のように網を張り迎撃する艦隊も減少傾向にあるようです。敵星国家の嫌がらせ、少数の艦隊による陽動か欺瞞行動と判断し、主要な生産惑星と要衝の防衛に力を入れているようですが」


 はぁ? 少数の艦隊、って偵察艦だけで1500回以上ワープアウトしているのにか。よっぽど無能が集まってるにしても酷過ぎる――いや。


「待て、待てよ。まさか……」


「前方にワープアウト反応。1542回目です。再ワープしました」


 俺はその言葉と同時に、プレートに手を叩きつけた。光の粒子が収束し、同調管制制御装置が装着される。即時に亜空間から離脱。ぬるりと体の表面を覆う粘質の液体が滑り落ちる感覚とともに、白亜の巨船が通常空間に出現した。


「……亜空間から復帰! センサーアクティブ! 限界範囲までの周辺宙域情報を収集、終了後即潜航する!」


「艦長!」


 妖精の非難混じりの声が鼓膜を叩く。が、嫌な予感がどうにも消えない。










 視線の先、センサーの先では、その予感が間違いではない事を証明する光景が広がっていた。


「そうか、今日か」


「艦長?」


 無数の偵察艦が――いや、武装の無い偵察艦ではない。俺の考えが正しければ、その船は、たった一つだけ、兵器を積んでいる。


 意識を振り分け、妖精にも分かるようにブリッジ前面のスクリーンにその映像を映し出す。


 どこかの有人惑星なのだろうか。名前も知らないその星、周辺には艦隊が幾つも展開している。惑星の影になっている部分には闇を押し返すように光が溢れ、人が生活している事を知らせている。


 その影になっている部分、エンジンを切り、慣性だけでゆっくりと、這う様に、展開している艦隊に近づく小さな鉄の塊がある。


 それらはまるで、ただのデブリのように、這い寄っていく。


 と、接近された戦艦が気付いたのだろう。慌ただしく戦艦が動き出した。同時に、偵察艦の後方から巨大な光が噴出した。


 内部の人間の事を考えているのか疑うような加速。そして得た速度を持って、偵察艦は乱数回避を繰り返しながら艦隊に一気に接近していく。俺達の船でも同じ事は出来る。それは、完全な慣性制御装置を持っているからだ。


 しかし、この時代では間違いなく慣性制御装置は存在していない。


「中身はミンチだな」


「正気ですか?! リミッターをカットして、なんて事を……!」


 だが、それでも船自体は予め設定されていたのだろう、迷うことなく対宙砲火の驟雨を潜り抜け、何発かが直撃しながらも殺人的な速度は落とさず艦隊の中へと突入していく。


 こうなってしまえば整然とした艦列も逆効果だ。互いに誤射が怖くて中々撃てない。止められる事無く偵察艦らしき船は艦隊中央、おそらく旗艦らしき船へと激突した。


「体当たり……? 自爆? でも、一隻が沈んだ処で」


 妖精の声は、次の瞬間に起こった光景が押しとどめた。


 映像の望遠を、艦隊すべてと惑星がスクリーンに映し出される程度まで引いた瞬間、そのスクリーンの半分近くを埋め尽くす光球が出現した。


 留まる所を知らぬかのように広がる光は、その内側で幾つもの命を食い潰していく。


 やがて、数え切れない命と、展開していた艦隊全てと、惑星の半分を削り取ったその光はゆっくりと消滅していく。


 残ったのは、大気を剥がれ、地表を焼かれ、罅割れ砕け散る直前の惑星だけだ。


 同じような光景が、限界まで広がった知覚範囲の彼方此方で散見された。惑星が砕け、衛星が消滅し、要塞が抉り取られていく。後には無残な残骸だけが残る。


「『スター・ブレイカー』。惑星を砕くだけの量の反物質を、ワープを繰り返せるだけの性能だけ求められた船に載せただけの、シンプルな兵器。センサーを派手に動かしてたのはワープ先の選定か」


「あれはっ! あれは禁忌の兵器です! 何があろうとも使用してはいけない、作成さえも判明すれば他の全星系国家、全銀河を敵に回す事になります! 銀河法には作成が発見された時点で全銀河戦力を持って撃滅すべしと、され、て」


「そうなってるな。 『四千と三百二十年前から』」


 そう。反物質自体が禁忌とされ、作成だけで例え『無辜の住人を巻き込む事になっても』それが存在する宙域を殲滅する事が強制される、その原因となった事件だ。


 長く続く星間戦争の最中、追い詰められたとある独裁系星系国家の王と僭称する男が引いた、最悪の引き金。


 『惑星砕き』と呼ばれるそれは、考えつく者が居たとしても、先ず行われない筈の物だった。


 誰が予想しただろうか、侵略し、己が物にする星を、占領して取り込むのではなく、敵の住民ごと砕くなどと。


 星を砕いてしまえば、そこにはもう何も残らない。


 だが、誰も居ない孤独の玉座に縋った王は、その兵器に『調整した』兵士を乗せ、無数に宇宙に解き放った。


 五万とも十万とも言われるスター・ブレイカー達は、時にワープを繰り返し、時に慣性のみで移動し、予め設定してあった母星以外の全てを攻撃対象とし、浸食していった。


 後に最も愚かで、最も多くの人類を殺した男としてのみ知られる、名も消された王は、狂気に取りつかれていたのだろう。















 この事を知った各星系国家が連合を組み自軍の半分をスター・ブレイカーからの防衛に回し、残りの半分で愚王の星へと侵攻。


 かかった時間は四日。異常なまでに早いと見るか、どれだけ脅威とみなされていたかと背筋を振わせるか、それは各人それぞれであったが、俺は妥当であり、迅速であったとは思う。


 問題の発端を捕え、停止させるために、各星系国家はありとあらゆる努力を惜しまなかった。


 ワープを繰り返し、どこまでも移動を続けるだろうスター・ブレイカーは、どの星系国家にとっても等しく脅威だった。後方も前線も関係ない。前が砕けて通せば次は我が身だと誰もが考えた。


 億を超える陸戦隊という、歴史上でも二位以下に二桁の差をつけての大軍で宮殿に押し寄せた連合軍が見たものは、狂ったように、いや、狂人そのものの王が、笑いながら己が星にも仕掛けていた反物質を炸裂させるスイッチを押す光景だった。

















 かくして戦力の半分を失った各星系国家はスター・ブレイカーへの対応にも苦慮する結果となり、また後に不発により鹵獲されたスター・ブレイカーに通信を受信する機構が一切備わっていなかった事で、止める事が不可能だと、止めるつもりなど最初から無かったと証明された事で、それからしばらくの間、人類はたった一人の狂気によって、眠れない夜を過ごす事になる。


「艦長!」


「駄目だ」


「ですがっ!」


「止めない。止めれば、もっと死ぬ」


 事実として。


 厳然たる事実として歴史は語るのだ。スター・ブレイカーが全滅するまでの、これからの半年間、争っていた星系国家群は互いに協力し合い、共闘しあう。


 無論、その過程では多くの星が星図から消え、多くの船が沈む事になる。


 しかし、それらを代償に、この後星系国家間の戦争はその一切が終息する。互いに協力し合った事で芽生えた厭戦感情であったり、拡大しすぎた被害による国力の大幅な低下であったり、あるいは世論の膨大な圧力であったりと要因は様々ではあるが、戦争は終わる。


 そして、この事件が無かった場合の事を、どの歴史学者に聞いても口を揃えるのだ。



『彼の王は正しく愚王であった。最も多く命を奪った狂王であった。その意に反して最も多くの命を救った愚か者だった』



 と、皮肉気に。


「最も短いとされる第五期、愚王期」


「……そして、最大の被害を出したとされる期です」


 船を亜空間に沈める。


 会話も無く、俺は艦長席を立つ。


 私室に辿り着き、ペンを持つ。










 ――数秒後、全力でそれを壁に叩きつけた。

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