第四黎明戦争後期。
紙の上でペンを躍らせながら、ふと思う。宛ての無い手紙を書いて暇を潰していたのか、暇を潰したくて宛ての無い手紙を書いていたのか。久し振りに宛先を書いた封筒に手紙を押し込みながら、俺は私室の壁にかかった時計を見上げた。
「そろそろ合流予定時間か」
何時ものように必要の無くなったペンを放り投げ、それが光の粒子になって消え行く様を見るともなしに見送ってみた。一々新しいペンを作ったりそれを解体したりするのはエネルギーの無駄だと管制AIは文句を言うが、良いじゃないか別に、この程度無駄遣いしてもキャパのコンマ12桁以下しか使いはしない。
封筒を机の引き出しには入れずに手に持ち、ぶらぶらとブリッジに足を向ける。
と、瞬間、通路の光量が僅かに落ちた。
脳裏に小さく警告のメッセージが浮かび上がる。『緊急事態発生。戦闘準備体勢に移行』とな?
デジャビュを感じる。しかも特別に嫌な予感をお供に連れてきやがった。
『艦長、戦闘態勢に移行します。それに伴い、ブリッジ要員に対し緊急転送を実行します』
「おいちょ――」
ぶれる視界。分かたれる自身。そして消え行く己と偏っていく己を同時に感じた。
「――っとま……うっぷ」
「またですか」
またですよ。いきなり転送するなと、せめて心構えをと一体何度言ったら……!
と、蹲って動きの取れない俺を、妖精はその小さな体に備わった儚い腕力でぐいぐいと押してきた。表情には珍しく僅かではあるが焦りの色がある。
「っと、どうした」
「合流予定の商会の船が、海賊船に追跡されています。速度は海賊船が上の為、あと数分で射程圏内に入ります」
多少押してくれたところで彼女の細腕には成人男性を動かす力など無いのだが、その積極的な行動は今まで見られなかったものなだけに、俺も思わず足早に艦長席に着いた。すぐさまプレートに手を伸ばし、手袋を装着。
眼前のスクリーンには、大分所々に痛みが見え始めている商会の輸送船が一隻、後方からブースターの光を放ちながら全速力で移動している映像が映っている。
その後方にマーキングされた海賊船は5隻。巨体ではあるが、貨物庫がその殆どを占める故に改修でも大して増えなかった武装が後方に砲身を向けてはいるが、未だ発射には至っていないようだ。
「牽制もしないのは当たらないと割り切っているのか、はたまた弾代が勿体無いと思っているのか」
「武装の使用によるブースターの使用可能エネルギー減衰を嫌ったのではないかと」
そうかな? あのおっさんなら多分両方あたりっぽいとは思うんだが。まぁとりあえずこっちに一直線に向かって来てるのなら、話は簡単。
「連装レーザー、チャージ。目標は海賊船」
「チャージ完了、弾道計算完了、座標セット。どうぞ」
「あいよ」
主砲を思いっきり拳を振りぬくストレートパンチとするなら、これはジャブに似た感覚だ。戦艦の双胴部、その前方からレンズが5枚せり出し、カバーがずれて宇宙空間にその表面を晒す。
「ファイア」
音声認識と共に、五条の光が直上方向に放たれた。事前の設定どおりに0.1光秒ほど上昇したそれは、角度をほぼ直角に変え目標に向かって突き進む。とは言うものの、戦艦の処理装置とセンサー系統にリンクしているから理解できるだけで、常人ならばレンズが一瞬光った、程度の認識しか出来はしない。
当然、それは海賊達も同様なわけで、回避行動を取るどころか攻撃された事を知る前にあっさりと機関部を貫かれて爆沈した。
「よーし、あの船に回線開け。おっさんの顔を見るのも久しぶりだからな」
「は?」
きょとん、と妖精が手の動きを止めてこちらに振り返る。なんで不思議そうな顔してるかね、あの商会で俺達と商売しているのはおっさんだけだろう。
「いえ、その……艦長、お忘れですか?」
「何を」
と、通信が入った。妖精の訝しげな表情が呆れに変わったのを横目に、コールを受ける。が、映し出されたのは予想していたおっさんの白髪頭ではなく。
「ちょっと旦那! 掠ったわよ! どうしてくれんの、折角やっと私の船になったのにもう傷物じゃない!」
甲高い声で文句と同時に画面に映ったのは、すっかり成長して16歳になったおっさんの孫娘だった。おっさんが一言で言うと男らしい男性だったのに対し、母親に似たのか愛嬌のある少女だ。10人中8人は彼女が笑顔で話しかけてくれば笑顔で答えるであろうに、今は目を吊り上げて鼻息も荒いので台無しだが。
「……あ、あーあー。そうかそうか。孫ちゃんか。そういや16歳になったからおっさんから俺達の担当を代替わりするって言ってたな」
そう、おっさんもそろそろ宇宙航行するよりも地上で楽隠居を考える歳になったらしく、孫娘が16歳になったら誕生日に宇宙船を一隻預けてみるか、と通信機越しに聞いていたんだった。
「いやー。心配なのは分かるが、流石にあんだけ何度も何度も同じ事を聞かされてるとなぁ。孫ちゃんの話の時には勝手に耳が聞き流すようになってたもんでな」
「なにそれ酷い!」
憤懣遣る方なし! と後頭部で纏めた髪の毛を揺らしながら怒る少女に対し、俺は対抗策を持っていなかった。なので速やかに担当者に通信を渡す。
溜息を吐きながらジト目で回ってきた回線を受け取った妖精は、コホン、と一息ついて受信スイッチを入れる。
すっかり表情も豊かになったもんだ。
「申し訳ありません。艦長がいつもご迷惑をおかけしています」
「あー! 妖精さん久しぶり!」
「34時間と21分前に通信した筈ですが」
「もぉ、相変わらず堅いなー。妖精さんは」
堅いのは同意する。
「ほらほら、今回は妖精さんの為に服も沢山持って来たのよ。うちの商会で今度発売する新作の人形用の奴なんだけど、このフリルとデザイン、絶対に似合うと思うんだよね!」
「え、あの、私は既にこの制服を持っていますので…」
「だーめ! いくら制服だからっていっつも同じの着てちゃ勿体無いでしょ。そんなに可愛いのに」
珍しい。うちのAIがタジタジになっておるわ。
にやにやと後姿を眺めていたら睨まれた、が直ぐに目の前のモニターから怒涛のようにカタログと実物を持ってマシンガントークを重ねてくる少女の対応に追われて視線もすぐさま戻らざるを得ないようで。
鼻歌を歌いながら接近してきた輸送船に相対速度をあわせ、ドッキング作業を此方で進めていく。妖精はそれどころじゃなさそうだし、孫ちゃんは目を輝かせて次々にカタログを持ち出しているのでもっとそれどころじゃなさそうだ。
輸送船とリンクし、データを読み込みながら積荷を確認する。おっさんを相手にしていた時はここら辺の作業は俺がおっさんと会話している間に妖精がてきぱきと済ませていたが。
どうにも商談に忙しそうなので、まだまだ未熟者だな、と苦笑いしながら操作を進めようとして、ちょっと驚いた。
「…へぇ」
接続されたルートから、作業用ロボットが積荷をどんどん運び込んでくる。ちらりと商談中の少女と目が合うと、会話は止めないままで流し目にニヤリ笑いをこっちによこす。肩の動きからすると画面外で操作しているらしい。こっちが接続して勝手に操作しようとしたのには気付いていたのだろう。
やれやれ、末恐ろしいこった。こりゃおっさんよりも商才はあるかもしれんな。
貨物の目録も見てみれば、どうやって手に入れたのか観光パンフレットは隣の銀河の最新版まで入っているし、食料もおっさんのときに比べてお菓子や野菜、果物等の量が増えている。しかも今まで俺が知らなかった物が多く、増えた割には返品しようと思わせないラインナップが揃っている。
「まぁまぁ。妖精さんが着てくれて、画像データを送ってくれれば対価は要らないから! ね! お願い! 皆にも見せて自慢したいの!」
片手を手の前に構えて妖精に頼み込む少女。しかしもう片手は忙しく作業用ロボットを操っている。その事を感じさせないほどに真摯な頼みっぷりに、妖精も迷っている様子だ。論理で動く事を前提としていると豪語していた彼女が、だ。
「……しょうがありませんね。今回だけですよ?」
カタログに妖精のコスプレ写真が載って流通する事が決定した瞬間である。嘘は言っていないが相手が気付いてないのはどうなのか。
「ありがとう! ま、折角なんだからお洒落を楽しんでみてよ。女の子なんだから、そう言う所にも気を使わないと、ね?」
ね? の辺りでこっちを見る。俺は関係ないよ、と肩を竦めると呆れた様子でわざとらしく声を潜めてみせる。
「あーいう女の子に気を使わない上司だと大変だねー」
「聞こえてるぞ」
「聞かせてんの!」
さいですか。
荷物の搬入も終了し、ラインナップにも十分に満足がいったのでちょっと色をつけて対価を送り返す。彼女達は大分会話も弾んでいるようで、互いに笑みを浮かべながらつらつらと会話を楽しんでいた。若い女の子にはエネルギーが溢れてんな、と作業を終えてみたものの、やや暇である。
会話を切らせるほど野暮じゃないので、そういえば、と先ほど傷が付いたとか言っていた輸送船の修理をやっておこう。
「……ま、こんなもんか」
宇宙作業用ドローンに装甲の修理を終えさせて、意識を彼女達に戻す。まだ会話中だった。
そういえば、独り立ちしたって言ってたな。おっさんも大分心配そうだったし、ついでに装甲もちょっと強化しておくか。
作業終了。この手の仕事は誰にも邪魔されないとサクサク集中して終わらせてしまえるのが楽ではある。
「……まだ話してたのか」
会話の内容が服から最近の星系国家間戦争に移ってやがる。どんなミッシングリンクがあったらそうなるんだ一体。
搬入した老舗店舗の新作煎餅を齧りながら暇を持て余していると、ふと思い立った事を確認してみたくなったので輸送船とリンクをコッソリ繋ぐ。こちらの方が数百世代上なので、気付かせようと思わないのならばこの程度は余裕である。
そして流れてきたデータを見て、思わず呆れた。呆れすぎてむしろ感心した。
「仕方ないな」
いったん引っ込めたドローン達に指示を出し、作業開始。
何故か作業が終わったのにまだ会話が終わってない不思議。
「まだお話は終わりませんかねぇ?」
野暮だとは思うが、いい加減2時間以上も会話を続けられるとこっちとしては野暮の一つや二つもやりたくなる。
「え、あ、もうこんな時間ですか」
「えー旦那ー、もうちょっと良いじゃない」
「これ以上時間掛けてももう何も出んぞ」
「ギクリ」
口に出すなよそういう事は。案の定俺が暇だからと色々と遣ってた事にはしっかり気付いてやがったが。
「装甲の修理と改造、弾薬の補充」
「あははー。ご好意に感謝します!」
笑顔でそう言い切れる辺り、良い根性してる。対価は払う積もり無いと宣言するかこの娘は。まぁいいんだけど。おっさんからも頼まれてるからな。
「艦長、また勝手に……」
「そう言うなって。若人の旅立ちに先輩からのちょっとした贈り物さ」
「きゃー旦那格好いい!」
ふふん。
「お世辞です。甘やかしすぎです。そもそも――」
「聞こえないなー」
対小言バリアーは今日も快調に運転中です。
嵐のように訪れた少女は、『また後でねー!』と言い残して宇宙の海へと飛び込んでいった。次の商売の為にどこか別の宙域に行くのだろう。彼女を見送って私室に戻った俺は、ポケットに入れたまま出し損ねた手紙を、結局何時ものように机の引き出しに放り込んだ。
残念さを溜息に混ぜて吐き出すと、椅子に腰掛け、珍しくブリッジを離れて着いてきた妖精に顔を向ける。何か言い辛そうにしている彼女が口を開くまで、数分の時間が必要だった。
「その……。大丈夫、でしょうか」
要領を得ない言葉に、思わず苦笑いが浮かぶ。
「大丈夫だろ。太陽に飛び込んでも平気な装甲にしといたから」
「中身は」
「骨が残れば奇跡だな」
装甲は残る。
そう言い返すと視線の温度が一気に下がった気がしたが気のせいだろう。
「ですが、いくらなんでもこの戦艦用の装甲を渡すのはやりすぎかと」
「良いさ。心配なんだろう?」
そう言われた妖精は、図星を突かれたようで黙りこんだ。分かりやすいにも程がある。さっきの会話の中でも、彼女はそれとなくどの辺りが危険で、どの辺りが商売に向いているかの情報をそれとなく(バレバレだったが)伝えていた。
「……友人、ですから」
「良い事だ。彼女のお陰で随分成長したな」
表情も無く、感情も殆ど無かった妖精が、まるで年頃の女の子のように笑って、困って、心配そうにして。おっさんと一緒にいた赤ん坊が、妖精にくれたのはそんな小さくて、大きなものだ。
上司と部下という付き合い上、彼女からは対等には見れない俺のみとの付き合いの中では難しい感情の芽生え、其れの代価としちゃ安すぎるくらいだ。
「それに、そんなに心配しなくてもあの娘なら多分大丈夫だろうよ」
16歳で宇宙に一人で放り出されたのに、あれだけ活発で、だが同時に強かな娘だ。伊達に16年の付き合いじゃないらしく、こっちが色々と世話を焼いているのも織り込み済みで会話を楽しめるんだからな。
「ありゃ大成するよ。間違いない」
そう呟いて、とあるデータを妖精の前に映し出した。目を通した彼女は、しばしの間を置いて頭を抱える。
「……私はもっと心配になりました」
「そうか? 俺はむしろ感心したがね」
弾薬庫に、ミサイルの代わりに魚肉ソーセージ詰め込むセンスはなかなかだ。