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第十衰退期の始まり。

遅くなりました。申し訳ない。

「――けほっ。おお、俺、生きてる」

 

 ……さて、幾つ奇跡が重なっただろうか?


 先ず、敵艦からの攻撃が主砲やミサイルではなく副砲、それも恐らく対小型艇用の小型レーザーだった事。


 次に、艦橋に直撃はしたものの、俺自身に当たらずに、電源が落ちていたから開いたままだったドアの向こうに奇跡的に飛び込んでいったお陰で爆風の直撃を受けなかった事。


 その上、艦橋の超強化保護クリスタルガラスが粉砕され、艦橋の空気が真空の宇宙に吸い出される時に俺が意識を失わず、緊急用のシャッターが閉じるまで耐えられた事。


 そして宇宙活動用スーツを着ていて、吸い出される空気の流れに逆らえるだけの推進剤がたっぷり残っていた事。……いや、最後のは妖精のおかげだな。


「……痛ってぇなあ、オイ」


 んで、不幸なことと言えば。


 先ず、この痛みのお陰で意識を失わなかったとはいえ、右腕が砕けたクリスタルガラスの一部に当たってボロボロな事。


 次に、見事に通路に繋がるドアの向こうで炸裂したレーザーのお陰で、ブリッジからの脱出が不可能になった事。


 その上、クリスタルガラスが砕けてブリッジの中身が持っていかれる際に、小型端末やマスターキーが所在不明になった事。


 そして、緊急脱出用のポッドさえも無い状況下で、船体内部に致命的な破損でも生じたかあちこちから小さな振動が伝わってくる事。


視線をずらして妖精が座っていたメインフレームがあった場所を見る。自分が宿っていた妖精の機体を目標座標にしたのだろうか、見事に直撃を受けた妖精の機体はレーザーの直撃を受けてほぼ全てが蒸発し、残ったパーツも宇宙に吸い出されていったのを見た。ついでにメインフレームの残骸も、だ。


「妖精の回収も、船の再起動も無理か。っ痛ぅ~!」


体を起こそうと床に無事な方の手をついただけだと言うのに、突き上げるような痛みが脳を襲う。どうやら右手だけでなく彼方此方クリスタルガラスの破片で傷が付いているらしい。不幸が一つ追加だ、宇宙活動用スーツの密閉が不完全で、この服を着ての宇宙遊泳は自殺とイコールだ。


はぁ、と溜息を一つ付き。体を冷たい床に横たえる。体を襲っていた痛みはそうしているとじわじわと減っていった。体の中をめぐる微小機械群が痛みの抑制と簡易な止血、治療を開始したらしい。


もうしばらくすれば動けるようになるだろう。


「動けたとして何だってんだ」


 やや投げ槍に呟いた。船体は内部で小爆発を繰り返し、この場所も何時どうなるか分からない。脱出しようにも救命ポッドは既に無く、助けに来てくれそうな軍の救命艇も戦場のど真ん中で艦橋に直撃を食らった跡がある輸送船よりもまだ動けないでいるだけの民間船を優先するだろう。


 ……あれ、絶体絶命?。














 で、痛みもすっかり引いて、止血も終わって、微小機械群による軽い治療も終わって。さてどうするかと考えた俺は取りあえず壁の個人用ロッカーから脱出時に持ち出す為に準備してあったサバイバルパックを取りだした。


「……まぁそうだわなー」


 こっそり仕込んでおいた酒瓶が無くなって、見事なまでにレーションとサバイバルキットの詰め合わせになっていた。優秀すぎる副官だこと……!


「だがしかし、このスペースは見つかって無いは……ず?」


 艦長席の下の個人スペース位見逃してくれてもいいじゃないか!


「そんならこっちだ! ……嘘ぉ」


 何で艦橋付きの男子トイレの隠し扉の中まで無くなってんだ! 何時調べた!


「ここもっ! 駄目かっ!」


 畜生天井裏に埃一つ無いな! 手入れ行き届いてんな! 隠した酒瓶の影も形も無いな!


「……はぁ」


 ズリズリと壁に背を擦らせながら床にゆっくりと腰を下ろす。最期に一杯だけでも、と思ったんだが容赦も抜け目も無い副官に全部ボッシュートとは。


 ……別に俺が飲む訳じゃない。結構長い間乗っていた輸送船が完全にお釈迦になったからだ。この船には俺達があちこち手も入たし、艤装も凝った。交易で稼いだ金も注ぎこんだ。

 

 元手はともかくそこからは自力で一から稼いで、長い事腰を下していたんだから結構愛着も湧いていたんだな、と背中から伝わる断末魔に似た振動を感じながら思う。繋ぎのつもりで乗っていた車に愛着が湧いてついつい小まめに掃除とかしちゃう休日のオヤジの気分だ。


 それがもう直ぐ廃車になる、と手続きを終えて鍵を業者に渡し、業者の手でスクラップ工場に向けて運ばれていくその瞬間に感じる気持ちと同じものなのだろう。違いがあるとすれば、そこで思わず業者を引き止めて、もう暫くちょっとした不満を言いながらも乗り続けられるか、どうしようもなく爆散してしまう未来しかないか、その程度だ。


 まぁ、しんみりしてても始まらない、か。


 視線を右手に落とす。


 ボロボロになった宇宙活動用スーツの隙間から、点滅する光が漏れていた。


「ナイスタイミング」


 スーツを脱ぎ棄て、それが入っていたロッカーの隣のロッカーを開ける。しっかりと糊の効いた、クリーニングしたてのような軍服が一着、吊るしてある。この時代には存在しない、俺が所属する軍の制服。つまり、俺の軍服だ。


 体に付着していた血痕をタオルで拭いとり、補助灯の薄暗い明りの中で着替えていく。


 ズボンを履き、上着を着てボタンを止める。


 制帽の形を整えて被り、ロッカーの扉の裏に備え付けてあった小さな鏡で位置調整、それでこちらの準備は整った。


 そうしている間にも手袋の――完全同調制御装置の光は最早照明代わりになるのではないかと言わんばかりの光量と、激しい明滅を繰り返している。それと同調でもしているかのように船の振動は、断末魔の叫びは大きくなっていく。


 振動は緊急事態を知らせるサインであり、発光は『それ』が接近している事を知らせるサインである。


「……今までありがとさん。仇は取るぜ」


 その呟きを最後に、俺は輸送船の艦橋から姿を消し、艦橋はそれを待ってくれていたかのように、限界を迎え、火の手に包まれた。










 くらり、と視界が揺れる。一瞬の不安定さと浮遊感を感じた次の瞬間、俺はそこに立っていた。視界は暗闇に閉ざされている。不要な電源は全て落としているのだろう、当然だが。足が固い床に落ち着く前に、暗い視界の彼方此方で大きな吸気の音がした。ツン、と鼻に刺すような匂いが届く。50年物の空気だ、古くなると気体だって変質するか。


 しばし息を止めて待っていると、頭上から排気音とともに新鮮で清潔な合成された空気が流れだしてきた。肺の中身を入れ替えるように大きく息を吸い、吐く。匂いもそっけもない只の呼吸可能な気体なのに、どこか懐かしささえ感じたのは気のせいではあるまい。


 手探りで右手を伸ばせば、そこに何かがあるのが分かる。指を添わせば正体も判明した、椅子だ。俺の為の席だ。艦長席だ。


 迷わず座り、体が覚えているままにゆっくりと腰を落ち着ける。


「――ただいま」


 おかえり、と返答が来る訳もない。だが、自然と口から零れ落ちた。


 しかし、返答代わりに、右手の近くで一枚のパネルが光を放った。それほど大きくも無い、右手を広げて置けば、僅かにパネルの方が大きいか、といった程度のサイズだ。


 もどかしささえ覚えながら、そのパネルに手を置いた。


 瞬間、艦橋が光で満ちる。パネルに明りが灯り、モニターに数字と文字の羅列が走り、照明が瞬きのように光を放つ。


 だが、何時ものような一体感が来ない。あれ、と疑問に思い周囲を見回して手元のモニターに表示された一文に気づいた。同調不可、要アップグレード……俺が!? まさか同調に俺の方もアップグレードを要求されるとは、いったいどれだけ成長したんだこの船は。俺のほうも相当にキャパシティには余裕を持たせてある筈なんだがなぁ。


「……システム適合、開始」


 眼前に開いたホロモニターに、完全同調制御装置のアップグレード進行状況が映し出された。同時に左手の近くに一本の無針注射器が転がり出てくる。体内微小機械群のアップグレード用と銘打たれたそれを迷うことなく首元に近づけ、尾部のスイッチを押しこんだ。プシュ、と打ち出されたそれらは、体内の微小機械群と接触し、データを受け渡しながら体内を巡回していく。


 一瞬視界が揺れ、視界の隅に脳内の物も更新が完了したと表示されるまでにどれほど意識が飛んでいたのだろう、アップグレードの進行状況を示す数字は100%に至っており、後は認証を済ませるだけになっている。


 マスターコードを打ち込みながら声紋認証、生体認証。そして遺伝子認証をこなし、最後に俺が艦長であることの証明をする。難しい事ではない、ただ、同調し、起動するだけだ。


 大きく息を吐き、吸う。まるで初めてこの船に乗った時のようだ、と感じながら、俺は右手をゆっくりと持ち上げ、


「同調開始!」


 パネルに振り下ろす。















 50年前とは明らかに違うその一体感。以前の物がまるで俺自身が船になるような物だとすれば、この感覚は強いて言うならば自分が拡大され、薄められていくような物だった。危うく呼吸をも忘れるかと思うほど、『俺』が足りない。


「こりゃ、アップグレー、ドが、要る訳だ」


 崩れ落ちるように椅子に腰かけた。ズシリ、と体に重圧がのしかかる。チリチリと脳裏に火花が走り、脳内の微小機械群が慌ただしく走り回って新たな回路を形成しているのが分かる。足りていないのだ、俺の処理能力が。最も適性が高く、遺伝子的にも能力的にも、そして精神的にも最新鋭だった『白岳』を操るのに十分以上の適正を持っていると判断されたこの俺をして、この船は、持て余す。


 だが、それを見越していたのか、準備されていた微小機械群は定められていたルーチンを急ぎ足ながらも粛々とこなし、補助回路の形成を行っている。だが正直な話、此処まで不快感を感じるほどに一気に脳内を弄くり回されるのは想定外だった。適応進化前に最期に同調した時でもまるで負荷を感じなかった俺が、今その負荷に押し潰されそうになっている。


 激しい頭痛と吐き気を堪える事十数分、まるで何時間も二日酔いのまっただ中に放り込まれたような感覚から漸く開放された時には、俺の体中に冷たい汗が流れていた。


「スゥー……ハァァァァァァァ」


 大きく深呼吸をして、いささか重い横隔膜の動きを促すと、漸く脳裏の痛みがまるで幻だったかのように去っていた。


 スッキリとした脳内で、漸く、適応進化を終えた新生『白岳』の全景を把握する。


 全長約52km、全幅7km、全高4kmの、以前の倍の巨体は双胴型では無くなっていた。細長く、前方に細長い四角垂。以前の上下がはっきりした物ではない、上下左右が対称になった船体。最後方には等間隔に四つの球体が設置され、恒星機関からのエネルギーを受けて慣性制御を行っている。船体が巨大化した事を受けてか一つ一つが以前の船の総出力と同じ出力を持ってい……え、何、四倍? つまり4×4で以前の16倍? 馬鹿なの? 加減知らないの?


 ……まぁ、それは置いておこう。ともあれスペック上では以前と変わらないかそれ以上の加減速や戦闘機動が可能らしい。

 装甲は変化なし、まぁあれ以上固くしても意味がないか。これも良い。そして、驚くべき事に、情報処理能力とセンサー系統の能力が馬鹿みたいに増強されていた。ぶっちゃけると船が大きくなったのにワープできる距離がとんでもなく増えていた。意味が分からない。


 ……ああ、成程。戦闘能力向上が目的じゃないのか、あくまでこの船が製造された当初の目的、『四次元へのアプローチ』を主眼とした適応進化なのか。だからセンサー系統も俺でさえ良く分からん機能が増設されてるし、その副産物として情報置換型転移の性能が跳ね上がったと。


「それも良いとするさ。元々その為にお前は作られたんだからな、だけどさー」


 レーザーとかレールガンとかその他諸々の武装全部取っ払ってそれだけに特化してどーすんだよ! いやシールド系統も亜空間潜航能力も性能は跳ね上がってるけどさ! 


 うがぁ、と頭を抱える俺に、頭上から平坦な声が届いた。


『――端末接続失敗。バックアップより再起動します……おはようございます、艦長』


 その声に釣られて視線を上げた俺の視界に、妖精が映し出されたモニターが入った。端末に映るその表情は、やはり最後に見た時に比べると違和感が拭えない。当たり前だ、今此処に居るのは五〇年前の妖精なのだから。


「あ、ああ、おはよう。すまんな、お前の使ってた機体……」


『問題ありません。メモリコアは回収済みです』


 ああそりゃ良かった。まぁメモリのコアは一番丈夫に出来てるから、この時代の船の副砲くらいじゃ壊れないとは思っていたけど――。


「待った! 待て待て、いいか、絶対にアクセスするなよ! 絶対だぞ! その中にもしかしたらあのクソガキが――」


『問題ありません、と言いました。あの程度のAIなら、既に分解して吸収されていたメインメモリの抽出まで滞りなく済んでいます。同期終了まで少々お待ち下さい』


 あ、はい。


 そりゃそうですよねー、管理機構のバックアップを受けられる通常空間ならまだしも、亜空間潜航中のこの船の中から通信するなんて事は出来ませんもんねー。……あれ、じゃあ俺どうやってここにワープされたんだろう。あ、そうですか亜空間潜航システムのちょっとした応用ですか。船のスペックが進化しすぎて頭痛が痛い!


『同期終了しました。端末の再構築終了、そちらに繋げます』


 頭を抱える俺を余所に、さっさと仕事を終わらせた妖精はモニターから消えた。と思ったら明るくなった艦橋のど真ん中にあっさり元の姿で転移してきた、のは良いんだが。


 なんか肩を震わせながら、AIらしからぬ負のオーラを放っているように見えるのは気のせいでしょうか。


「や、やぁ」


「艦長、武装展開の許可を下さい」


 出来るだけ朗らかになるように努めた俺の努力を無視する形で、妖精はとてもイイ笑顔をこちらに向けてきた。


 はい、と直ぐにでも頷きたかったが、しかし残念ながらこの船には武装なんて無い。それは今も船体に同調している俺が一番よく知っている。精々常識外のワープ能力とシールド・装甲の相まった要塞砲の直撃を受けても食堂の皿一枚割れない防御、そして宙間戦闘機並みの機動力しかない。言っている事は色々おかしいが事実だ。


「あります。許可を」


「ど、どうぞ」


 び、びびってねーよ! ちょっと敬語が出ちゃっただけだよ! てか自分の機体が良いように乗っ取られた事がそんなにプライド傷つけたのか、それとも他の理由でもあるのか、今の妖精はマジギレしている。長年付き合ってきた俺じゃなくても分かる。孫ちゃんでも裸足で逃げるな、この迫力は。


 ともあれ、俺が許可を出すと妖精はすぐさま自分の目の前に現れた小さな椅子に腰かけた。途端、周囲からケーブルや接続用の端子がせり出し、彼女の機体を覆っていく。数秒で機械に覆われた妖精が、その本体であるこの船の管制AIに意識を戻し、俺が制御している船体に接触する、と思ったら、何故かその制御系にはタッチせずに別回線へと手を伸ばし、そこで俺は初めてそれらに気づいた。


 本体である『白岳』の周囲に浮かぶ、三隻の船に。


「……えー、なんだ。つまり」


『勘違いされていたようですが、この船の戦闘能力は落ちていません。むしろ増加しています』


「ああ、俺も今わかった」


 その三隻の船も、また『白岳』の一部だった。レーザーや収束型超高速重粒子砲と言った光学兵器から、高重力プラズマレールキャノン、高精度転移ミサイル等々の実弾兵器、その他諸々のいかにも物騒な名前の兵器がズラリとならんだ情報が、妖精が起動させた事で俺にも把握できた。


 要するに別個でありながら同位体として、武装関係は独立させていた訳か。いかんな、船体外に構成したとは思わんかったから完全に意識の外だった。


 まぁ、外部に設置したとはいえ、これだけ武装が積んであればこの三隻で方は付くんじゃなかろうか。もう俺要らないんじゃね? 


 と、仇はうつとか言っておきながら武装関係は妖精に譲り渡してしまった俺がなんとなく肩の力を抜いて座り直すと、改めてモニターに表示された妖精が、眉をひそめた表情で俺に告げる。


うん、やはりこちらの方が違和感がない。


「で、だ」


『何でしょうか。現在武装艦の起動に忙しいので、用件は手短にお願いします』


「お前、なんで乗っ取られたの?」


 ぴしり、と音を立てて妖精の動きが止まった。やっぱりなんかミスってやがったな。そもそも、冷静になって考えてみればこの時代のコンピュータなんぞが束になって掛かってきた所で、俺達の時代の最先端技術を集めて作られた妖精の機体なら、あそこまであっさり落ちる事は無いんじゃないか、と思ってカマを掛けてみれば大当たりか。


 ケーブル類で接続中の妖精に向かって上に向けた人差し指でちょいちょいと招く。結構あっさり抜けだした彼女は、どことなく気不味げな雰囲気を纏い、艦長席の横で停止した。

 

 今まであれだけごっつい惑星規模コンピューターに尻尾を掴まれなかったのに、電子攻撃、しかも集中された訳でもない全方位への大雑把なそれにクラックされたにしては態度が妙だ。何か誤魔化してる、ぐらいは俺だってわかる。


 だてに長い付き合いじゃないってことよ。


「……回線からの情報流入量が飽和しまして」


「はいダウトー」


 目を逸らすんじゃないよ妖精。


「その……実は、あの機体はオーバーホールも再構成も無く50年使い続けていまして、ですね」


「ふむん」


 そりゃそうだな。少なくとも中枢に近い部品はこの船で生産されたものでなければ規格合わないだろうし。


「電子攻撃は仕掛けるばっかりで、殆ど仕掛けられた事が無くて、ですね?」


「ふむん?」


 まぁ金を掛けたおかげで船のセンサーが優秀だったからな。ファストルック・ファストエスケープが基本だったお陰で先手は取りっぱなしだったけど。


「け、警戒はしていましたけど流石にあの規模の電子攻撃が、しかも本体ごと転移したうえで行われるとは思っていなくて、ですね……」


「ふーむ」


 俺も流石に予想は出来んかった。が、しかしだ。どうして笑顔が引き攣ってるんですかねぇ、妖精さんや。


「……艦長命令。手短に、要点だけを、簡単に説明せよ」


「……使ってなかったメモリとか、サブプロセッサとか一度に起動したらハングアップしそうになったので、慌てて機能を絞ったら今度は対抗処理が間に合わなくなりまして……緊急閉鎖ラインまで侵入されたのでセーフモードが自動的に」


「つまり、びっくりしていきなり全力で動いたら運動不足がたたって足が攣り、慌てて動きを止めたら相手に捕まって気絶したと」


「その言い方だとまるで私が運動不足みたいじゃないですか! あうっ」


 抗弁は見っとも無いぞ。取りあえずデコピンあと九回な。


「お、横暴です! あうっ、それに運動不足と言うのならあうっ、艦長の方があうっ」


 俺はトレーニングしなくても体内の微小機械群が常に最高のポテンシャルを保ってくれてるから良いの。あんまり燃費良くないし。


「あうっ、あうっ、あうっ、あうっ、あうう……」


 一〇回に及ぶ振動攻撃をくらって頭を抱えてふらふらとしている妖精さんを横目に、俺はパネルに手を置いた。


 船の本体部分は完全に把握できているが、言われるまで武装艦に気づかなかったことからも分かるように、どうもそっちまで掌握するのはまだ無理のようだ。あまり一度に体内環境を変えると負担が大きいので、これ以上の調整は難しい。


「ほら、さっさと管制はじめてくれ。本体の制御はこっちで取るから、武装艦三隻の方は頼んだぞ」


「……はい」


 不満げな視線が刺さるが気にしないのが長生きのコツである。













 さて、亜空間から『白岳』で乗り出した後の話だが、そりゃもう酷かった。


 先ず、第一撃。


「先手は俺が。亜空間より浮上と同時にシールド最大出力――吶喊」


 亜空間潜航の解除と同時に最大加速でシールドを全開にしながら、敵方の艦隊に突っ込む。これだけで宇宙に無数の花が咲いた。高々一全長kmにさえ及ばない小兵に、その五十倍以上の全長とそれに伴った膨大な質量をもつ物体が、航宙戦闘機並みの速度で、圧倒的なシールドを纏って突っ込んでいくのだ。


 重騎兵に蹴散らされる軽装歩兵の如く、折れ曲がったりシールドに吹き飛ばされたりしたのはまだ良い方で、跳ね飛ばされた先で味方の船に直撃して纏めて爆発したり、真中から引き千切られて次の瞬間には互いに宇宙の反対方向へ永遠にお別れしたりと無残な事になっていた。


 しかも亜空間潜航に対する探査技術がまだまだ未熟なこの時代に、進化したこの船が全力で深々度まで潜ったまま至近距離まで接近した上で、いきなりゼロから最高速度まで加速して突っ込んできたのだ。


 抵抗出来たら常識を投げ捨てるレベルである。非常識の塊に乗って言うセリフではないが。


「武装護衛ドローン艦『昆陽』、『雅刻』、『霽月』起動。残存戦力の殲滅に入ります」


 そして止めの二撃。


 こちらはさらに非常識だった。本体から離れた三隻の武装艦達は、跳ね回る――宇宙船に対して使っていい言葉が迷うが、他に言いようがない――ように、混乱と甚大な被害に見舞われた敵艦隊の中を三次元的に動き回りながら、備え付けられた兵器を思う存分に手当たり次第ばら撒いた。


 結果として何が起こったのかと言うと、味方艦隊に向かって壁のように整列していた敵艦隊を真横から「突破」していく本体の周りで、上下左右が万遍なく爆発した。


 遠目から見ていれば中々壮観だったのではなかろうか。ガスバーナーで真横からあぶられたチリ紙の如く、敵艦隊は文字通り消滅していった。吶喊宣言から二分ほどで、対応策を取る暇も無く、そのままの意味で全滅である。


「お前さ、八つ当たり入ってないか」


「そう言う艦長こそ、最後まで減速していませんでしたよね?」


 それを言われると口を閉じるしかないんだが。うわぁ、シールド減衰率が99%下回らないで敵陣横断完了しちまった。ゲージが減ったと思ったら即充填完了とかえげつないわぁ。


 結果として、戦闘開始からおよそ五分。敵艦隊は物理的に全滅していた。残存艦五割とかいうレベルで無く、そのままの意味での全滅である。容赦ねぇなうちの副官は。


「ちなみに艦長のスコアが7割です。容赦ありませんね艦長」


「さー、メインディッシュといこうか!」


 あーあー聞こえない聞こえない。


 先ほどまで散発的とはいえ反撃の砲火を繰り出していた味方の艦隊が眼前で起きた不条理と非常識の塊でできた光景に固まっているうちに、さっさと面倒を片づけてとんずらこきたいんでな!


 とは言った物の、相手は――


「…なぁ、武装艦の攻撃でアレ、どうにかできると思うか」


 眼前に存在する“元”管理機構、そのサイズは光学観測の測定値で大体直径一万五千km。いくらこちらがこの時代の航宙艦として非常識なサイズとはいえ、正直どうしろと言うのだこのサイズ差。それこそスター・ブレイカーか三千年くらい先に製造されて即座に製造・設計禁止指定されたというプラネットバスター級対惑星砲でも持ってこいという話である。


「武装艦にはあれだけの規模の物体を破壊する事は求められていません。精々……そうですね、小惑星型要塞クラス、50km以下が限度です。時間を掛ければ不可能ではありませんが、あちらに自己補修可能なドローンが大量に存在する事を考えるとあまり効率的ではないかと。味方の艦隊も何時までも傍観しているだけではないでしょう。ですが……」


 その分こちらの詳細なデータが取られるリスクも高くなる、か。ましてやあちらの管理機構本体が何もしない訳もないし、面倒な事になる可能性が高いな。


「どうしたもんかなぁ」


「この船の特殊装備で十分だと思われますが」


「へ?」


 俺のぼやきに答えたのは、何を言っているんだと目で語る副官だった。手元のパネルを数回たたくと、俺の眼前に一つの兵器の諸元が空間投影される。


「……」


 絶句である。何これ頭おかしいんじゃなかろうか。


「では、どうぞ」


「軽く言うが、比喩的に言ってお前たまにタイフーンだよな」


「そうですねトルネードですね。――恒星機関、内部観測終了。砲撃可能まで残り30秒」


「勝手にカウントダウン開始してるよこの副官!」


 俺の悲鳴とも怒声ともつかない大声も全く気に介さず、妖精の手は滑らかにパネルの上を踊っていく。同時にその眼前に浮かびあがる30という数字。あと俺の目の前にせり上がるトリガー付きのレバー。


「え、マジでやんの? これ一発で汎銀河指名手配じゃね?」


「フレア発生確認、亜空間ゲート展開準備完了。高重力場による収束開始――20秒」


「あのさ、ほら、これってスター・ブレイカーと同レベルの危険な存在ってみられるよね」


「……収束完了。最終段階に入ります。最終安全装置解除、ターゲットロック。カウント……9、8、7」


「無視しないでほしいかなー。最終安全装置の解除は艦長の命令を待ってくれないかなー。あと何で人の手を勝手に動かしてレバー握らせようとしてるかなー」


 どうやら後はリンクしたままでの作業で十分なのか、こちらにカウントを数えながらふよふよと笑顔で飛んできた妖精は、俺の手をその小さく細い両腕に見合わないパワーでぐいぐいと持ち上げ、レバーを握らせてトリガーに指を掛けさせている。


 結構本気で抵抗しているんだが、新しく機体を構成した時に出力系統もバージョンアップしたのか、中々手強い……! あと良く見ると目が笑ってない、こいつまだ怒ってやがる!


「ま、待てって! 落ち着け」


「私は落ち着いています! 艦長、そのトリガーを押しこむだけで良いんです! 安全装置が付いてて私じゃ発射できないんですから早く諦めて!」


「ま、ちょ、こら、無茶すんな! ……あ」


 すったもんだとやっている内にカウントダウンはゼロになり、思わぬ部下の無茶ぶりに慌てていた俺は、何時の間にか握らされていたレバーから手を離す事さえ思いつかず、そのレバーを握った手に纏わりつく妖精を一生懸命宥めていた筈が、気付いたらトリガーを引いてしまっていたのだった。


「コロナ・マス・イジェクション砲、発射します!」


「おい待てコラぁああああああ!」



 と言っても発射シーケンスが完全に終了した以上、俺に出来る事はもう無い訳で。


 正面のモニターには空間に開いた直径五万kmの巨大な亜空間ホールが映し出された。


弾き出されるように膨大な量の数千万度のプラズマと、X線やガンマ線、高エネルギー荷電粒子が高重力・電磁場で収束、加速され、深紅の帯のように怒涛の如く機械惑星に襲いかかり――数十秒後に亜空間ホールが自動で閉じた後、其処には何も残っていなかった。


「……悪は滅びました!」


「なぁ、副官殿。味方の艦隊が、こっちに砲身を向けているのは気のせいかね?」


 やたらとスッキリした表情で腰に腕を当てて胸を張っている妖精に告げる。今の俺には味方の艦隊の気持ちが分かる。例え敵を消し飛ばしたとしても、あれだけの規模を持つ機械惑星を一撃でオーバーキルしてしまうような恐ろしい兵器を持った船らしき存在、勝てる筈が無かろうとも、このまま放っておくには危険すぎる、なんとかしないと! とか悲壮な決意を決めているに違いない。


「……逃げるぞ」


「アイ・サー」


 後で絶対にお仕置きせねばなるまい。絶対に、絶対にだ。


「艦長、後で統合AIの再構築の許可頂けますか? 私が教育し直しますので」


「構わん。ただし、お前も一緒に俺が教育し直すからな、物理的に」


「な、何故ですか!?」


「そこで何故とか言うからに決まっとるだろうが!」


 亜空間に潜り込みながら、俺は再構築されるであろう統合AIがもうちょっとまともな性格に矯正できたら副官交代もちょっと考えてみるか、と頭の隅にメモしておくのだった。。


後はエピローグ一話で終了予定。

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