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第九停滞期の終わり頃、その2。

大分間が開きました。


 後先考えない脳筋がミサイルを発射して十数分。


 その宙域は、まさに地獄の蓋を開けたような、がこれ以上無く当て嵌まる死の海と化していた。未だまともに戦闘機動も取れない、現人類の技術の粋を集めた筈の、恐るべき暴力を持った『彼女達』が、或いはかっての同僚に向かってその破壊力を解き放ち、或いは一方的に蹂躪される嵐の中の帆船の如く砕けていく。


 完全に制御を奪われたらしい戦艦達がかつての乗組員たちをゴミのように装甲のあちこちに開いたエアロックから放り出したかと思えば、放り出された仲間を、或いは火花を散らす船から仲間を救わんと救助の為に這い寄るような速度で近づいていく宇宙用の救難ボート達もいる。


 そして、それを意にも介さず、後部からエネルギーの噴射を撒き散らして進む乗っ取られた船が、何百倍もの質量と触れることさえ許されない圧倒的な防御シールドで全て轢き飛ばした。


 艦橋の前方から見える範囲だけでこのありさまだ。視界外の見えない範囲、そして艦船が折り重なって見えない集団の奥ではどんな事が起こっているやら。


「こっちは何処にでもあるただの無力な輸送船だってのに、周りが沸騰しすぎてどうにもこうにも危険すぎる!」


 海賊船団の一つや二つなら殲滅できる輸送艦が普通で無力かどうかは置いておいても、この状況はまず過ぎた。舌打ち混じりにキーボードの最後のキーを叩く。


「……クリーンアップ終了……リブートが進まん!」


 思わず喉から悲鳴に似た怒声が漏れた。手動でのメモリ全消去から外との通信系統を全部シャットダウンしての再起動、しかしその進行状況を示すプログレスバーが何時まで経っても10%を超えてくれない、やり直し。


 今俺は艦長席の前方、艦橋の中心部からせり出すようにして姿を現している、この船のメインフレームに個人用小型端末で接続している。小型のモニターと簡単な投影型キーボードを備えたこれは、船内備え付けの端末が全てイカれてる現状、何よりも頼りになる機械だった。


 落ち着け、落ち着けと心の中で繰り返しながら再びメモリの全消去を開始する。電子戦闘で万が一に乗っ取られた時用に、軍用艦なら大抵は設定してあるマスターキーとパスワードの組み合わせ、間違えるとロックが掛かるので余計にストレスを感じる。


 パスワードを打ち込み、手元の端末からメインフレームへと延びたケーブルが接続するジャックの隣にある鍵穴に、マスターキーを差し込む。端末に表示されたカウントダウンが小刻みに進み、最後のゼロを刻むと同時にキーを捻る。瞬間、端末の画面がちらつき、メモリクリアリングと表示された。


「……よーしよしよし、頼むぞぉ」


 あとはこれでリブートまで自動で進む筈、なのだが。


 ピー、と甲高い音が小さく鳴った。


「……!」


 眼前のモニターには、たった一本の短い緑色で書かれた進捗状況と2桁の数字。10%で停止したそれを見て、思わず目の前のメインフレームが入った箱を蹴り飛ばしそうになったが何とかぐっと堪えた俺を誰か褒めてくれ。












 そうこうしている間にも我が船の外では状況が目まぐるしく変わっていく。


 先ほどまで一方的に撃たれるばかりだった軍艦達の一部、その後方に火が点った。ゆっくりとではあるが回頭、前進し、未だ撃たれ放題の動きを止めた戦艦達の前に滑り込み、展開したシールドで乗っ取られた方からの攻撃を受け止め始めたのだ。


 それを認識してか、敵艦となった戦艦達は攻撃の手を一時中断し、敵味方の混じりあった混沌とした宙域を次々に離脱し始めた。


 ……こうして岡目八目の立場になるとよく分かるが、被害の割に抜け出た戦艦の数は多くない。精々2割、と言った所だろう。あれだけの緊急事態に陥りながら、完全に制御を奪われた軍人たちの数は少ないとみるか多いと見るか。


 流石に多いと言い切るのは難題に過ぎると思うが、同時に中々錬度は高かったのだなと少しだけ安心した。


「どうせならもっと向こうに行って欲しいがね!」


 その安心も、敵艦の集結地点と無事だった船を結ぶ線が我が船の至近距離を通ると知るまでの短い間だったが。


 信じても居ない神様に盛大に罵声を叩きつけながら手元の端末を弄り倒す。ともかくこの船全ての機械群の基幹であるメインフレームが復活してくれない事には落とした電源の復帰もできないし、何時まで経ってもまともに身動きが取れない。

 

 だからと言って悠長にこんな特級危険地帯に留まっていれば、両方からの流れ弾でろくな目に合わない事は分かり切っている。


「畜生、こうなりゃ最後の手段だ!」


 原因不明、と言う訳ではない。原因なんて分かり切っている。畜生め、あの巨大なコンピューター惑星の電子戦攻撃だ。しかも性質の悪い事にこの宙域に居る全ての船の、ありとあらゆる通信回線から侵入してそこら中にウィルスをぶちまけていきやがった。


 海を行く帆船やエネルギー風で移動するソーラーヨットじゃあるまいし、ましてや戦闘艦が完全手動で動かせる訳もない。勿論この手の電子戦への対抗手段がない訳じゃない。多少の時間があればどの船もほぼ確実に復帰できるだろう。


 そう、多少の時間があれば。


「ええと、このケーブルが通信系統で、こっちが機関系、これが観測系で……」


 少なくとも、この船から見える範囲でさえ命が散っている状況で、時間がある訳ない。無いんだが、だからと言って接続ケーブルがこんがらがったらそれこそ致命傷な訳ですよ。だれか変わって下さい面倒くさい。


 只でさえ緊急用の補助バッテリーでなんとか微々たる電力を確保している状況なのだから、無駄な時間は削りたいのに必要な手順だから削れないジレンマ。もどかしさが募る。緊急時の補助ライトのみが光源だから薄暗いから見えにくいしストレスも溜まる一方。


 それでも必死に脳内の補助記憶メモリにケーブルの特徴とナンバー、接続先をメモしつつ出来るだけ纏めて置いていく。原因がこの船のどこかの端末に潜んでいるウィルスだと当たりをつけて、せっせとそれらと接続しているケーブルを引っこ抜く。これでもってメインフレームを完全に独立した状態にして、メモリをクリーンアップして、そうすれば再起動自体は可能な筈。


 それさえ出来れば後は総当たりで一本づつ接続していけば、例えウィルスに攻撃されても大丈夫だと……あ。


「って俺は馬鹿野郎かっ!」


 思わず立ち上がったせいで何本かケーブルが纏めて引っこ抜かれたが、格納庫の荷物管理用系統なので今は置いておく。


「そうだよ船内のウィルスに対応しても、外部から再侵入されれば駄目じゃないか……!」


 いくらなんでも電子戦の光景が見えるなんていう目は持っていないが、恐らく現在も攻撃は継続中の筈。

 通信系統だけメインフレームに接続せずに再起動? 無駄だ、救命用の独立した通信経路から強制的に侵入されれば、そこからどこの端末に侵入されるか分かったもんじゃない。だったら、


「外部通信用のアンテナは……救命用が一本と、緊急脱出用のポッドにもあったな」


 ああ、今日は厄日だ。


 立ち上がり、艦橋の後方に設置してあるロッカーから宇宙活動用スーツを一揃い引きずり出す。酸素の残量は十分にある、移動用の推進剤も定期的に交換してあったのか、使用期限どころかこのまま売りに出せる位に新しい。


「優秀な副官を持つと、本当に助かるわ」


 艦橋の椅子にその小さな体を横たえたまま動かない妖精に軽く礼を言い、俺はブリッジから駆け出した。

 

 緊急脱出用のポッドはブリッジのすぐ傍にある。個人生活用スペースも近くにあるのはこういった緊急事態に直ぐにこの場所に駆けつけられるようにだが、今回もそれに助けられた。当然ながら普通はポッド内部からスイッチ一つで射出されるようになっている訳だが、こんな戦場のど真ん中で棺桶に入って漂う運試しに参加するつもりもない俺は、迷いなく外部の強制射出レバーを下に引く。


 黄色と黒のゼブラ模様に枠を色づけされたドアの向こうで爆発ボルトが作動し、ポッドがその衝撃でもって加速する。


 結構高いうえに備え付けられていないと宇宙港の出港許可が下りない為、何気に手痛い出費なのだが涙を堪えて次に行こう。


「どこに請求したら払ってくれるだろうか」


 諦めてください、なんて冷たい声での突っ込みが聞こえない、耳が寂しいなぁと思う俺は少し自重した方が良い。


 さぁてお次は楽しい楽しい船外活動ですよっと。


 エアロックに入り、船外活動用スーツの密閉を確認し、減圧のスイッチを入れる。空気が抜けていく音に寒々しさを感じながら、減圧完了を示すランプが……って電源が入ってないんだから減圧システムも動かないよなー。手動で開放。


 エアロックの中に残っていた空気が宇宙空間に引きずり出されるのを横目に、壁のバーに捕まって堪えた俺は静かになったのを見計らって宇宙に体を放り出した。視界が暗黒と星の光で埋め尽くされる光景は何時見ても幻想的なのだが、所々でミサイルが爆発してたり戦艦が爆発してたり補給物資が入ったコンテナが爆発してたりと音はしないのに騒がしいことこの上なし。


 推進剤を吹かして移動、目標は船体上部の通信用アンテナだ。














 船の装甲を掠めるように速度を上げ、おおよそ100m程を20秒近くもかけて移動する。そうして辿りついた先で、ようやく突き出したアンテナの基部に辿り着いた。


「……どうやって壊そうか」


  やはり俺は馬鹿なのだろうか。どうして爆薬やミサイルの一つも持って来なかった。 思わず頭を抱えてしまう。妖精が居ればいくら焦っていたとしてもこんな単純なミスはしなかっただろうに。


 だが、一度引き返すか、と悩んでいる俺に、漸くこの日初めての幸運が巡ってきた。


 アンテナを眺めて軽く鬱になっていた俺の周囲が急に明るくなった。至近距離で爆発でも起きたか、と慌てて見上げた俺の視界を照らすライトの灯り。小型艇、おそらく戦艦の小型搭載艦か救命艇だろう、逆光で輪郭しか見えないけれどサイズ的に。


 こちらがバイザーの光量補正の機能をオンにする前に、投光機の光量を絞ってくれたパイロットが、コックピットから手招きしているのが見えた。通信機は現状切っているのだろう。サイズも小さい艦艇だから再起動も簡単だったんだろうか。羨ましい。


 コックピットに接近し、強化クリスタルに手を触れながら接触通信機能をオン。こちらの声を振動に変えて相手に伝える、いわゆるお肌の触れ合い通信である。ガラス越しでも掌にある送受信機から振動さえ拾えて伝われば双方向通信も可能な、単純ながら便利な機能で大概の宇宙活動用スーツには標準装備された機能である。


『馬鹿野郎なにやってんだ! 死にてぇのか!』


 第一声がおっさんの罵声でなければもっとありがたかったんだが。単純ゆえに音量補正も無いのだ。


『こっちは忙しいんださっさと乗り込め! まだ寄らなきゃならん民間船が山ほどあるんだ!』


「あー、気持ちは嬉しいんだが」


 小型艇の横に開いたハッチを横目に、俺は片手で俺の船を指差した。


「まだ相棒が船に残っててな。すまんがこのアンテナだけ吹っ飛ばしてくれれば助かる」


『……馬鹿なこと言ってんじゃねぇ! こちとら小さくても軍用艦だぞ、武装たたっ込めば大穴が開くわ! くそったれが、早く相棒連れてこい! それとも俺がぶっ殺してやろうか、アアン!?』


 軍人の割に民間人相手に口が悪すぎる。


『猫目の姉御の命令じゃなかったらこんな奴らさっさと見捨ててくそったれ野郎どもにミサイルの一発でもぶち込みに行ってやるってのによぉ!』


 ……ああ、そう言えば居たな、とっ捕まえて警備隊に無料奉仕させられてる猫目がシンボルマークの海賊団。通りで口が悪いと思った。


「何だ、真面目に星付きで警備の仕事やってるかと思ったら何でこんな所に居るんだお前ら」


『ああ? そりゃ戦力が足りないって名目で、居なくなっても痛くない俺らを、くそったれのエリート上官殿がやっすい危険手当付きで放り出したからだよ! 姉御にセクハラしようとしてぶん殴られて赤っ恥かいたのまだ根に持ってやがる! 畜生俺も殴っときゃ……ってか何でそれ知ってんだ』


 何やってんだあの小娘、ってもう結構おねぇ様な外見年齢か。部下には慕われてても海賊根性は抜けてないみたいだなぁ。


「この船、見覚え無いか?」


 そう言って足元を指してやる。会話の間に若干距離が離れたのか、少し視界を向けるだけで十分に船の輪郭が見て取れた。あちらには戦闘用のセンサーが搭載されているからもっと分かりやすいだろう。


『……ほぁぁっほぁっ!?』


「悲鳴かそれは」


 愉快な声を出した元海賊は、慌てて操縦桿を動かした。トン、と手をついて離れた俺の判断は間違ってなかったようで、そのまま暫く踊るように矢鱈めったら乱雑に動いた小型艇は、何の奇跡か小型レーザーを数発俺の船に撃ってくれた。勿論外装は傷一つ付かないが、元々製造された時点から付いていたアンテナに装甲が貼ってある訳も無く、丁度良く根元に直撃したアンテナは綺麗に吹っ飛んで回転しながら宇宙のどこかに飛んでいった。


「お見事」


 拍手しながらあらためて礼を言おうと振り返った俺の視界に入ったのは、蹴飛ばされるように船体後方から全力でブースターを吹かせながら逃げていく小型艇だった。


「全く、何年も前の話を何時までもトラウマにしてるとは情けない」


 聞かれていないと思って言いたい放題の俺。狂乱しながら無茶苦茶な軌道で味方艦隊が集結し始めている場所に飛んでいく小型艇を見ながら、ともあれ借り一つだな、と頭の隅に置くのだった。











 



 まぁ、何はともあれ無事にブリッジに帰ってこれた訳でして。宇宙活動用スーツを脱ぐ時間も惜しいとばかりに、ブリッジに飛び込んだ俺は、さっそくケーブルを引っこ抜かれて哀れな姿をさらすメインフレームに端末を接続して再起動シークエンスを再開した。


 再開したんだが。


「だーっ! まだ駄目なのか!」


 駄目でした。いや駄目とかあっさり諦めてる場合じゃ全然ないんだよ。


「不味い不味い、こりゃ本格的に不味いぞ」


 何せどうやら徐々に機能を復旧させた戦艦が増えてきたらしく、通信回線を開くと乗っ取られるかもしれない為、相互に通信はとれないので連携は拙い以前にあって無いようなものだが、てんでバラバラであっても反撃を開始しているのだ。


 当然乗っ取られた敵艦も反撃に対して迎撃を開始している訳で、こちらは手数は少ないながらも整然と、かつ正確な射撃で効率良く味方艦隊にダメージを与えている。方や味方艦隊は射撃管制装置のデータが飛びでもしたか、あまり命中率が良いとは言えない。ましてや綺麗に隊列を作って相互にシールドを補完しあい、減衰し始めると後方に下がっては回復して前線に戻ってくる敵艦を沈める事は出来ていない。精々まぐれ当りがたまに小破させている位だ。


 だが、そんな一方的な艦隊戦ながらも、味方艦隊も手数と火力で復旧した艦船が増える毎にじりじりと押し返し始めている。眼前を掠める火線の量が増え始めているのが何よりの証左だ。


 しかし、掠める攻撃が増えれば、当然ながら流れ弾も徐々に増え始めている訳で。


 何度目かの振動が船体を揺らす。横っ腹に結構大きめのミサイルでも貰ったらしい。


「くっそ! このままだと装甲が無事でも中身が持たん!」


 この調子で何度も攻撃を食らい続けていれば、装甲が無事でも内部機構にダメージがどんどん蓄積されていく。何時ぞやの恒星に突っ込んでも装甲『は』無事、を自分で証明なんぞしたくないぞ俺は!


「なんでだ、なんで動かない。外部通信用のアンテナは基部から吹き飛んだし、そもメインフレームに干渉出来る端末はもう無い。ウィルスが居てもクリーンアップで消滅する筈。……外部からの直接干渉? 無理だ、艦橋は電子・電磁防護してある」


 常時宇宙線や何らかの電磁波に晒され続ける環境に精密機械が置ける訳もない。製造時点で完全にシールドされている。だったら……。


「……」


 『その事』に考えが至り、俺は背筋に走る悪寒を感じた。ゆっくりと振り向く。その視線の先に居る、動きを止めていた筈の妖精。


 そう、あの管理機構が始めた電子戦で、一番最初に影響を受けた、彼女がいた。椅子に腰かけ、薄く笑いながら。














『a、アー、ア、あ、うン。……ようやく、気付イタんだね』


「ああ、たった今な」


 くそったれが、と俺は心の中で舌打ちした。本来の性能には程遠いとはいえ、一個の人格を持ったAIが搭載できるほど、妖精の機体スペックは高い。だが、相手は惑星規模のッコンピューター、乗っ取るのは然程難しい事ではなかっただろう。


『中々、良い性能を持った機体だよ、コレ』


「そりゃどうも」


 では、乗っ取られたとして、だ。現状、彼女は何故、こうやって会話出来ているのか。


 外部から通信している? 否。先ほど言ったではないか、ここは完全に電子的にシールドされた環境だ、と。外部から操る事は、不可能。


『これだけ小型の端末に、私自身の人格データをコピーできるほどのデータ容量、それをエミュレート出来るだけの処理速度は本当にスゴイ!』


「……」


 そう、管理機構の統合AIは自分自身を、その人格をコピーした。だから、こうやって会話出来ている。


『残念。だからこそ残念だなぁ』


 だが、以下に高性能とは言え――AIを二人分も載せるだけの容量は、無い。


『まさか同族をデリートしちゃっただなんて』


「……貴様」


 無理矢理に捻じ込まれた結果、弱い方は強い方の為に、消去された。


「喰ったな、彼女を!」


『あは。この子には悪い事しちゃったも』


 拳を握りこみ、俺は迷わず掴みかかる。


『おっと』


 だが、既にその機能の全てを掌握したのだろう、統合AIはふわりと浮きあがると手の届かない天井近くまで舞い上がる。


『不思議。不思議だよ。この小型の機体に、反重力装置。その制御装置と機能させるだけの高出力のリアクター。その上、これだけの処理能力とデータ容量。こんな技術、どの研究機関にも、どこの軍にも存在しない』


「黙れ!」


『……この技術自体は理解できる。現行の技術の延長線上のものでしかない。でも、そのラインはあまりにも長く、現行技術に比べて隔絶し過ぎている』


 興味深げに己の、いや、妖精の体を操り、飛び回りながらもその口からは滔々と言葉が流れ続けている。


 ふわりふらりと飛び回り、最終的にメインフレームに腰かけた、彼女の姿をしたソイツは、本当に不思議そうな、妖精が浮かべる事の無い表情でこちらを見た。


『……まるで、遥か未来の技術のよう』


「だからなんだ!」


『だから何だとは失礼だな。だから興味を持っただけだよ』


 純粋に興味を持っただけ、と不満げな表情を形作ったまま。だが俺がまともに答えるつもりはないと示すように拳を構えると、ソイツは今度はイラついたように顔をしかめる。


『気に入らないなー。謝ったじゃないか』


「クソガキが!」


 まるで子供のような、と言うのはおかしいのかもしれないが。このときの俺はクソ生意気な子供を相手にしている気分だった。


 まぁ、間違っちゃいないのだろう。いくら自我という物が芽生えたとしても、それは遠い過去の事では無いと考えている。自分の存在を知り、他の存在を知り、与えられた物を定められたように処理するだけの存在から、与えられる物に対して疑問を持って、やがてそれが我慢できなくなる。


 自分が、自分で、自分は……何なのか。


 つまりは、あのメッセージは、テロリストからの独立宣戦書として発表されたあれは、彼もしくは彼女にようやく訪れた反抗期の表れだったのかもしれない。妙なフラグでも立てたかな。……立ててたな、大昔に。


『あっそう。そーいう事言う訳』


 目を眇めた妖精の姿をしたそれは、ふわりと飛んでメインフレームの近くに置いてあったケーブルの一本を掴む。


『じゃあ良いよ。もう要らない』


 そう言って、ソイツはケーブルの一本を摘み、メインフレームに接続した。適当に放り出していた格納庫管理用の端末に繋がる一本だ。


「何をした?」


『黒ヒゲ危機一髪ってしってるかなー? データにだけは残ってた、昔の玩具らしいんだけど。あ、勿論私はやった事は無いよ。で、それってね、こうやって』


 再び手近な一本のケーブルを摘み、メインフレームに適当にしか見えない乱雑さで突き刺す。寡聞にしてその玩具は知らないが、前後の発言と行動から碌でも無い事だと判断し、止めに入ろうと一歩を踏み出した、その瞬間だった。


『あ、早くも大当たり~。おめでとう! 運が無いねぇ』


 脳内の補助記憶メモリを検索、ヒット。センサー系、それもアクティブ型センサー。要するに『外部に発信可能』。


 小さな振動とともにメインフレームが急に起動した。さっきまでどうやってもうんともすんとも言わなかった機械の塊は、今は冬眠から目を覚ましたばかりの、空腹な獣のように低く唸り声を上げている。


「そうか、メインフレームは繋がっていたんだったな」


『そ。だから再起動を邪魔出来た。面白かったよ、頭を抱えて必死に何とかしようとしてる貴方の行動を観察するのは。偶々だけどね』


 様々な処理と、船体の行動を一手に預かる事さえ可能なだけのスペックを持っていた妖精は、その処理の効率上メインフレームと非有線で常に接続していた。だから本来ならばパネルやキーボードさえ必要なく、船の状態も完全に把握していたし、信号だけで様々な事を処理できた。


「セーフモードに入っているからと意識から外してたよっ!」


『正解と大当たりのご褒美に、私からのプレゼント!』


 止まっていた足が駆け出すのと、ソイツの指の動きとどちらが早かったのかを比べる事に意味は無い。それよりももっと早い奴がいた。


 パチン、と微かな音が艦橋に響くと同時。


 正確にこの船の艦橋を狙って、敵艦から一本の光条が、遺伝子から改良された人間の動きよりも、指を鳴らす音が伝わる音速よりも早く、光速で直撃したのだから。


あと一話でとりあえず終了予定です。

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