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プロローグ。

久しぶりに何か書きたくなったので。気楽に書いています。気楽に呼んでください。

「拝啓、親父殿……」


 紙にペンを走らせる。

 別に宛先なんぞありはしないし、出しても返事が返ってくる事がないのは重々承知しているが。


 口に出してしまうのは染み付いた癖で、自覚はしているが別に直す気もないし直す必要も感じていない。どうせ自分以外に人間なんていないのだから。


 まぁ。音読しながら手紙を書くというのは思考を文章の作成速度に合わせる効果でもあるのかもしれんなー、と思考の片隅で自分に言い訳しながら最後の文章を書き上げる。


「それでは万が一、億が一、京が一にでも逢えるときまでご壮健でありますように、と……くはー」


 背筋を伸ばして首を捻る。自分でも意外なほどに大きな音が脳髄に響いて、そこで初めて肩の凝りを自覚した。


 手紙を書き終えペンを置く。最初に作り出したのは誰だったか寡聞にして知らないが、紙とペンを考え出した者達のお陰で広まった文化やら技術やら、あるいは自分にも覚えのある書類仕事の苦しみ等々、功罪をつらつらと脳裏に浮かべながら、妙に滑らかな白い光沢を放つデスクの横の、小さな丸い窓を横目にため息ひとつ。


「どうしてこうなった」


『偶然と奇跡と理不尽と確率の神様の遊び心がダンスした結果では?』


「遊び心を理解してから出直して来い」


 声が聞こえた方向を睨む。特に意味のある行動ではない。ただ、そっちのほうから聞こえたから、という実に分かりやすくシンプルで、同時にまったく意味のない行動だ。艦内通信越しの相手を睨んでも睨まれた事にさえ気づかないだろうしな。


『遊び心、ですか。チェスのお相手でも勤めましょうか?』


「知ってたか? ボードゲームってのが俺は苦手でね」


『では私に遊び心が存在する事をどうやって証明すればいいのでしょう』


 声色はあくまで生真面目で、だが無機質だ。

 ペンを放り投げ、書いた手紙を折り曲げる。

 投げたペンは床に落ち、硬質な音を発する――事無く光の粒になって消え去った。


「遊び心があるって事は、遊びが出来る事とは無関係だと俺は思うんだがね。遊びたいと思うこと、若しくはそう思えるだけのゆとりを持つのが先だろう」


『では、私は貴方と遊びたいです』


「ストレートにどうもありがとう。だが俺は今はそんな気持ちじゃない。封筒くれ」


 右手で折り終わった手紙を持ち上げながら、視界の後ろでひらひらと振った左手の掌に、かさりと軽い感触が触れる。手を戻せば純白で不自然なほどに自然な飾りっ気のない封筒がある。


「遊び心のあるやつってのはな。こういう封筒一つとってもちょっとした…んあー、そう、洒落っ気みたいなもんがあるもんさ」


『……精進します』


「まー頑張ってくれたまえ」


 どことなく不満げな声に唇の端を上げつつ手紙を封筒に突っ込み封をする。ちょっと中で端っこが折れ曲がった気もするが、二度と封が開けられるわけで無し。と言い訳しながらデスクの引き出しにそのまま放り込んだ。


「さー腹減ったし飯でも食うか」


 椅子から腰を上げ、部屋から出るために歩き出す。

 はて、日課というわけでもないがそれなり以上の頻度で書かれた手紙は今何通目か、と益体も無い疑問が久しぶりに浮かんだ。


『16428通目です』


「お前が一々数えるなぃ。俺の暇つぶしを無くす気か」


『その時間をもっと他の事に当てていただきたいとは常々』


 何か言っているような気がしたが両耳を塞いだ俺には聞こえませんなー。


 ドアを抜け、白い光に満たされた通路に一歩目を踏み出す。

 さぁ飯だ。これからこの暇と時間に満ちた生活の中で唯一と言っても良いほどには楽しみにしている飯の時間だ。


 当然ながら心は弾む。足取りも釣られて自然と軽くなるというものだ。 


「今日のメニューは何にするか……」


 当然ながら俺しか居ないために食べるのは俺だけだ。なのでちょっとした趣味としてとあるルートを使ってあちこちの食材を手に入れて、適当に料理するのが最近の趣向である。

 不味かろうが文句を言うのは俺しか居ないんだし、ましてや自己責任だから特に問題はない。保管庫の中に何があったか脳内のメモリを起動させた俺に、不意に声がかけられる。


『先日手に入れました食糧は既に分析を終えてあります。何時でも使用していただいて結構ですが』


「食事前に分析だの解析だの言うとは無粋の極み」


『そう仰られて34時間45分12秒ほどトイレに篭っておられた方の台詞とは思えません』


 一体何時の話だそれは。と口に出そうものならコンマ以下まで答えられるのは分かりきっているので無視した。

 大体あれは不意打ちだろう。熱を通すと肉全体に1ピコグラムで即死する致死毒が発生するとか不意打ちにも程がある。文句を言ったら何で生きてるのか不思議がられた後、マニュアルに書いてあったろうがと論破されたが。


 マニュアルは見ない派なので(キリッ


「刺激的で良いだろうが」


『毒物の摂取は刺激的の範疇に含めるものでは無いと言わせて頂きます』


「だが俺は自重しない。最上位権限で分析禁止令発令」


『残念ですがその権限は既に存在しておりません。お手元のマニュアルから総司令部に確認・再発行及び実行してください』


「なぜに」


『さぁ? 確認印は頂いておりますが』


 記憶にございませんが。と口に出す前に進路を塞ぐように大量のウィンドウが展開した。流し読みするとどれもこれもが確かに最上位権限の停止に同意する旨の書面で、しかも七面倒くさいはずの手続きがこれ以上なく完璧に済んでいて、尚且つ全部間違いなく俺の確認印が生体認証の誤魔化し様のない状態で押してある。


「おい全部の日付がバラバラだぞ」


『苦労しました』


 どうでもいい処理事項の中に少しづつ混ぜやがったなこいつ。   


『読まない貴方が悪いのです。これに懲りたらこれから真面目に処理を』


 瞬間、通路の光量が僅かに落ちた。

 脳裏に小さく警告のメッセージが浮かび上がる。『敵性存在からの攻撃を受けています』とな?


 対お小言防御体制に入っていた両耳から手を離す。


「仕事か?」


『……そのようです。戦闘態勢移行に伴い、ブリッジ要員を緊急転送します』


「おい馬鹿やめ」


 制止の言葉も半ばで断ち切られ、ふわりと浮遊感が体を包む。視界が光で埋め尽くされた次の瞬間には、俺の体は其処にはなかった。

 いや、正確に言えば其処にいて同時に別の場所にもいる状態に書き換えられた、と言うべきなのだろうが。正直そんな事を考えている余裕など欠片もない。


 なぜなら――。


「転送終了……またですか、艦長」


「うぉぇぇぇぇぇぇ……」


 空のはずの胃から込み上げる強烈な吐き気が俺を襲ったからだ。慣れない。どうしてもこればっかりは慣れない。多少のGは全く気にする事無く、20Gまでなら余裕で昼寝できる自信はあるが、緊急転送に伴う三半規管の不具合が毎回俺を苦しめる。


 止めてくれ、とは何度か言ってはみるものの、緊急時に戦闘員は可及的速やかに担当部署につく事、が軍規に明記されている以上、どれだけ上申しても覆らないのはまことに遺憾である。


「うっぷ。だからやめ……うおぇっぷ…ろって言ってんだろ」


「緊急事態ですので」


 霞む視界の向こうで銀がゆれる。先ほどまで通信越しに聞こえていた声は目の前の人型のそれが発していたものだ。同じような無機質さを感じさせるその姿は、はっきり言って小さい。デザインした奴はよっぽどスケジュールに忙殺でもされて頭が煮えていたのだろうと俺は常々思っている。

 身長15cm、女性型でスレンダーなやや釣り目気味の美人をそのままダウンサイジングした其れは、格納庫の隅でパッケージングされたままだった大量の娯楽メディアのどれかにあった妖精の姿そのままだ。羽が生えているところまで。

 


「では指示をお願いします」


「お前ほんと俺の扱い雑な」


「艦長の健康と安全を一手に預かっていると自負させていただいております」


 船が沈めばこちらも同じ道を辿るんだから大局的に見ればそうかもしれんが、大局のために一部が雑だと言いたいんだ。

 で、その大局とやらに目を飛ばす。

 

「おい、終わりかけてるように見えるんだが」


 視界の半分を埋めるスクリーンには赤い三角とバツが乱舞している。三角が三割でバツ七割だが。


「空間反転シールドに衝突して半分が爆散しました。残りは小型隕石破砕用重力子レールガンが効果をあげているようです」


「武器ですらねぇな」


「当然です」


 シールドは対デブリ用だしレールガンは障害物除去のための備品なので、別に艦長がいなくても撃てる。兵器扱いでさえない装備で落ちる相手が不憫でさえある、


 艦長席に腰掛けながら手元の球体に片手を触れ、イメージを送る。連動して視界の端に浮かぶいくつかの画像。

 魚類をモチーフにでもしているのか細長い流線型のそれらは、だが共通しているのはそれくらいで後は十人十色と言わんばかりにバラバラだ。


 ハリネズミのように船体のあちこちから砲台らしきものを突き出させ、間断なく光のラインを打ち出しているもの。

 口と背びれと胸ひれの部分に固定した箱から零れだすようにミサイルを垂れ流しているもの。

 巨大なブースターを背負い、だが起動する事無くうろちょろしている奴らは衝突してスクラップになった者たちと同系統なのか。


 そこまで見比べてもう一つ気づいた。


「やたらと派手で悪趣味な連中だな」


「海賊のようです。傍受した通信、聞きますか?」


「いらんいらん」


 それぞれの船体に施された髑髏やら剣やらシャークマウスやら。何時の時代もセンス的には成長が見られないのだろうか、この手の連中は。


「目的は何だと思う?」


「暗黒宙域に根城を持った海賊団、『暗黒の牙』のアジトが進路上、0.5光年程先にあるようです」


 だせぇ。14歳か。


「目と鼻の先じゃないか。こんな近距離になって、今更?」


「いいえ。3日ほど前からこちらに襲撃を繰り返しています。須らく撃沈しましたが」


 成る程成る程。そんで進路を変えない上にこっちは止まらないので慌てて残りの戦力全部出してきたのか。


「って報告は受けてないぞ」


 一応戦闘行動に移る際には報告が義務付けられているのだが。


「必要を感じませんでしたので」


 片手間以下ですかそうですか。


 どうも今までは戦闘にさえならなかったらしい。デブリ扱いとは海賊たちも哀れなもんだ。数が増えただけで大して違いは感じないが一応報告したんだろう。それとも一々相手にするのが時間の無駄と感じたか。


 絶対に後者だな。


「では、艦長お願いします」


「……ま、相手は海賊だし構わんか」


 球体に再びイメージを送る。同時に目の前にせり出したプレートに手を置いた。光がプレートの上の掌を覆い、一瞬で真っ白な手袋を形成する。

 それは指揮棒であり、艦隊戦に於ける通信網であり、火器管制装置であり、この船そのものだ。飾り気のない手袋は簡易な操作装置である球体とは別格の完全制御装置であり、この船の舵輪なのだ。


 この一見ただの手袋にしか見えないものは、その実超小型の高効率集積回路の集合体であり、生体認証と遺伝子レベルでの同調を完全に行える、艦長と呼ばれる位階の者が身に着けて初めてその効果を発揮する。適正こそ必要なものの、この手袋は装着したものを船と完全に同調させる。つまり俺=船になるのだ。思考一つでデータは参照できるし、機関の出力も兵装の選択も一瞬だ。


 つまり、俺はこれを身につけた瞬間から、俗に言う艦砲長だの機関長だの整備長だの、そういった仕事を一手に行う事が可能になる。


 とは言えこれが実装されている船は多くない。己の体が船になるという独特の感覚はなかなかに生理的嫌悪と精神的負担をかけてくる。これに慣れるか耐えれるかする事こそが適正の有無を分けるのだ。


 情報が脳髄を占有し、占有した情報を脳内の光子転換型生体微小機械群とやらが支配する。そしてそれを俺の脳が再処理し、手袋を通して支持をだす。一連の流れは高速で、ラグは全く感じない。


 まぁ正直そこらへんの理屈はよく分からん。わからんが、使えるんだから良いじゃないか。


「海賊のアジトの大きさは?」


「光学・重力波観測によれば直径10.124kmです。多少の武装はありますが、防御シールド等は展開していません」


「主砲、はエネルギーの無駄だな。副砲その他も同じ。面倒だし短距離光学対空砲の拡散モードで前面全部、海賊船とアジトまとめて吹き飛ばすか」


 思考に連動し、船体からすれば小さな小さな、それこそ針の穴のようなそこからレンズが一枚せり出した。言うなれば自分の体の毛穴の一つが開いた感じだが、微妙に生理的に気持ち悪い感覚を堪えながら。


「そーれ」


 発射。スクリーンに無数の閃光が走る。光が九割その他が一割だ。

 

 眼前のスクリーンに残っていた敵性を示す赤い三角が瞬く間にバツへと姿を変える。正面のスクリーンに映し出されていた、ひっきりなしに降り注ぐ海賊たちの攻撃も消えた。 


 残ったのは穴だらけになり次の瞬間に爆散していく海賊船と、補給用の燃料タンクにでも引火したか僅かに残った残骸さえも砕け散る元海賊のアジトだけだ。


「殲滅を確認。残骸が大量に存在するため、シールドは引き続き展開します」


「速度そのまま。はい、お仕事終わり。あっけないもんだね」


「先ほども言いましたが、当然です」


 感情の篭らない彼女の声が、たった二人の搭乗員を乗せたブリッジを染める。


 全長25,000m、全高1,200m、真上から見れば巨大で細長いHの字にも見える、俺が艦長を勤めるこの船には、俺と彼女しか居ないし、それ以上は必要ない。そう出来ている。


「――こちらとは、四千三百五十九年分の技術的格差があるのですから」


 全環境対応型汎用超々弩級戦闘艦『白岳』。 

 ただいま絶賛迷子中(時間的な意味で)なのである。 



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