第7話 黒い会長と失踪した少女 ~過去篇~
今回は過去篇となっています。
シリアスモードなので、つまらないという方は飛ばしてくださっても結構です。
悠暉と祈の関係などを描いた話ですので…。
ただ、最後の方は若干未来軸となっております。
いろんな意味で、注意してご覧になってください。
「祈ー! 俺、今日のテスト満点だったんだー!」
4年前、中学生。
まだ恋を知らない俺。
「悠暉、危ないよ。そんなに速く走ったら転んじゃうでしょー?」
いつも、彼女は微笑んでいた。
この日もケラケラと、飾り気のない声で屈託なく笑う。
「大丈夫だって。俺、運動神経はいいから」
俺は学ランの胸のところに手を置き、胸を張って答える。
するとまた笑って俺を喜ばせるんだ。
「うん、そうだね。運動してる悠暉、私好きだなー」
みるみる真っ赤になっていく俺の顔に、彼女は気づいていただろうか。
祈は、顔の赤さと比例するように口数も少なくなった俺に、優しく笑って語りかける。
「もう! 悠暉ってば素直なんだから!」
堅くなった俺を小突いて、俺の心までもとかしてしまう。
不思議なひとだった。
彼女と初めて会ったのは、中学1年生の時。
同じ学校の同じクラスで、隣の席だった。
「万々原くんっていうんだ。私は、阿澄祈です。ヨロシクお願いします!」
冗談交じりに頬を可愛らしく膨らませ、瞬間、弾けたように笑ったのを記憶している。
ただ、その時笑った祈は、何かを必死で堪えているような…。
そんな、今にも壊れそうな笑顔だった。
俺はそれほどに無理していそうな彼女が気にかかり、そしてまた、知らず知らずのうちに彼女に惹かれていたんだ。
「悠暉、私、桐原くんに告白されちゃったの。」
急に呼び出されて、開口一番に祈は言った。
「私、どうしたらいいのかな。初めてだから、よく分からなくて…」
夏休みのことだった。
中学1年生の頃、俺たちはよく2人でつるんでいた。
「何でそういうの俺に聞くの」
俺でもない人間に好意を寄せられて頬を染めている祈に腹が立った。
俺に見せる笑顔はいつも何かを隠しているのに、この時ばかりは心から喜んでいるのだと感じられて、余計に負けた気になった。
だからきっと、俺の顔に表情は無かっただろうと今は思う。
「悠暉はかっこいいから、そういうの沢山されるんだろうなって思って…。だから、こういう時にどうしたらいいのか聞きたくて…」
俺の前で、そういう話すんな…!
段々と理性は失われていくのに、
祈にかっこいいって言われて少しでも嬉しくなってしまった自分に嫌気がさした。
そんな内での葛藤を悟られまいと、余計に不躾な声色で問う。
「祈はさ、そいつのこと…好きなの?」
「えっ」
小さく声をあげた、彼女の心を見てしまったような気がして気分が悪くなった。
きっと祈は、俺のことなんて何も意識してないんだ。
動揺した彼女から言葉を奪って、俺はその場から立ち去った。
「祈も、そいつに想い伝えればいいんじゃないの」
苦し紛れに、精一杯の見栄を張って…。
目の奥が熱くて、鼻がヒリヒリする。
暑さで火照った頬をさらに熱い液体が通り過ぎる。
涙は止まらなくて、終いには鼻水まで垂れてきた。
……男が泣いてるとか、ホント情けねー…。
祈に対しての恋心を、こんな形で自覚することになるとは思わなかった。
………もう、こんなに好きだなんて、分からなかった。
「悠暉」
いきなり。
それしか思い浮かばないほどピッタリの表現だと思う。
そう、彼女はいきなり曲がり角から姿を現し、俺の名前を呼んだのだ。
「いっ、祈!?」
鼻水を啜りながらだったから、少々声がくぐもっていた。
祈は、肩で大きく息をしている。
「何でここにいんの? さっき、空き地に居たはずじゃ…」
泣いていることも忘れて素っ頓狂な声をあげた俺。
祈は、気にしていないようで、まだ整いきっていない息ながらも、俺に説明してくれた。
「後ろから追いかけたら、悠暉に逃げられると思ったから、悠暉の家までの道を近道して待ってたの…。……ここで」
一頻り説明を終えた祈は、まるで機嫌を伺うかのように俺の顔を覗き込んだ。
「……なんで、追ってきたの」
体はあまり強い方じゃないと語っていた祈が、俺のために息を切らして走ってきた。
……その事実がもし無ければ、俺はここまで期待することは無かっただろうか。
「私は、悠暉が………………好きだから」
先ほどまで溢れて尚、止まらなかった涙はいつの間にか止まっていた。
赤く腫れ上がった目が乾燥して少し痛い。
「悠暉が好きだから、桐原くんは好きじゃないの…。私、っ私ね、悠暉が好きなの。他の誰も見えないの…。もう、これ以上無いってくらい好き…っ、好きなのにね、私、悠暉と一緒に居たら、もっともっと好きになっちゃうの…! これ以上好きになって、はる、き、に…迷惑掛けるんじゃないかなって…怖くなって、でも、桐原くんに告白されても、悠暉しか好きじゃなくて、悠暉しか見えなくて……、わたっ、私…、悠暉が好きです…! 死ぬほど好き……」
俺のものだった涙は、彼女のものへと変わっていた。
感極まって泣き出してしまう彼女を、他の何よりも美しく感じ、そして……愛しいと思った。
体は言うことを聞かずに勝手に動いて、俺は彼女の華奢な体を抱きしめていた。
すぐに折れてしまいそうなほど細かったのに、柔らかくて、温かくて…。
彼女の小さな手が俺の背中に回ったとき、嬉しすぎて、泣きそうになった。
「俺も好き……祈だけが好き…………」
手一杯だった俺は、長い時間を掛けても、彼女に言うことが出来たのはその一言だけで。
それでも、彼女は一生懸命に背伸びして何度も何度も頷いてくれた。
祈は、その後も俺の胸に顔を埋めて泣いていた。
中1、夏。
誰も居ない商店街の裏道でのことだった。
「桐原の件は、どうなった?」
パンを小さく一口かじって、祈は俺の隣に腰掛けた。
「ごめんなさいって言ってきた」
「……そっか」
「うん……」
告白から翌日。
俺たちは、校舎の裏庭で昼食をとっていた。
「なぁ祈。お前、俺のこと好きって言ってたのに、どうして桐原のこと、俺に相談したの?」
「そ……れは…、い、言わなきゃダメ?」
顔を赤くして俯いてしまった祈。
余計に好奇心が湧いてきて、俺を燻る。
「ダーメ」
俺を見て何を思ったか分からないが、祈は教えてくれた。
「えっ、えと…、悠暉がどういう反応するか、気になって…。」
今度は俺が赤くなる。
俺…、祈に試されてたってこと??
「ちゃんと妬いてくれたら、私のこと好きって分かるからその時は、告白しようって思ってて…」
ぐはっ!
俺、祈の思い通りじゃん!!
「で、でもさ! 俺、帰ったじゃん! 何で俺が祈のこと好きって分かったの!?」
ちゃんと考えれば分かるはずだったんだけど…。
墓穴を掘った。
「だって悠暉、追いかけたら泣いてたから…」
あ、あ、あ、あああ穴があったら入りたいいいいぃぃぃ!!!!
ダメだ!
体中の穴という穴からいろんな液体が止めどなく溢れてくるよ!!?
どーしよ、コレ!
どーしよ、俺!?
「でもね、すっごく嬉しくて、悠暉は泣いてるのに声だして笑っちゃいそうになって…」
「それって、俺の泣き顔がウケたからじゃん!?」
「ちっ! 違うよっ! ほ、ホントに嬉しかったからだって!」
「ウソだ! じゃあ何でどもってんだよ!! 今笑ってんのだって隠しきれてねーかんな!!」
「ウソじゃないもん!」
裏庭には、俺と祈。
2人の笑い声がいつまでも木霊していた。
この時を最後に、祈は俺の元に現れなくなった。
学校にも、
俺の家にも、
あの空き地にも、
2人で行った場所のどこを探しても、
彼女を見つけ出すことは、出来なかった。
俺は今、高校2年生。
あれから4年の時が過ぎた。
実は入学式の時、紅科を祈だと勘違いして声を掛けた。
でも違くて、間違った俺に優しく丁寧に説明してくれた彼女は、本当に祈に見えた。
今、俺の隣に居てくれるのは紅科。
だから、祈が今どこでどうしているのかは分からない。
そして、………分かる必要も無い。
もう、俺と祈の関係は既に消えているのだから。
なのにどうして………。
俺は、思いも寄らない形で再び彼女と関わることになる――――……。
長くなり、申し訳ありませんでした(>_<)
これから、彼らは交わっていくことになるのですが、シリアスは少し飽きてきたので、いつもの軽いテンポに戻したいと思います!
勝手ですみません(^_^;)
では!
ここで一旦区切りがつきますので。
ここまで読んでくださってありがとうございます(*^_^*)