とにかく痩せたい女
制作:2011年9月
「はぁ、はぁ、はぁ、あと10分・・・。」
わたしは痩せたい。とにかく痩せたい。どんなことをしても、痩せなければいけないのだ。
それはなぜか?
わたしは、同じ会社の同僚に、恋焦がれている男性がいる。
ブランド製のスーツを着込み、仕事もそつなくこなす、女性の扱いも慣れていそうなイケメンの彼。
夏にあった暑気払いの飲み会で、たった一度きり、お話することができたカッコいい彼。
休日の過ごし方や、趣味の話でちょっとだけ盛り上がり、彼とのフィーリングは絶好だと思っているわたし。
同じ部署にいる女性社員をも虜にする、そんな非の打ち所のない素敵な彼と、わたしはもっとお近づきになりたい。
・・・だけど、わたしのようなぽっちゃり系の女のままでは、きっと彼は見向きもしないだろう。
ここ最近の男性の好みは、モデルのようなスタイリッシュな愛らしい女性に決まっている。
だから、わたしは理想の体型を手に入れるため、とにかく痩せるために、今日もエアロバイクに跨って、血の混じったような汗を流しているのだ。
「ワン、ツー、ワン、ツー、ワン、ツー、スリー・・・!」
努力しているこんなわたしのことを知って、同僚の女性たちは口々に声を揃える。
「あなた、そのままでも十分じゃない?ぜんぜんイケてるわよぉ。」
「そうそう、あなた、ぜんぜん細いじゃない。羨ましいぐらいだわぁ。」
口では褒め言葉を並べても、彼女たちは嘲笑しながら、このわたしに蔑視の視線を送っていた。
自分たちが、わたしより痩身なのをいいことに、わたしのことを見下す嫌な女たち。
彼氏のいないわたしを、チャンスをあげるからと合コンに誘っても、いつもカッコいい男性を独占して、わたしにランク外の男性ばかり押し付ける嫌な女たち。
いつか見返してやる。わたしのことを馬鹿にした彼女たちをギャフンを言わせてやる。
今に見てなさい。次の合コンこそ、わたしが素敵な男性すべてを独占して、彼女たちに冴えないオタク野郎を押し付けてやるんだから。
だから、わたしは理想の体型を手に入れるため、是が非でも痩せるために、今日もエクササイズDVDを見ながら、訪れるであろう筋肉痛との葛藤と戦っていた。
「う~、おいしくない~・・・。」
わたしはこれまで、世にあるさまざまな食事ダイエットを実践してきた。
”おからダイエット”、”バナナダイエット”、”黒酢ダイエット”、”ビール酵母ダイエット”。それはもう、挙げたらきりがないぐらい、いろいろ試してみた。
・・・しかし、どのダイエットも効果らしい効果はまるでなく、貴重なお金と時間だけを空しく失ってしまった。
わたし自身感じてはいたが、食べて痩せられるぐらいなら、誰もがみんな、ダイエットなどに苦労はしないだろう。
しかも、ダイエットに成功した数少ない親族からは、食事を控えないことと、運動しないダイエットなどありえないとキッパリ言われていたのだ。
切羽詰っていたわたしは、藁をも掴む思いで、近所の年配のお医者さんにも相談してみた。
「いやしかし、そんな体つきなのに、どうして痩せたいと思うのかね。わしは今のお嬢さんぐらいが好みじゃけど。」
あんたに言われても、ちっともうれしくない。そんなことより、効果的なダイエットを教えてくれと、わたしは睨む視線で訴えた。
「わはは。痩せるのは簡単じゃ。摂取する食事エネルギーより、消費するエネルギーを多くするだけじゃよ。つまり食事制限と適度な運動が大事なんじゃな。」
そんなこと、あんたに言われるまでもない。簡単にできるぐらいなら、最初から恥を忍んで相談などしていない。
わたしは親族とお医者さんに言われた通り、致し方なく食事制限を始めることにした。
休日の一番の楽しみだった、真っ昼間から、フライドチキン片手に生ビールをあおることもやめた。
毎週一度の恒例イベントとも言える、宅配ピザのLサイズ一人食いも絶った。
それもすべては、あの人のため、彼に気に入られたいがために、わたしはここまでがんばってきたのだ。
だから、わたしは理想の体型を手に入れるため、意地でも痩せるために、今日もこんにゃくハンバーグと海草サラダだけで空腹を満たしていた。
「どうか、お願いします・・・。」
痩せたい一心で、ダイエットを始めてから数ヶ月。
わたしは祈りを捧げながら、体脂肪計の前に立っている。この体脂肪計も、貯金をはたいて買った代物だ。
誤差が生じないよう、片足ずつゆっくりと乗せていくわたし。右足を乗せて、そして、次に左足を乗せていく。
体脂肪計の表示板に、電子的な数字がカウントされ始める。
ただ恐ろしくて、わたしは体脂肪計の上で、目を瞑ったままじっとしていた。
数秒後、ついに計測を終わったのか、体脂肪計が電子音でわたしに結果判明を知らせてくれた。
緊張の一瞬だ。体脂肪計が叩き出した数字こそ、わたしのここまでの努力の証し。もしくは、怠慢だったわたしへの戒め。
・・・ゆっくりと目を開ける。薄ぼけていた視界が少しずつクリアになっていく。
体脂肪計に表示されたわたしの体重と体脂肪率。それは、わたしの目標を大きく下回り、生まれてから見たことのない、想像をはるかに超えた数字だった。
そうだ、わたしは勝ったのだ。痩せられないという自分の弱い意志に打ち勝ったのだ。
この輝かしい数字は、そんなわたしの勝利を確実なものにするほど大きくて、何ものにも耐え難いぐらい偉大なものだ。
これなら、この体型ならきっと、彼はわたしのことを気に入ってくれるはず。わたしは自信満々に、そう確信していた。
「お願いです。わたしとお付き合いしてください。」
夕方定時終わり、ここは会社の屋上だ。
天気は曇り空で芳しくないが、そのおかげで人がおらず、告白するには絶好のタイミングとなった。
わたしはこの告白のために、いつも以上にメイクに時間を費やした。ルージュも、かわいらしい色でばっちり極めていた。
地味で評判だった会社の制服すらも気を遣い、いつもはクリーニング屋任せのところも、今回ばかりは自ら丁寧にアイロン掛けもした。
もちろん下着だって・・・。あ、そこは想像にお任せしたいと思う。
不思議なものだ。ぽっちゃりだった頃、わたしは自信喪失のせいか、男性に告白するなんて考えもしなかった。
反対に、男性の嘲る声ばかり気になって、そこから逃げることしか出来なかった哀れなわたし。
ところが今では、丈の短いワンピースを着こなし街を歩けば、すれ違う男子どもはこぞって振り返り、時には言い寄ってくる者すらいる。
きれいになるって嬉しい。美しくなるって楽しい。そして、痩せることって本当に素晴らしいのだ。
そう、わたしはもう何も恐れることはない。彼はきっと、この魅力的でモデルのような痩身なわたしに釘付けのはずなのだから。
「告白ありがとう。」
彼は少しだけ照れて、優しい微笑みを投げかけてくれる。この素敵な笑顔が、もうすぐわたしの物になるのだ。
わたしは澄ました顔のまま、彼からの返事を余裕の気持ちで待ちわびていた。
「あのさ、気持ちは嬉しいんだけど。俺さ、ちょっとぽっちゃりしてた頃のキミの方がよかったな。」
彼の返事は、上空に真っ黒な暗雲を呼び込み、激しい雷鳴と豪雨をこのわたしの過信に叩き落した。
「そんなわけで、ごめんね。それじゃあ、俺まだ仕事残ってるから。」
とてもさわやかに、憎たらしいほどすがすがしく去っていった彼。打ちひしがれた、このわたしを一人残して・・・。
「もぐもぐ、ごっくん・・・。もぐもぐ、ごっくん・・・。」
わたしは食べた。とにかく食べた。誰に何を言われようとも、目の前にあるものをひたすら食べ尽くした。
そして数日後、わたしはダイエットのリバウンドにより、彼のお望みの体型すらをも超越した、ダルマのような肥満体と化した。