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So what?  作者: らいとてん
第5章 天樹の悪戯編
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【4】ライフワークは仔毛玉観察です。

 夜の静けさの中、洞窟は微睡(まどろ)んでいた。れをねぐらとするあるじは久しく戻らない。

 『彼女』が魔の森を離れ人の地へと旅立って十数年。今日も帰ってはこなんだ、と洞窟はひとり目蓋を閉じた。


(このまま時の手で崩れ落ちるが、儂の運命か。『母様』の怒りの一撃で出来たこの身なれば、壊すのも又、幾代目かの『母様』で有って欲しかったのぅ)


 うつらうつらと洞窟は、在りし日の『母様』を思い出す。愛し子達が彼らだけの大冒険から帰ったのを出迎えた時だった。『母様』は、炎の大渦でお山を穿ち、牙を剥いて笑って見せたのだ。儂、爆誕である。目を丸くする愛し仔達と、耳を伏せてこれはヤバイと後退(あとずさ)る父様。彼らに向かって彼女は吼えた。広くて良い巣だろう? と。儂は褒め言葉に照れたものじゃ。


「これからはここで良い仔でお留守番しているんだ。いいかい? 狩りを求める本能は、あたしも痛いほど分かる。でもね、それはもう少し大きくなってからだ。まだお前達だけで王冠毒蛇(バジリスクス)狩りは無理なんだよ。お前達の小さい牙じゃあ、まだアレの鱗に歯が立たなかっただろう? さあ、中に入って」


 母様に叱られた仔天狼たちは、しょぼんと尻尾を垂らしトボトボと洞窟の中に入ってきた。そして、母様と父様から見えないところまで来ると、ピンッと尻尾と耳を立てて入り口の方を伺い始めた。どうやら、両親の修羅場を感じ取って野次馬するつもりらしい。良い根性のお仔様である。


 仔天狼達と洞窟の耳に、御母様の鳴き声が聞こえた。不気味なほど優しい声音であった。


「あんた、ちょっと話がある。まだ牙も小さい愛し仔達をほっぽといて、フェニックス狩りに行った馬鹿がいるんだけどねぇ。だい成獣(おとな)が、狩りの本能に負けてつがいの頼みを忘れたんだ。あたしは情けなくて涙が出たよ。そんな馬鹿魔獣に子守りを頼んだ自分の馬鹿さ加減に。さぁて、この馬鹿を、どうすべきかね。毛皮にして新居の敷物にするとか、どうだい?」


 その後に続いた母様の大怒号と父様の断末魔に、洞窟はビリビリと震えながら思ったものだ。折角この世に生まれたが、残念なことに、どうやらすぐに夫婦喧嘩で崩れ落ちる運命にあるらしい、と。


 それならば、それまで、とれは身の内に在る暖かな小毛玉達を眺め下ろした。

「母様、そこだっ。行けーっ」

「父様、真っ黒焦げ!」

「がんばれー」

 小さな尾を振り、興奮に瞳をキラキラと輝かせ、楽しげに鳴き声を上げる仔天狼に、洞窟は声なき笑い声を小さくあげた。

(この柔らかな肉球の持ち主を見守っていようか)

 ふむ、それがいい。洞窟は、出入り口を大きく広げて呵々大笑した。

 何時か崩れ落ちるその日まで、天狼たちの巣たり続けると其れが決めた日のことであった。



***

 

 洞窟の生は、予想以上に長く続いた。一代限りと思った天狼一家の巣役は、幾代にも渡ることとなる。お山の巣穴も増え、洞窟の知りあいが次々と生まれた。どこの巣からも明るい仔天狼の鳴き声が聞こえる時代もあった。


 ―――けれども、それも、もはや過去の話である。


 洞窟は、冷え切った岩肌を震わせた。

 天狼は生きるのに大量の魔力を必要とする魔獣だ。人魔対戦により魔の森は焦土と化し、魔力量は激減した。天狼が生きるには、世界の魔力があまりに薄すくなりすぎた。

 

 洞窟は、その身に刻まれた爪痕を、一つ、二つ、と数え上げる。

 この爪痕の主も、あの爪痕の主も、どれもこれも、もはやこの世にはいない。

 たった一つ、と洞窟は、小さなひっかき傷が大きな爪痕になる軌跡を辿り、愛おしげに目を細めた。

 

 天狼は、ただ一頭を残して滅びてしまった。その、最後の生き残りが、洞窟の今の主だ。

 微睡みの中、洞窟は主を待っていた。いつか『彼女』が人の地から魔の森に戻ったら、おかえりと声無き声をあげて出迎えるのだ。生まれ落ちた日に決めたのだから。いつまでも彼らの帰るべき巣であり続ける、と。だから崩れ落ちるその日まで、とれは目を閉じた。

(いつまでも、『彼女』の帰りを待とうぞ)



***



 小さな鳴き声と柔らかな足音に、洞窟は意識をゆっくりと浮上させた。

 魔獣の気配が複数、何かを引きずりながら近づいてきている。

(さてはて、これはどうしたことかの。魔の森における最強種が巣を訪れるとは、なんと命知らずな。)

 突然の見知らぬ来訪者たちは、躊躇うことなく洞窟に入ってきた。

 そして、洞窟は、驚きに目を見開くこととなる。それは、酷く懐かしい存在であった。


 岩の床を踏み締める、柔らかな肉球。 

 広く長い空洞に重なり響く、甲高く愛らしい鳴き声。

 何かを嗅ぎ当てようと岩肌に近づけられたピンクの鼻、何かを確かめるように刻まれた爪痕。


 そのどれもこれもが懐かしく、愛おしかった。

 二度と帰らぬと思った存在が、其れが身の内にいた。

 巨大な銀龍を引きずりながら入ってきたのは―――五頭の仔天狼であった。


(天狼は、『彼女』を最後に滅びると思おておったがのぅ。さてはて、いかなる奇跡が起こりしか)


 長生きはするものよのぅ、と洞窟は身の内にいる仔天狼たちを眺めた。

(この仔らがどこから来たかは分からぬが、まだ巣立ちするには早すぎるのぅ。なんとも腕白なことじゃ。『母様』は大層心配しておるに違い在るまい)


 見慣れぬ仔天狼について、周囲にる知り合いの洞窟達に急ぎ尋ねた。しかし、いずれも心当たりは無いという。「ずるいー。あたしの方が新しいよっ」「こちらにも遊びに来てはくれまいか。妾には広い寝床が残っておるぞ」「久々に肉球に踏まれたい」というような返答だけが戻ってきた。


 暫し洞窟の内部を探っていた仔毛玉達は、他の魔獣がいないと分かると、互いを枕に丸まって眠りに落ちた。銀色の小毛玉が四つと、少し毛色の変わった小黒毛玉が一つ、巨大な魔獣団子となっている。くぅくぅ、と寝息を立てる仔天狼達に、洞窟はほほほ、と低く声なき笑い声を立てた。

 

 (おかえり、愛し仔達よ。よぅく眠るがよい。ここは天狼の巣ゆえ、幾代にもわたる『母様』の気配が強く残っておる。他の魔獣は近寄りもしない、魔の森で一等安全な場所じゃ。安心して休まれよ)


 柔らかな毛玉、眠った仔特有の高い体温、心地よさそうな寝息。それら全てを包み込み、洞窟は、いつまでも仔天狼たちを見守っていた。

 朝の日が洞窟に差し込み、仔毛玉たちが朝食を狩りに出かける、その時まで。

次回更新は1/20(日)を予定しています。


ちなみに、御母様の気配と書いて【殺気】と読みます。

あと、ベテランの洞窟は、肉球の感触だけで天狼の個体判別が可能です。

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