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So what?  作者: らいとてん
第5章 天樹の悪戯編
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【3】銀龍と仔天狼

 ―――いつか来る、その日が怖くて仕方がなかった。


 ゆっくりと意識が浮上する。何故か体が酷く重かった。

 目を開ける気力もないまま、その存在を探した。

 波打つシーツ。そのどこかにいる柔らかな感触を捜して、僕は指を泳ぎ廻らせる。

 けれど何時(いつ)になっても、彼女は見つからなくて。


 飛び起きた寝台の上、僕は独りぼっちだった。

 そして悟ったのだ。恐れていた最悪の事態が起こったことを。


 その日、僕は、彼女を失った。




***



 

 さんざん鳴いて吼えて騒いだ後に、弟妹達の出した結論はシンプルだった。

「そっか。じゃあ、ここで待っていたら、いつか御母様に会えるね!」


 へっ、と鳴いたモニカの耳に重なり響く弟妹達の声。彼らは口々に鳴く。

「過去は未来に繋がっておりますもの」

「そのうち、俺達のいた時間に辿り着くだろ」

「それまで皆で昼寝でもしていましょう」


 弟妹達は天樹の下、互いを枕に魔獣団子となった。慌てたのはモニカだ。 

「ちょっ、ちょっと待って! 何千年かかるか分からないんだよ!?」

 吼える彼女を弟妹達が寝ころんだまま見上げる。

 キョトンと蒼の瞳を丸めたリーナスがモニカに尋ねた。

「どうしてダメなの?」


 え、ええと、と口ごもりモニカは考えた。

 御父様の研究塔―――『銀の揺籃』が見えるということは、ここは少なくとも御父様が生まれた後の世界になる。ならば、モニカ達は最悪でも数千年待つ()()ですむ計算になる。その程度は、永遠に少し足りないだけの寿命を持つ天狼にとって、『ちょっとお昼寝する時間』にすぎない。

 一瞬、昼寝して待つのもありか、と思いかけた。けれども思い直してダメダメと首を振る。思い出すのは、最後に微かに聞こえた慟哭だ。モニカ達の名を呼んでいた、あの必死な声は、御母様のものだった。

(早く帰って、安心させないと)

 ―――心配のあまり、うっかり世界を滅ぼしてしまうかもしれない。

 

 暴走する御母様を止めるためにボロボロになる御父様を思って、モニカは頭を抱えた。何か急いで帰りたくなる理由は、と俯いたモニカは、はっと閃き吼えた。


 「ミノタウロス印のチーズフォンデュが未来で待ってるんだよ? マンドレイクの根とか一角獣の燻製とかに熱々のチーズをかける料理だよ。・・・・・・数千年先までお預けにしていいのかな」


 返答は早かった。

「帰るっ」

「帰りますわ!」

「帰りゅっ」

「帰りましょう!」

 

 立ち上がりフォンデュフォンデュと尾を振る弟妹達にモニカは両耳をへたらせた。(チーズフォンデュ)に掛かってくれたのは嬉しいが、姉として彼らの将来が心配になった瞬間であった。



***


 小銀毛玉達がぴょんぴょんと跳ねながら輪を描くフォンデュ踊りを横目に、モニカは空を見上げた。

 茜空の端から藍色が徐々に広がり、夜の女王が天上の玉座に着く準備を始めている。

 世界が夜に変わる瞬間の中、昼と夜の境をうねるソレを黒の瞳に捉えて、彼女は牙を白く光らせた。

「それじゃあ、まず」

 弟妹達も何かに気付いたように鼻先を天に向けて、蒼の瞳に物騒な光を宿す。

「晩御飯を狩ろうか」

 五対の瞳に、夕日を照り返して赤銅色に輝く銀龍が映し出されていた。


 

 彼らと時を同じくして、銀龍も仔毛玉達に気がついたらしい。

 天上から恫喝が鳴り響いてきた。

「運のない仔らよの。見慣れぬ幼獣よ、汝らの母から離れたが運の尽きであったな。我が胃の腑に収まるがよい!」


 母親からはぐれた幼獣達を脅し動けなくするつもりで放たれた威喝であった。

 確かに、モニカ達は逃げはしなかった。

 けれども、それは、銀龍に怯えてではなかった。


 徐々に近づく長大な影に、彼らは無意識に唸り声を上げていた。

 仔魔獣達を目指し泳ぎ来る巨大な老龍に、彼らが上げたのは、恐怖ではなく、歓喜の声であった。

「獲物の方から来てくれるなんて、僕たちは運がいいよね」

「にょろにょろ!」

「白身が旨いんだよなっ」

「ヒゲも噛みごたえがあってコリコリとした食感がたまらないのよね」

「焼くか煮るか揚げるか生か、迷うなー」

 

 仔天狼たちは、自身が狩られる心配など微塵もしていなかった。モニカは小さく笑い声を零す。

(さぁて、本当に運がないのは、どちらかな?)

 何とも運のない魔獣だ。腹を空かせた天狼の瞳に映ってしまうとは。その上、挑発で彼らの闘争心にまで、火を着けてくれた。魔獣の中で最も激しい本能を持つ、天狼の。 


 全身に魔力を巡らせて黒毛を膨らませた彼女は、喉をそらせて銀龍に向かい遠吼えた。

「我ら天狼に挑むとは、その心意気や良し。一つ、手合わせ願おうぞ。対価は、互いの命だ!」

 天狼が長女の放った大咆吼を合図に、弟妹達が弾けるように飛び出し、天を駆け上がる。


「殺ちゅのっ」

「食べますの!」

「喰らうぞっ」

「刺身!」


 約一頭、既に倒した後のことを考えている。なんとも頼もしいことだ。モニカは牙を鈍く光らせて、四肢にぐぅっと魔力を込め、大地を蹴った。魔力が薄く、多少飛びにくさはある。だが―――。

(私達には、御父様から受け継いだ魔『術』がある)


 魔術とは、魔力を効率よく運用する術式だ。御母様譲りの狩りの本能と、御父様譲りの魔術の才能。それらを併せ持つ、小さく獰猛な五毛玉達が、銀龍に牙を剥き出す。

 銀龍も又、己に小さな爪と牙で挑みかかる幼獣達に、巨大な顎門を開き応戦した。


 どちらに、運がなかったか。

 それを最もよく知るのは、洞窟に転がされ、寝惚けたリーナスに囓られる銀龍の背骨であるが、それは少し先の未来の話であった。

個人的には、銀龍は昆布だしの鍋で食べたいです。

薬味は生姜・すだち・醤油で。

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