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So what?  作者: らいとてん
第5章 天樹の悪戯編
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【1】染まり、舞い散る天樹

 木の葉の影から、小さな黒の瞳が世界を覗く。


 南の果てには海が広がり、

 北の果てには山が連なり、

 西に果てはなく、地平線の彼方まで森が鬱蒼と茂り、

 東の果てには草原が、そしてその又向こうに人の地がある。


 人の地をもっとよく見ようと黒の瞳に魔力を込めた時だ。足元から力強い咆吼が放たれて、モニカのとまる枝を震わせた。

「どうだ。頂上に着けたか、我が愛し子よ」

 応の鳴き声が頭上から響き、深緑色の葉を揺らした。

「てっぺん着いたよー! おかーさまっ」

「モニカお姉様も早くおいでになって!」

「御母様、ここですっ」


 弟妹達の鳴き声につられて、モニカは頭上に黒の瞳を向けた。

 見上げれば、茂る木の葉の隙間から揺れる銀の尾が小さく見える。

(流石に、地上にいる御母様からは見えないんじゃないかな)

 モニカは首を傾げて、遙か彼方の地上を見下ろした。

(だって其所は世界で二番目に高い場所だもの。雲の上、その次に天に近い―――天樹の頂上だよ)


 再び木の葉の向こう側に広がる世界に目を向けたモニカに、頭上から鳴き声が投げかけられる。


 蒼の瞳をキラキラと輝かせてリーナスが鳴き、

「モニカおねーちゃん! 早くー」

 目印代わりか、長い銀の尾をふわりふわりとエルティナが振って、

「『ふゆ』、の王都が真っ白に染まっていますわよ、お姉様っ」

 来い来い、と妙に人間臭く前足を振ってみせるのはバルトロで、

「一緒に見ようぜ、モニカ姉」

 アルクィンが、タシタシと彼の右隣の枝を叩いて鳴いた。

「モニカ姉さん、ここの枝が空いてますよ」


 四対の蒼の瞳に見つめられたモニカは、「分かった、分かった。ちょっと待ってー」と、幹に爪を立てて木登りを再開したのだった。

 

 天樹の頂上に仲良く実った五毛玉は、長い間、そこから世界を見下ろしていた。

「そろそろ日が暮れる。帰っておいで、我が愛し子よ」と御母様に呼びかけられるまで。




 ***



 東西南北全ての果てが見渡せる場所―――それこそが『天樹』だ。

 魔の森に根を張る木々の中で最も年月を経た巨木。その木陰は、御母様お気に入りの昼寝場所であった。


 天樹から下りた幼獣達は、寝そべった御母様に駆け寄って、それぞれが見た世界を口々に鳴く。


「御母様、海が見えたよっ。クラーケンの足がウネウネしてて、美味しそーだったの!」

「山が白く光っておりましたわ。また氷竜狩りに行きましょう、御母様」

「御母様、この森ってどこまで続いているんだ? 地平線の向こうまで続いてる所があって、その先が見えなかったぜ」

「人の地との境付近で煙が上がっていました。ミノタウロスおじさんが何か作っているみたいでした!」


 最後の鳴き声に、御母様が低く唸り声を上げた。

「おお、忘れていた。我が愛し子達よ、ミノタウロスより今宵の晩餐への招待を受けておったのだ。リーナス、お前の見たという煙は、かのミノタウロスが、その準備をしているところであったのだろう」


「ミノタウロスおじさん? 晩ご飯?」と、小毛玉達がぴょんぴょんと飛び上がってはしゃぎはじめた。モニカもそれに加わり、弟妹達と頭をこすり合わせて喜びを表す。


 件のミノタウロスは天獣夫妻の知己であり、仔魔獣達も幾度が会ったことがある魔獣である。人を母に牛を父に持つ彼は、頭が牛で身体は人間の魔獣であり、あまり戦闘に強い魔獣ではない。本来ならば御母様に瞬殺されて終わりの彼が今まで生き残っている、その理由は、彼が作る手作りの乳製品にあった。魔の森で飼育されてた牛から作られるチーズやバター、燻製等は、濃厚な旨味に御父様が唸る絶品なのだ。

 

 今日の晩ご飯は何かな何かな、と跳ね回る弟妹達に、御母様が牙を剥き出して微笑む。

「そうか、嬉しいか。では、そろそろミノタウロスのいおりに移動するとするか。じきに夜が来よう」

 御母様につられて東の空を見れば、赤く染まった夕日がかなり地平線に近づいていた。


 御母様が、一度伸びをして立ち上がり、ゆっくりと尾を振りながら歩き出す。

 その後をついていこうとしたモニカは、後をに続くはずの四組の足音が聞こえないことに気がついて振り返える。見れば、弟妹達はまだ天樹の下にいた。


 不思議に思った彼女は、彼らの側にテッテッと駆け寄って尋ねた。

「どうしたの?」

 答えたのは、エルティナだ。

「天樹が染まっていますの」

  

 え、とモニカは天樹を見上げた。


 魔の森は常春の地だ。

 よって、そこに根付く天樹が紅葉するなどあり得ないことであった。

(まさか、枯れて・・・・・・)

 驚き見上げたモニカは、すぐに、ほっと息をついた。

「なんだ、夕焼けで葉っぱが染まっただけか」

 

 夕日で茜色に染まった天樹を見上げて、確かに紅葉したようだ、とモニカは頷いた。

(それにしても、壮観だなー)

 巨大な天樹が夕日を照り返す様は、黄金色に染まったようにも見えた。もう少し天樹の幻の姿を楽しもうと、黒毛玉もまた、弟妹達の隣に座り込んだ。



***



 天樹から少し離れたところで仔魔獣達を見守っていた御母様は、ふいに一枚の天樹の葉に目を奪われた。


 ハート型の一葉は、ヒラリヒラリと何処からか舞い降りて、五毛玉のうち、真ん中にいたリーナスの頭に乗った。

 特に問題は無いはずであった。天樹の落ち葉など、日に何千枚と舞い散っているものである。その無数に舞い散るうちの一葉が幼獣の頭にのったというのは、微笑ましい光景でしかない、はずであった。

 妙に胸騒ぎがした御母様は、幼仔達に呼びかけようと口を開いた。


 だが、その咆吼を発する前に、高く細い鳴き声が御母様の耳に届いた。

 それは、聞き慣れた末仔の鳴き声であった。

 リーナスの未だ拙い遠吠えに含まれた思念に、御母様は全身の銀毛を逆立てた。


「ならぬっ、リーナス! 【諾】は、ならぬ!」


 掛けだした前足に、一枚の天樹の葉が触れた。

 また、一枚、二枚、三枚・・・・・・。



 ―――気が付けば、視界全てが緑に染まっていた。天樹の葉だ。無数の天樹の葉が、御母様の前進を拒んでいた。


 それでも彼女は歩みを止めなかった。緑の壁を掘り進め、口に葉が入ることも厭わずに叫び続けた。

「我が愛し子よっ。『ちいさいの』! 『みみなが』! 『くろいの』! 『おおきいの』! 『おなが』! 返事をせよっ」


 最近では使わなくなっていた、幼かった頃の渾名を無意識に呼ぶ。彼女の中では、幼仔達は永遠にあの頃のままだ。

「・・・・・・どこだ、どこにいるっ、我が愛し子達よ!」

 目が開いたばかりの、ようやく歩き出した赤仔。小さな牙と尾と四つ足で世界に挑む、小さな光達。

「匂いが、魔力が・・・・・・ああ・・・・・・消えてしもうた」

 

 もはや完全に仔魔獣たちの気配が消えたことを悟って、御母様は目を瞑った。

 暫く緑に埋もれたままでいた彼女は、カッと蒼の瞳を見開き、銀毛を淡く光らせ膨らませる。

 周囲の木の葉を吹き飛ばして上空に浮かび見下ろせば、天樹の葉でちょっとした緑の丘ができあがっていた。



 喉をぐぅと唸らせた御母様は、少し離れた木の頂上に停まり、天樹を睨み据える。魔の森随一の巨木は、全ての葉を散らしてしまい、丸裸となっていた。其れに向かい、怒れる銀の女王は、大きく顎門を開く。大音声が腹の奥底から放たれ、天樹の頂上まで全ての枝幹を揺らして世界に響き渡った。 


 

 ―――我が愛し子を無事に還さねば、ただではおかぬ。この世の全てを灰燼にしてくれようぞ。





 その咆吼は世界の端々にまで届き、当然、王都にも響き渡った。

 突如として世界に宣戦布告した御母様に、王都にいる御父様の尾が、今年何度目かの爆発度の限界に挑戦したというのは、また別の話である。   


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