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So what?  作者: らいとてん
第4章 パレヴィダ神殿編
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【番外編】副神官長物語(6)

 見覚えのある耳だった。

 形がよく似ていたのだ。

 よくへたる、見慣れた三角形に。


 ***



「副神官長っ」

 執務室の扉が勢いよく開く。飛び込んできたのは幼い神官見習いだった。

「どうした、ユーリウス」

 ギルバート副神官長は来客用の長椅子にふんぞり返っていた。片手に白磁の茶器がある。午後の紅茶を楽しんでいたらしい。

 息を切らしながらユーリウスは慌てて来客を告げた。

「副神官長にご面会希望の信者さまがいらしています! お急ぎのご用件だそうですっ」


「ふむ」

 興味深げに呟いた副神官長が肉に埋まった蒼の瞳を細める。彼が先を促すよりも早く、その横にある執務机から声がした。否、正確には、執務机の上にうずたかく積まれた書類でできた山の向こうから、だ。

「ダメだ。そんな暇はない。『例の件』で、副神官長に決済頂かなくてはならない案件が大量に発生していて、それどころではないのだ。丁重にお帰りいただけ」

 書類の山の向こうから聞こえた声は、アルフォンス司祭長のものであった。疲れ切った声であった。「確かに、当神殿に副神官長がご滞在中の接待役は、私である。しかし、執務補佐など含まれておらぬ。何故ここまで私が処理しなければならないのだ。副神官長は優雅にティータイムをなさっているというのに」と恨みがましげな声で唸っている。


 どうしたものかと眉尻を下げたユーリウスに、副神官長は紅茶を茶器に注ぎながら尋ねた。

「それで、どなたがいらっしゃているのだ」

 ユーリウスの返答と、「それより真面目に仕事をして下さい」というアルフォンスの叫びは同時であった。


「クロード様とおっしゃる男性の方です。面会は初めてですが、エスピリディオン筆頭公爵の紹介状をお持ちです」


 ブッ、と副神官長が紅茶を吹く。せる彼に、ユーリウスが慌てて駆け寄ってその背中を擦った。

「だっ、大丈夫ですかっ、ギルバート様!」

 大丈夫だ、と息も絶え絶えに答えて、副神官長は客人がどこで待っているかをユーリウスに尋ねた。

 そして、彼は「蒼の間」と聞くやいなや、「逃げられた!」というアルフォンスの声を背後に、執務室を飛び出した。


 ***


 客人は、副神官長が部屋に入ると直ぐにソファーから立ち上がって一礼した。

 慌てて手を振って頭を上げるように促す。当たり前だ。『彼』が副神官長に頭を下げるなどあってはならないことだ。

 

「ぎん、おっと、その、クロード殿。どうかお顔をお上げいただきたい。どうぞお座りになって、それからご用件をお伺い致しましょう」

 腰掛ける男性を、副神官長はまじまじと観察した。

 年の頃は副神官長より少し若く、三十歳前後といったところか。髪は灼熱の赤、瞳は新緑の色だ。白皙(はくせき)の相貌は整っており、憂いにやつれてすら艶があった。

 その色合いと容貌は、副神官長の知る『彼』とは、あまりにかけ離れていた。

 副神官長は、戸惑いを隠せない声で客人に話しかけた。

「人払いは済ませております。盗聴防止の魔術も三重にかけました。この場の会話を聞く、人も魔物も何者も存在しないことを、この私の命に掛けて誓いましょう」

 それを聞いた客人は、困ったように微笑んだ。

「ダヴィード。そう簡単に命をかけるものではないと何度言えば・・・・・・」

 言葉を途中で途切れさせて客人―――銀の賢獣は、肩を落として項垂れた。

 副神官長は、理解した。

(このヘタレ具合、まさしく銀の賢獣殿に違いない・・・・・・!)

 幼い頃から銀の賢獣の尾や耳のヘタレっぷりを観察してきた元王子の目に狂いはなかった。


 ***

 

「聡明な君ならば分かっているだろうけど、用件は『例の』―――僕の愛し仔の件だよ」

 まだ、見つからないんだ、と憔悴しきった顔を歪める銀の賢獣に、副神官長は頷いた。

 『銀の女王の御仔誘拐事件』は、ありとあらゆる人間が知るところなっていた。銀の女王が魔の森で育てていた御仔が何者かの召喚陣で浚われて数週間が経つ。下手をすれば魔獣と人間が殺し合う人魔大戦の再来だ。全ての人間達が必死に捜索をしていたが、いまだめぼしい成果は上がっていなかった。

「我ら神殿も神官と信者を総動員して探しております。―――必ず、見つけてみせます」

 何か、小さくてもいい、手がかりになることは、と震える声で尋ねる銀の賢獣に、痛ましげに副神官長は首を振ってみせた。副神官長自ら魔の森に近い神殿へと赴き、御仔探索の陣頭指揮を執っているが、

未だに何の手がかりも掴めていなかった。


 副神官長は、項垂れた男を見つめる。

 彼がいなければ、銀の女王に保護を求めることも、魔の森に潜伏することも、貴族の落胤と入れ替わることも、現王と定期的に連絡を取ることもできなかった。せっかく、今までの恩を返すことができる絶好の機会であるというのに。


 

 彼は、拳を握りしめた。

 そもそも、こういう場合のために副神官長は『悪徳神官』をしているのだ。蛇の道は蛇の道。表に出にくい情報のエキスパートたるはずの『パレヴィダ神殿の悪徳神官』に、人間社会に浚われた銀の女王の御仔などという格好の獲物の話が来ないはずがない。ないというのに、いかなる裏の組織にも情報屋にも、御仔につながりそうな情報が上がってきていなかった。

 


 ***

 

 少しでも分かったことがあったら教えて欲しい、と肩を落として帰って行く銀の賢獣を見送って、副神官長は腕を組んだ。

(これは、かなり追い詰められているな)

 銀の賢獣が、人間の姿になった上に目と髪の色まで変えて、神殿まで来たのだ。

 あの、人態化を嫌い、妻と同じ色を大切にしている魔獣が。


(しかし、もはや打てる手は全て打ち尽くした。ふむ、どうしたものか・・・・・・)

 何かできることはないか、と執務室で茶器を片手に考え込む副神官長にアルフォンスが書簡を広げてみせた。

「ふむ。銀狼騎士団はもはや限界か」

 かの騎士団は銀の女王に人間側が付けた側近達だ。今回の御仔捜索でも最前線に立ち、寝食を惜しんで探しているという。

 しかし、まるで成果が上がらない彼らは今、宮廷からの非難の的となっていた。銀の女王の怒りを少しでも静めたい貴族や官によって、銀狼騎士団が生け贄にされるまで、もはや幾ばくも無い状況である。

 

 書簡には、元老院の議長が複数議員を集めたという情報が載せられていた。それだけならば珍しくないが、集められた議員が皆、銀狼騎士団に思うところのある者で構成されているのが問題であった。

「これは、数日中に銀狼騎士団への問責が正式に行われることになるな」

 そうなれば騎士団は、良くて解散、悪ければ文字通り『贄』として銀の女王に振る舞われることになるだろう。


「筆と紙を持て。国王陛下に書簡を奏上する。馬車も用意せよ。陛下から返答が来次第、銀狼騎士団長の宿舎を訪ねるゆえ、そのつもりで」


*** 

 

 国王からの返答は、即日のうちに届いた。

 そして、副神官長は『見つけた』。

 見覚えのある三角の耳を。

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