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So what?  作者: らいとてん
第4章 パレヴィダ神殿編
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【番外編】『天狼に四季を かの君らに唄を』

番外編のモフモフ小話です。銀の女王一家が王都に移り住んで最初の季節のお話です。

 夏の女王が四季宮をくだり人の地を訪れていた。

 空を晴れ渡らせ、海を輝かせ、入道雲を育て、大地を熱し、緑を深め、雨を降らせて、と、彼女は眠る時間も惜しんで働く。

 

 一つでも手を抜けば、春の女神は「私の芽吹かせた草木が十分育ちませんでしたわ」と、恨みがましく若葉色の髪を蠢かせ、秋の童女は「実がいつもより少ないのぅ・・・・・・」と、しょんぼり焦げ茶色の瞳を伏せ、冬の乙女は「あら、どうなさったの、お姉様。今年は随分と寒い夏でしたのね。やはりお年かしら」と、氷の瞳で高笑うのだ。


 最後の一名は、いつか灼熱の太陽で消し炭にしてやると決めている。ビバ☆温暖化である。

 

 冬の乙女憎しと燃えさかる火の星を鷲づかみにして大地に近づけていた夏の女王は、キラリと光る銀色を目の端に止めた。その拍子に手元が狂い、強い陽光が大地に降り注ぐ。落としかけた太陽を慌てて掴み上げて、焦がしはせなんだかと人の地を見下ろせば、先ほどまで日陰であった場所が照らし出されていた。銀色の正体が分かった。こちらを見上げているオスの天狼だ。


***


「なんだか今、急に影の位置が動いたような。太陽が急に動いた、わけがないか。・・・・・・どんな天変地異の前触れか、後で天文官長と話し合いに行こう」

 ようやく朝議が終わったところだから一休みしてからにしよう、と彼は再び目的地に向かい前足を踏み出した。


 燦々と降り注ぐ陽光が、蒼の瞳を輝かす。

 大理石を蹴る度に、カッカッと楽しげに爪音が踊る。

 長く垂れ下がる銀の尾も機嫌よさげに揺れた。

  

 朝議を終えた銀の賢獣が向かうのは、家族が住まう離宮だ。そう、『家族』が待っているのだ! 御父様は蒼の瞳を輝かせた。魔の森から彼の番と仔魔獣達が王都に移住してきたのは、この春のことであった。

 王族との盟約も無事済ませて、ようやく生活も落ち着き、家族だけの時間が取れるようになった。愛する銀の女王と五つの黒と銀の小毛玉を思って、彼のヒゲがへにゃんと下がる。

 家族がいつも集まる大樹の間まで来ると、御父様は前足を使って木の扉を開いた。魔力は使うべき時しか使わない。魔の森と異なり人の地は圧倒的に魔力が薄いのだ。己の肉球で押して済むのならば、そちらの方が魔力を使うよりも楽で早かった。


「ただいま!」

 元気よく吠えて踏み出そうとした前足を上げたまま、御父様は尾まで固まった。

 

 苦しげに閉じられた瞳。

 部屋の隅に投げ出された四つ足。

 大理石の上にダラリと伏せられた頭と尾。

 

 仔魔獣達が床に倒れ伏していた。

 「ど、どうしたんだいっ。僕の愛し仔達!」

 慌てて駆け寄った御父様に仔魔獣たちがピクリと動いた。


「お、とーさま。僕、溶けりゅ」

 限界まで腹ばいになって手足を広げたリーナスのひらきが弱々しく鳴いた。

「魔の森は常春(とこはる)の地だから、こんなに毛皮が暑いって知らなかったの」

 ヒゲまでダラリと垂らしたモニカが薄く目を開けて呻く。

「だ、大理石に、なりた、い」

 口を大きく開けて過呼吸気味のアルクィンが冷たい石に頬摺りした。

「限界までお水を飲んだのに、まだ喉が渇きますの」

 水に腹を膨らませたエルティナは、尾を振って扇代わりに風を起こす。

「・・・・・・オヤジ、冬になるまで俺たち魔の森に戻ってて良いか」

 唯一仰向けの大の字になっているバルトロは、弱者の証である腹を見せるほどに追い詰められているらしい。


 帰る、帰りゅ、帰りますわ、と異口同音に鳴き出した仔魔獣に焦ったのは御父様だ。彼はかなめの賢獣として王都から動くことができない。仔魔獣が魔の森に帰るとなれば、銀の女王も当然付いて行くだろう。そうなったら、また、彼は独りぼっちだ。彼は慌てて吠えた。

「ま、待ちなさい。僕の愛し仔達。夏には夏の楽しみもあるんだよっ。え、ええと、ほらっ、『夏の海』に行こうじゃないか!」

 

「うみ?」

 リーナスがパチリと大きく蒼の瞳を開いた。

「塩味の大きな水たまりだよ。そういえば、まだ行ったことが無いね」

 モニカが蛸・車海老・浅蜊・鯛と謎の呪文を唱える。何のことだと尋ねる弟妹達に、モニカは海には美味しい食べ物が沢山あるのだと答えた。天狼一家の海開きが決定した瞬間であった。



***



 海浜植物が茂る丘を越えれば砂の浜が広がり、そのさらに先に夏の海があった。

 広大な水の大地は、太陽の日差しを照り返して金色に輝き、空の青に染まり、波打ち、刻々と色と姿を変える。

 磯の香りと波の音に誘われて仔魔獣たちは緑の丘から白い砂浜へ駆け下りた。


 そして、上がる悲鳴。

「熱いっ」

「にくきゅーが焼けるっ」

「な、なんだ!? 踏んだらキュウキュウ鳴くぞ、この土っ」

「水妖の罠かな!?」

 パニックになって空に文字通り『飛び』上がった弟妹達に、モニカが可笑しそうに吠えた。

「太陽に熱されているんだから、砂浜は熱いものだよー、リーナス、エルティナ。バルトロ、アルクィン、これは鳴き砂っていう、綺麗な砂浜である証拠なんだよ」

 私が海に一番乗りだっ、とモニカは肉球を土の魔力で保護して砂浜を駆ける。きゅっきゅっと上がる楽しげな砂の鳴き声につられて、弟妹達はそろりと前足を砂浜に降ろした。

「僕も『なきずな』走る!」

「あら、水に浸ったところは熱くないのね」

「おっ、足跡がつくな!」

「わっ、何か踏んだっ。えっと、『カニ』、かな」

 きゃいきゃいと海に向かい走る五毛玉達。彼らが残した小さな肉球跡を追いかけて、御父様と御母様もゆっくりと砂浜を歩いて行く。彼らの蒼の瞳に、五つの水柱が映った。海に飛び込んだ仔魔獣たちが呼ぶ声に、彼らは歩みを早めたのだった。



 ***



 半日海を堪能した仔魔獣たちは、離宮に戻ると直ぐに丸くなって互いを枕に寝入ってしまった。暑さを忘れたらしい仔魔獣たちに添い寝をしている御母様は、問いかけるように、座ったままの御父様を見上げた。 


「僕はこの後天文官長と話があるから、先に寝ていて良いよ」

 そう言って、御父様は長い銀の尾で銀の女王と仔魔獣が寝苦しくないように風を送り始めた。銀の女王の蒼い瞳がユルリと細められて、伏せられた。大樹の間には、仔魔獣たちのクウククという寝息とパタリパタリと銀の尾が揺れる音だけが響いていた。


 巨大な魔獣団子を見下ろして、夏の女王は空気の扇子をフワリとあおいだ。

 心地の良い夏風が、海を越え、緑の草地を渡って、離宮を吹き抜ける。

 白いカーテンを揺らし、仔魔獣のヒゲを靡かせて、その風は御父様まで届いた。

 

 御父様は、窓から吹き込む風に気持ちよさげに蒼の瞳を細めて外を見やった。茜色に染まった空には雲一つ無く、今夜はよく晴れそうであった。

(今夜は天体観測をしようか。それとも、花火をしようかな)

 夏の星座を教えてあげたいし、人にしか咲かせられない火の華も見せてあげたいし、と御父様は仔魔獣達と共に過ごす夏の夜を思って優しく尾を振った。


 後に季節が秋へと移ろい、四季宮に昇った夏の女王は、夏空の瞳を輝かせて天狼一家の話で春の乙女と盛り上がった。未だ仔魔獣を見たことがなく、羨ましそうに彼女たちを眺めていた冬の乙女に夏の女王は笑いかけた。

「のう、其方(そち)もこちらに来りゃ。妾は、妾の見し夏の天狼とその仔の話をするゆえ、其方は、次の春に戻りし時に其方が見し冬の天狼らの話を妾に聞かせてたもれ」

 

 その年の季節代わりの突風は例年にない強さになった。人の天文官長は、先日突如として太陽が傾いたのは暴風が多発する予兆であったのだ、と主張したそうだ。しかし、各地で頻発し突風が、まだ天狼一家を見守っていたい秋の童女と早く仔魔獣を見てみたい冬の乙女による熾烈なバトルによるものだということは、四季宮で頭を抱えている春の女神と夏の女王のみが知ることであった。


 しかし、連日の暴風も、一頭の小毛玉がコロコロと転がされて目を回したことで唐突に終わりを告げた。

「ちいさきものが、飛んでしもうた・・・・・・」

「まあ、随分遠くまで飛ばされたわね」

 二人は争う手を止めて、揃って空の上から小さな銀毛玉をのぞき込み、怪我がなさそうなことにほっと息を付いて顔を見合わせ、そして小さく笑った。娘達の楽しげな笑い声が静かに人の地へと降り注ぐ。

「秋は、楽しゅう過ごせたかの? また次の秋にあおうぞ」

「これから始まる冬も存分に楽しみなさいな」

 秋の童女と冬の乙女は、天狼たちにそれぞれが司る四季からの祝福を贈った。 


 突然風に煽られて草原を転がったリーナスは、蒼の瞳をキョトリと丸めて空を見上げた。

「大丈夫かい、僕の愛し仔!」

「ぶっくくっ。リーナス、草だらけだよっ」

「まあ、リーナス、ひっつき種も付いているわ」

「にしてもよく飛んだなぁ、おい、大丈夫か、リーナス」

「リーナス、どうしてひっくり返ったままなのかな」

「我が愛し仔よ、どうした。何を見ているのだ」

 駆け寄った家族に、リーナスはピョンッと立ち上がって無事を伝える。そして、天狼一家に向かい興奮した様子で鳴いた。

「あのね、お空で誰かが笑ってるのっ。でね、また会おうねと初めましてとをしているんだよ!」

 首を傾げる御父様と仔魔獣達を横目に、御母様は愉快そうに唸り声を上げた。

「ほう、我が愛し仔は四季の君に御目を掛けて頂いておるようだ。何とも光栄なことよ」

 返礼をせねばな、と銀の女王は大きく顎門を開き、大咆吼を上げた。


 天狼の遠吠えが天に向かい一つ贈られ、つられるように一つ重なり、五つの幼く高い鳴き声がそれらに倣った。四季の喜びに感謝を捧げる唄は、大小の魔獣から異なる音色で放たれて、今年最後の秋の空と今年初めての冬の空、その境に重なり響き渡った。

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