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So what?  作者: らいとてん
第4章 パレヴィダ神殿編
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【番外編】副神官長物語(2)

 王都に夜の帳が落ちる。

 私が一番好きな時間だ。


 夜空を見上げれば、零れ落ちそうなほどの星々が光り輝いていた。

 きっと、こういうのを『綺麗』というのだろう。

 ふむ、と首を傾げる。

 肩口で切った髪が、視界の隅でサラリと流れ落ちた。



*** 



 生まれたときから、自分で言うのも何だが、私は天才であった。

 教えられることもなく、数学も語学も歴史も『知っていた』。


 ソレが何故かは、今でも分からない。

 しかし、何のためかは分かった。


 ―――王族の全ては民のために。

 それだけを思って生きてきた。

 

 まったく、我ながら可愛げのない幼子だ、と星空を見上げる。

 あのひとが、「ほら、綺麗でしょう、ダヴィード」と微笑み、抱き上げ見せてくれた光る闇を。


 綺麗、なのか。これは。

 黒を埋め尽くす目映い光に目を細める。いくら夜空を眺めても、星々につけられた逸話を幾つ覚えても、この胸の内に何かを見つけることはできなかった。 


 ―――自分には、感情というものが欠落しているらしい。

 そう気付いたのは、いつであったか。

 いつであれ、それが普通ではないと思ったのは確かだ。


 それから、できる限り周囲の人間がする反応を真似て、大げささな程感情を示してきた。普通であろうと、可愛らしい幼子のフリまでした。


 もちろん、国を治める王族としての勤めも忘れてはいなかった。


 日中は年相応の愛らしい子供のふりをして周囲の油断を誘い、集められるだけの情報を集めてきた。


 大臣や貴族から洗濯女まで、様々な人間の噂話・与太話・自慢話、なんでも聞いてきた。あれ何ー? それって何ー? 何話してるのー? と、好奇心に瞳を輝かして幼子が尋ねれば、大抵の大人は笑い混じりに答えてくれる。五歳児に真剣に返す人間などいはしなかったが、彼らが話す内容には、時に、本人も気付かない貴重な情報が紛れていた。


 王宮の書庫も当然制覇済みである。夜に忍び込んで読み、昼間も、かくれんぼー、と巫山戯たフリで潜り込み、この絵が綺麗なご本ほしいー、と駄々をこねて部屋に持ち帰った。

 

 剣術・馬術・弓術をはじめとした武芸にも力をいれた。個人的に、最も効果的な戦法は「僕を殺すの・・・・・・?」と純真無垢な瞳で敵を見上げ、ひるんだところで急所を突くというものだ。暗殺されそうなときにお勧めしたい。


 

 ***


 日中の己を振り返り、夜空に呟いた。

「誠に可愛げのない幼子だ」

 独り言であったが、思いかけず背後から低く柔らかな声が応えた。

「そうかな。僕には小さくて庇護欲を刺激する生き物にみえるけどね。・・・・・・ほら、身体が冷えるよ、おちびさん」

 ふわりと身体に巻き付いたのは、銀の長い尾であった。

 柔らかくて暖かかった。

「銀の賢獣(けんじゃ)殿」


 通り名を呼べば、魔獣の長【銀の女王】の番である天狼が鼻面を近づけてきた。

「まったく。夜中に王都で一番高い塔の上で夜空を眺めるだなんて、何を考えているんだい」

 何となく、と返せば、呆れたように蒼の瞳が細められた。

「君は、何となくで、王都一の防御魔術が施された僕の研究塔に潜り込んで、その頂上の屋根で星空観察をするのかい」

 返事に窮すれば、銀の賢獣は、ふう、と大きく息をついた。

 次は何を言われるかと身構えれば、首に予想外の衝撃が来た。


「しっしまるっ」

 銀の賢獣に夜着の襟元をくわえ上げられて、首が絞まったのだ。

 ごめん、ごめんと慌てたように銀の賢獣が、銀の尾を振る。

 首の周囲に風が纏わり付き、息ができるようになった。魔力を使ったらしい。


 銀の巨大な獣の口からぶら下げられながら、文句を言った。

「どうせなら、背に乗せては頂けませんか」

 却下、と楽しげに唸られた。

「大人を心配させるちびっこは首筋を噛んでやる。幼獣対応の基本だよ」

 

 私は人間です、と返そうとして、返せなかった。

  


 ―――本当に、自分は人間なのだろうか。

 自分には、夜空が綺麗だとは思えない。膨大な星の名を覚えても、星座をたどっても、どうしても母上のように感動することができないのだ。

 人並みに喜怒哀楽を感じられず、人ならぬ知力を有する自分は、本当に人間といえるのだろうか。


 それこそが、尖塔の上、夜空を見上げながらずっと考えていたことであった。


 

 ***


 黙り込んでしまったダヴィード王子をくわえたまま、銀の賢獣は低く笑った。

 数千年の時を生きた魔獣にすれば、生まれたばかりの雛も同然の王子が何を悩んでいるかなど、すぐに分かることであった。なにしろ、かつては稀代の天才魔術者として自分も通った道である。


 銀の賢獣は愉快そうに夜空を駆ける。

(まったく。『悩んで』いる時点で、自分にも感情があると気付きそうなものだが)

 迷い成長していく王族を見守るのは、巣立つ雛を見守るのに通ずる微笑ましさと愛おしさがあった。


 さて、この小さな王子をどうしたものか。

 後宮にある王子の寝室に窓から入りつつ、彼は思案した。巨大な寝台の中央に丸まり、柔らかな銀毛に王子を埋めるように抱き込んで、天狼は瞳を閉じた。そして、一人の男を思い出した。人間にしては変わった貴族を。


 銀の毛に溺れかけて目覚めた王子は、翌日、父王から新しい教育係を紹介される。

 銀の賢獣から推挙を受けたという貴族は、名をアレクシ・アゼマといった。


 後の、引きこもり教皇とメタボ副神官長が出会った瞬間であった。

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