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So what?  作者: らいとてん
第4章 パレヴィダ神殿編
70/86

【50】So what?

 御母様、大好き!


(とある異世界の電子情報網に浮遊する文字の羅列群『So what?』より抜粋)


 僕はー!?


(とある現世の王都の賢者の研究塔に刻まれた爪痕『御父様の育児日記』より抜粋)


***


 御母様の口から解放された『くろいの』は、きょとりと黒のつぶららな瞳を瞬かせ、まずは己の前足を見下ろして振ってみた。

 

(前足よーし! 後ろ足よーし! 尻尾よーし! 肉球あるかー? うん、三角の耳もちゃんとついてる)


 どこも御母様に食べられていないようであった。しかし、黒く艶やかな毛皮は唾液で尾の先までベシャベシャに濡れ、毛並みもボサボサになってしまっている。彼女は、暫し迷った。けれども、うん、と頷いて尻尾を一振りした。

 ふわり、と黒の魔獣が宙に浮かぶ。黒い四つ足が目指したのは、御母様の目元であった。

 

 小さなピンクの舌が、濡れた銀の毛皮を恐る恐る毛繕う。

 反対側の目元を、大きなピンクの舌がゆっくりと舐め整える。御父様だ。

 親仔に挟まれた御母様の蒼の瞳が、ゆっくりと気持ちよさげに細められる。



***



「『くろいの』、ここにおいで」

 御母様が示したのは、彼女の前足であった。

 『くろいの』は大型犬の姿のままで、そっと銀の毛並みに前足を下ろした。

 御母様は、蒼の瞳にボサボサの毛並みの黒毛玉を映して尋ねた。

「なあ、『くろいの』。私がお前を喰うと思うたか?」

 『くろいの』はフルフルと首を振った。

「いいえ。御母様。びっくりはしたけど、食べられるとは思いませんでした。だって、御母様が私を傷つけるはずがないもの」

 その通りだ、と御母様は唸り声を上げた。

「私が我が愛し子を喰らうはずがなかろう」

 歌うように、高く通る声で御母様は吠えた。


「前世が魔獣であろうが人であろうが、それを覚えていようがいまいが、それがどうした。『くろいの』、お前は我が愛し仔だ。私が、何があろうと喰らうことのない、我が愛おしき仔なのだ」


 御母様は、『くろいの』の黒の瞳から零れた一滴を舐めとり、そのまま彼女の毛繕いを始めた。


 それに、御父様の舌が優しく加わる。

「『だからどうした』、か。クリス、君らしいね。・・・・・・『くろいの』、前世の君がいなければ、今の君はいないんだ。だから、僕も彼女に同意見だね。だからどうしたっていうのだい、僕達の愛し仔?」

 

 二頭に舐め回されて、モニカは瞳が熱くて俯いた。御母様の前足を覆う銀の毛並みにポツポツと銀の粒が零れる。

 暖かな銀の毛皮に埋もれて、彼女は瞳を閉じた。

 


 

 真っ暗闇の中、うずくまった黒毛玉がいる。

 耳を伏せ、四つ足を縮こませ、尾を丸めて震える幼獣。

 きゅうきゅうと弱々しく鳴く声は答えを探し求めている。

 ―――どうして私は魔獣なの。


 モニカは『くろいの』の頭をそっと舐めた。


(『だから、どうした』っていうの?)

 小さな三角の耳が、そっと立つ。

(だって、魔獣だから御母様と御父様の愛し仔に生まれることができたんだよ)

 潤んだ黒の瞳が虚空を見上げた。

(可愛い弟妹もいる)

 尾が、そろりと持ち上がる。

(人の盟友だってできる)

 震える四つ足が、暗闇の中、立ち上がった。


(だから、私は、魔獣でいいんだよ)

 小さな前足が、一歩暗闇に踏み出される。

 その先に、待っている家族が、人が、いる。



***




 ところで、王宮の中庭には大樹が植えられている。

 銀の女王一家が、よく昼寝に利用する木陰の主だ。

 その太く張り巡らされた幹の上に、四つの小毛玉が実っていた。

 魔力で気配を殺した彼らが、各自ゆっくりと前屈姿勢を取る。


 揺れる四つの尾。

 鋭く細められる蒼の瞳。

 構えられた前足。

 

 仔魔獣達を隠す木の葉達は、ざわめきに笑い声を紛れ込ませた。

(フフ。前世、ねえ。わたくしの愛し仔は、私がここにいることに気付いていないわねー。さーん)

 樹皮を伝い、仔魔獣が四つ足に力を溜めるのを感じる。

(クックック。さて、我が姪っ子の尻尾はどれほど膨らむかな。にー)

 枝がたわみ、魔力が四毛玉に集められてゆく。

(クスクス。義弟殿も驚くかしら。いーち)

 解き放たれる。枝も魔力も木の葉も空気も。


(よしっ。目標! 我らが愛し仔の仔! ぜろ! )

 

 四つの銀毛玉に押しつぶされた黒毛玉に、楽しそうに木の葉達は舞い降りる。


(大成功!)

(縁があれば、また、来世でね!)

(覚えておるかは分からんがなっ)

(我らが愛し仔達に、幸、多からんことを!)


 天狼は、魔獣の頂点に立つ一族である。生きるのに大量の魔力を必要とする彼らは、自然と頭数が限られた。それゆえ、天狼の一族は、その血族を深く愛する。それは生まれ変わってもなお変わらないらしい。


 未だ前世の記憶が濃い木の葉達は、わざわざ人の都に生まれ変わったかいがあった、なかなかに楽しい一生であった、と笑いながら大地に降り積もった。


 最後の一葉が、御母様の頭にひらりと止まる。

 御父様がくわえて取った葉に、御母様は蒼の瞳を細めた。

 顔を見合わせた二頭の耳が、苦しげな唸り声をとらえた。


 見れば、銀の毛皮に埋もれた黒の尻尾が苦しげに地に打ち付けられていた。

 慌てて、御父様が魔力で風を呼ぶ。

 宙に舞う、銀毛玉、木の葉、黒毛玉、草、花・・・・・・。

 

 それらを蒼の瞳に映して、御母様は、天高く吠えた。

 仔魔獣たちを大地に下ろした御父様も、胸を反らし遠吠える。

 草と花だらけになった仔魔獣達も、それに加わった。


 人の王都に、天狼一家の遠吠えが、高く細く響き渡る。

 今日も今日とて、滅亡の危機にあった人間の一日が無事に終わったという証であった。

ここまでおつきあいいただきまして、ありがとうございました!

パレヴィダ神殿編は、ひとまず完結です。

何とか最後まで書くことができましたのは、読者の皆様のおかげです。本当に、ありがとうございました!


今後は、ご要望のあった『ギルバート副神官長視点』など番外編を更新予定です。モフモフ需要も高いため、間にちょこちょこモフモフ小話もUPするつもりです。


最後に、ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございました! 重ねて御礼申し上げます。

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