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So what?  作者: らいとてん
第1章 魔の森編
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【6】今日も一日楽しかったね、と彼らは笑う。

「おーい! そっちに行ったぞ!」

 川下の弟からの合図に、川上の弟妹たちと臨戦態勢を取る。

「鮭の丸焼き」

「蒸し焼きー。来い!」

「香草焼きだー」

「刺身もいい」


 ギラギラと目を光らせた幼獣達が、川を遡る鮭を次々に川岸に飛ばし、味を損なわないように風でそっと大地に置くと、火を熾し水を呼び風で切って各々の好みに合わせて料理していく。


「なんと。父親の食通の血は、全ての愛し仔達に受け継がれていたというのか……」


 熊だろうが竜だろうが生命が我が血肉となるのを感じるには生肉をむさぼり食うのが一番、という漢の料理すら超越したワイルドな食し方を好む母親の魔獣は、遺伝子の神秘に鼻をひくつかせる。幼獣達の調理は終盤に入り、辺り一面に鮭の焼ける香ばしい香りが漂っていた。


「御母様、丸焼き美味しい?」

「蒸し焼きもいかかですか?」

「香草焼きもお勧めです」

「刺身もどうぞ」

 

 こんがりと焼き目が付き、ホクホクと湯気を出す鮭。

 柔らかに蒸され、口の中でほろりとほぐれる鮭。

 魚の独特の臭みが消され、爽やかな風味を加えられた鮭。

 肉の部分のみを薄くそぎ、穏やかな口当たりで、口の中でとろりと溶ける鮭。


 幼獣達が思い思いに調理した鮭が芭蕉に似た大きな葉の上に綺麗に並べられていた。「御母様用の御膳!」であるそうだ。母親は思う。我が愛し仔達と彼らの父親の料理に対する飽くなき追求心はどこから来たのだろうか、と。そして結論づける。旨いからよし。

 

 母親が鮭を口にしたのを合図に、幼獣達も一斉に食べ始める。しばし沈黙が川辺に訪れる。

 時たま、

「刺身ってなぁに?」

「お前、本当に蒸し焼きが好きだよな」

「この香草、口の中がピリピリするのがまたいいね」

「鮭って寄生虫がいるから生食は注意が必要って聞いたことがあったけど、そもそも魔獣の食事は生が基本だしなぁ」

 などという呟きが聞こえる程度だった。


 幼獣達が満腹になり、満足げに口の周りを舐めて、お互いの料理を講評し合っている様子を母親の魔獣は微笑ましげに見つめる。


「馳走になった。このように旨いものを食べたのは久しぶりだ。ありがとう、我が愛し仔達よ」


 母親に褒められて幼獣達はキャイキャイとはしゃぎ、興奮状態のまま川に飛び込んで水の掛け合いを始めた。母親は川岸に寝そべって彼らを見守る。平和でいつも通りな魔獣一家の午後だった。


***


 幼獣達が料理に凝りだした元凶は『くろいの』だった。元女子高生として調理された料理を食べるのが当たり前だった彼女には、生は当たり前、時には生きた獲物を毛皮ごとガブリといけ、な御母様の男前な料理は少々きつかった。


 身体は魔獣なので口にすれば生肉も生き血も旨いと感じるのだが、ある程度まで調理された料理を食べたいという欲求は常にあった。


 そんな彼女にとって転機となったのが、初めての狩りで偶発的に蒸し焼きに成功したことだった。件の初料理は、残念ながら弟妹たちに横取りされて結局一口も口にすることができなかった。しかし、彼女は強い衝撃を受けた。魔獣の肉球付きプニプニ前足でも魔力さえうまく使えば料理が可能なのだ。


 そこから『くろいの』の奮闘が始まった。ただ、【焼く】【煮る】【蒸す】だけでなく、肉に合う香草を探すなどして少しでも前世の形に近づけようと彼女は頑張った。


 そして、そんな彼女の姿をじーっと見ている獣達がいた。

 弟妹達だ。

 幼子というのは年長者の真似をしたがるものである。彼らが姉である『くろいの』を真似て料理を始めたのは当然の流れであった。

 『くろいの』はそんな弟妹達を見ながら、この料理ブームは長くは続かないだろうと思っていた。熱しやすく冷めやすい。つまり、飽きっぽいこともまた、幼子の特徴だからである。


 だが、『くろいの』の予想を良い意味で裏切り、料理ブームはますます過熱していった。


 その理由の一つに、幼獣達の鋭敏な味覚が調理した獲物の旨味を気に入ったことが挙げられる。この研ぎ澄まされた味覚は、食通である彼らの父親譲りであった。ちなみに、御母様の味覚が感じるのは、【食えるか】【食えないか】の二捉である。【倒せるか】【倒せないか】と変換してもよい。


 そして、『くろいの』は知らないが、弟妹達が料理に嵌った最大の理由は、美味しい料理を作ると『くろいの』が幸せそうな顔をするからであった。


 幼獣達は気づいていた。

 自分達の誰よりも魔力を操るのに長けた黒の獣が、何かに急かされるように必死に魔力について学ぼうとしていることに。


 幼獣達は知っていた。

 自分達の誰よりも物知りな姉が、時々深い物思いに沈むことを。


 幼獣達は分かっていた。

 自分達の誰よりも強く賢く優しい『くろいの』が、時々寂しげに笑うことを。


 だから彼らは今日も料理する、愛しい『くろいの』の喜ぶ顔を見るために。


***


 (あんな顔をさせたくない)

 (させたくないなら、できなくすればいい)

 (する余裕もないほど皆で遊んで食べて寝ればいい)

 (そして皆で笑おうよ。今日も一日楽しかったねって)


 今日も銀の幼獣達は黒の獣に群がり、かまえ攻撃の手を緩めない。

「くろいのー。かまってー」

「僕も」

「あたしも」

「それー。激流攻撃だー」


 何も知らない『くろいの』は、四面楚歌の水攻撃に確かに余計なことを考える余裕などない。主に命の危機的な理由で。

「ちょっ。魔力を使うのは反則だよ―――!」


 幼獣達の思いを知ってか知らずか、母親の魔獣は彼らをただ微笑み見守っていた。

 

「御母様、助けて……」

「存分に水遊びを楽しむがよい。我が愛し仔達よ」


***


 日が傾き、黄昏の光が川面に輝く頃、母親は立ち上がると幼獣達に呼び掛ける。

「さあ、そろそろ帰ろう。我が愛し仔達よ」


ずぶ濡れの幼獣達が口々に返事をする。

「はーい」

「了解です。御母様」

「あい」

「へぇい」

「はい。……鮭、干物にして持って帰れないかな」


 魔力で火をおこし風を温めて毛皮を乾かしてやりながら、母親の魔獣は笑う。

「よく食べ、よく遊んだな。愛し仔達よ。さあ、夜の月に出会う前に帰ろうぞ」


 歩き出した母親に、幼獣達は、今日は何の物語をねだろうか、と楽しげに話しながら付いて行く。

 背後から聞こえる幼獣達の笑い声に、母親の魔獣もそっと蒼の目を細めたのだった。



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