【49】世界であり、世界の中心です。
小さき黒。小さき銀。
大なる銀。寄り添う銀。
共に光れ。よう光れ。
汝らの光が、此が葉を照らす。
笑えばよい。泣けばよい。
汝らが声が、此が枝を揺らす。
愛おしき子ら。
汝らが熱が、此が幹を駆け抜ける。
銀の小さき仔よ。大きゅうなった我が愛し仔よ。
見えるか。聞こえるか。嗅げるか。喰えるか。
樹となりし我は、魔となりて我が愛し仔らの側におる。
さあ、世界を喰らえ。我が仔らよ。
(王宮の中庭録音『大樹のざわめき』より抜粋)
***
哀しげに己を見下ろす銀の獣に、黒の獣は、心の内で吠えた。
(違う。ダメだ。哀しませたかったわけではない。いやだ。御母様がかなしいままだなんて、いや)
ぽろり、と零れたものがある。次から次に流れる滴が黒の毛皮を濡らす。
『くろいの』は、衝動のままに吠えた。細く長い、懺悔の遠吠えが、哀しげに天に響く。
目を潤ませた御母様が、蒼の瞳を細めた。拍子に伝った銀の滴が、黒の毛皮に当たって弾ける。
互いに泣き止まぬ二頭に、一つの影が近づいた。彼は、御母様に寄り添うようにして、その目元を舐め、銀の大きな尾で『くろいの』を包み込んだ。
(おとうさま)
潤んだ黒の瞳に、『くろいの』を気遣わしげに見下ろす御父様が映った。
彼は、暫しの逡巡の後に、ゆっくりと口を開いた。
「『くろいの』。僕は、君の父親だ」
当たり前の事実に、『くろいの』はきょとりと目を瞬かせた。
その目元を、御母様にしたのと同じように毛繕って御父様は続ける。
「そしてね、クリス・・・・・・御母様は、君の母親なんだ。ねえ、『くろいの』。だから、怖がることなんて無いんだよ」
びくりと、銀の尾に埋もれた黒の尾が震える。膨らんだ黒毛を宥めるように、御父様は彼女を包む尾を波打たせた。
ゆらゆらと揺れる黒の瞳を、優しい光を灯した蒼の瞳が見下ろしていた。御父様は小さく牙を剥き出して笑う。嬉しくてたまらないという風に。
「『くろいの』。僕たちは、父様と母様は、君が愛おしくてたまらないんだ。だって、君たちが生まれたその日から、世界はこんなに美しい。君達のいない世界だなんて、思い出せないぐらいに」
柔らかな声だった。
「『くろいの』。僕たちの愛おしき宝仔」
ふわり、と『くろいの』に頬摺りしたのは御母様だった。かすかに震える銀毛が、どれほど御母様が『くろいの』を思っているか伝えていた。
「父様と母様に話してごらん」
二対の蒼の瞳が、泣き止まぬ黒の瞳を見つめていた。
「君を何をそれほど憂うのか」
ぽろり、と今度零れたのは、言葉だった。
「お、かあ、さま。おと、うさ、ま。わた、わたしは、前世・・・・・・ニン、ゲンだった、の」
一つ零れると、後は雪崩のように一気に押し寄せてきた。
系統立ても何もなく、思いつくままに彼女は話した。
自分が今まで必死に隠してきたことを。
「イセカ、イ、の人間、で」
「ジョシ、コ、ウセイだった」
「コサカ・アキ、ラ、といって」
「コーキ、の・・・・・・姉な、の」
最後に一声、『くろいの』は、一際大きく長く吠えた。
「でも、でもね。あのね。だ、い好き、なの。まえは、ニ、ンゲンだったけど。今は、マジュウ、の皆をあ、いしているの。私は、お、かあさまと、おと、うさま、と、『おおき、いの』、と、『ち、いさい、の』、と、『み、みなが』、と、『おなが』、が、だいすき。それは、ほんとー、だよ。あい、している、んだよ!」
言いたいことを言い切って、大きく口を開けて必死に息をする『くろいの』に、銀の影が近づいた。黒の瞳に映ったのは、巨大な牙とピンクの口内だった。
次の瞬間、巨大な獣の口が、黒い仔魔獣を尾まで隠していた。
ぼんっ、と御父様の尻尾が爆発する。
衝撃に固まる御父様を横目に、御母様は黒毛玉からそっと口を離した。
慌てて御父様が『くろいの』の様子を見るが、怪我はないようであった。甘噛みであったらしい。
しかし、御母様の唾液で黒の毛皮はべたつき、驚きに毛という毛が逆立ってしまっている。
(くっ喰われるかと思ったっ)
踊り狂う心拍数を宥めるのに必死の『くろいの』は気付いていなかった。
止まらなかった涙としゃっくりが、いつの間にやらどこかに消えていたことに。




