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So what?  作者: らいとてん
第4章 パレヴィダ神殿編
67/86

【47】その思いを深く刻む。

 怒。番。愛。哀。拗。


 疑。驚。喜。歓。


 痛。望。痛。遠。痛。・・・・・・喜!


 愛。幸。愛。・・・・・・(仔と思われる爪痕を多数挟む)・・・・・・。愛。幸。


(魔の森所蔵『洞窟に刻まれた魔獣の爪痕』より一部抜粋) 


***


 時は遡って百と一日前。パレヴィダ神殿の来賓室では、御父様がモニカからおねだりを受けていた。


「御父様。百物語ならば、異世界召喚といっても理論的には不可能です。お遊びとして開いてもいいでしょう? ・・・・・・ダメ?」

 可愛らしく上目遣いで見上げる仔毛玉に、親毛玉がふやんとふやけた。ひげを垂らして相好を崩して「も、モニカのおねだりだったら、いいかな。実害はないんだし・・・・・・」と誰に向かってか言い訳をしている。それでいいのか、魔獣の外交官。


 御父様はモニカを泣かせたことにショックを受けていた。(銀の賢獣は隠しているつもりであった。しかし、だらんと垂れ下がった尻尾とへたれた獣耳で一目瞭然である。やはり獣態は外交に向いていない。)


 自身が不遇の少年時代を過ごした分、愛し仔達には幸せな仔魔獣時代を過ごして欲しい。そう思って御父様は、彼なりに父親として精一杯頑張ってきた。


 王宮で人魔外務をする合間に仔魔獣達の遊び相手になり、小さな可愛らしい肉球の上で転がされ弄ばれたり、

 人から転身したため天狼の血の記憶がない分、人としての知識を仔魔獣達に与えようとして、難しい内容に魔獣団子となって昼寝を始める仔毛玉に悶えたり、

 強大な魔力を持て余して暴走する幼獣に、年長者として押さえ役に回ろうとして、噛みつかれ引っかかれ唸られる。


 仔育てって大変なんだね、と国王にこぼす御父様であった。

 毛皮を焼け焦がせて唸り続ける毎日が続き疲れていたところに、モニカに怯えられて泣かれてしまった。家族を切望してきた彼にとって、愛し仔に嫌われるというのは何よりこたえることだ。

 銀の尻尾をしょぼくれさせて落ち込む御父様であった。


 だが、彼の愛し仔は、優しく美しく強く気高い妻の血を引く仔であった。

 

 つぶらな黒の瞳で御父様を見上げて、モニカは鳴いた。

「コーキを召喚したことは許せません。でも、御父様のお友達なら、きっと悪い人間じゃないと思います。だから、御父様。私が魔術を行使して髪を切ったことで、彼らが人間から処罰を受けずに済むようにするにはどうすればいいのでしょうか」


 妻に似た、凜とした顔立ちの仔魔獣が、言うのだ。

 御父様のお友達ならば、信ずるに足る、と。

 人間との交渉のために、御父様を頼りたい、と。

 

 愛しい仔が、彼を信じて、彼を頼ってくれた。

 御父様は喜びに尾を打ち振るわせた。


 もとより、彼はパレヴィダ神殿を擁護するつもりであった。一角獣ならばともかく、人間であるパレヴィダ神官が死罪になる原因を魔獣が作ることは、人間との関係悪化につながり好ましくない。

 二つ返事で快諾して、任せておきなさいと吠えた御父様に、幼獣はさらにねだった。

 

「百物語を開きたい」と。

 聞けば、不気味ではあるが、確かに成功することなどありえない召喚の議である。背筋の毛がゾワゾワしそうな恐ろしさはあるが。

 それでモニカの気が済むのならば、と御父様は頷いた。


 そもそも、愛し仔の可愛らしいおねだりを断ることなどできるであろうか、いや、できるはずがない。御父様は深く頷いた。


 そこで、部屋の隅から声がした。


「話はまとまったか」


 銀と黒の親仔が振り向けば、銀の女王がそこにはいた。部屋の半分を埋め尽くさんばかりの獣に、なぜ今まで誰も気づかなかったのか。

 ぎょっとして黒の瞳を見開くモニカの首筋を噛み、彼女を持ち上げて御母様は唸った。

「帰るぞ」

  

 黒の幼獣をくわえて空を駆ける銀の女王を、一歩遅れて銀の賢獣が慌てて追いかける。

 御母様の口元で、モニカがふるりと震えた。

 一体何が始まるのであろうか、と。



***



 取り残された人間達の中、ふむ、と副神官長が腕を組んだ。

「家族会議でも開くのだろうか。・・・・・・結果次第では、今度こそ王都が滅亡するかもしれぬな」

 物騒な軽口に、銀狼騎士団長であるヴォルデが口を開いて閉じた。否定できない。あれほどまでに感情を押し殺した銀の女王を、彼は久しく見ていなかった。

 

 馬を借りるために駆け去ったヴォルデを見送り、さて、と副神官長は神官二人に向き直った。

「儂らも家族会議を開くとするか。・・・・・・枢機卿以上の神官を集めよ。また、各地の神殿の様子も報告が届いておろう。ジュラ神官が報告書をまとめているはずじゃ。会議前に目を通したい。さあ、さっさと下らぬ馬鹿騒ぎなど治めて、明日から開く百物語とやらの準備に取りかかるぞ」


 馬鹿騒ぎなどと。王宮側に聞かれれば反省が足りぬと叱責を受けますよ、と苦言を呈するアルフォンス神官に、副神官長は悪役笑いを返した。

「ふん。仔犬の甘噛みごときで、どうこうなる儂ではないわい。こちらは天下の悪徳神官なのだからな。こういう時のために、常日頃から元老院へ袖の下を渡しておるのだ。・・・・・・だから、シリル。おまえも馬鹿なことを考えるでないぞ」

 

 シリルの頭を軽く叩いて、副神官長は貴賓室を後にした。神官二人がそれに付き従う。


 人っ子一人いなくなった貴賓室。度重なる魔術行使でぼろぼろになった絨毯の下には床板がある。天鵞絨の絨毯を貫通して光沢のある桐に刻まれた爪痕は、天狼のみが読み取れる魔力を発していた。


 ―――哀。


 ひっそりと愛し仔を見つめていた御母様の立てた爪痕は、貴賓室が改装されるまで深く刻まれたままであった。

 

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