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So what?  作者: らいとてん
第4章 パレヴィダ神殿編
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【44】不可解な球体

 拝啓 父上


 私は愛に生きることにした。


 一角獣様の僕より


 以上、とするつもりであったが短すぎると父上もご存じの親友にたしなめられた。よって以下に大まかな経緯を記す。


 その日、私の研究室に我が親友が訪ねてきていた。このところ王室財政の逼迫を私に愚痴っては頭を抱えていたというのに、いっそ不気味なほど晴れやかな表情であった。奴の父親の放蕩癖はそう簡単に直るものではない。よしんば直ったとしても、私が知る限りで14人の愛人と19人の養子がいるのだ。そう簡単に赤字から持ち直すとは考えにくい。

 非常に嫌な予感がした。奴が上機嫌なのは、ろくでもないことを企んでいる時である。ふむ、三十六計逃げるに如かず。命あっての一角獣研究だ。


 瞬時に緊急事態と判断し、急ぎの用事ができたとさりげなく研究室からの逃走を図った。しかし、こと駆け引きにおいては奴の方が一枚上手であった。

「貴殿は確か、新しい手法による詳細な一角獣の生態調査を希望していたな」

 半ば浮かせていた腰を思わず椅子に戻してしまった。我が盟友よ、と叫び、彼の両手を握りしめて蒼の瞳を見つめた。


 そして、後悔した。

 親友の顔には伝説の銀の魔王もかくやという凄みを帯びた微笑みが浮かんでいたのだ。アレは見てはならぬ類のものだった。確実に寿命が縮まった。生存本能から思わずどん引いた。内心だけでなく、体も引いたが、逆に手を握り込まれてしまっていた。

 銀の睫が一本一本確認できる距離で、にっこりと奴は微笑んだ。この見事な銀色は、光が当たったときの色合いが一角獣様の白銀に近くて、私が気に入っている色合いである。だが、所詮は男の睫だ。

 初な町娘ならば、きゃーとでも言う場面だろう。が、私は男だ。奴とて、絶世の美少女に間違われることがあるとはいえ、生物学上は立派な雄だ。一角獣様が機嫌良く耳をぴるぴるしているのならばともかく、頬肉を動かすサル目ヒト科のオスに悶える趣味はない。


 以下、仰け反った私と我が盟友のやりとり(原文ママ)である。


「親父を殺す。手伝え」

「だが、断る」

「貴殿は何度かパレヴィダ神殿に入信を申し入れて拒否されていたな。公爵家嫡男である貴殿を出家させては、現公爵の不興を買う。まあ、正攻法ではまず無理であろうよ。・・・・・・私に協力すれば、報酬として前払いで入信を推挙してやるぞ?」

「よし、我が盟友よ。貴公のためならば一肌でも二肌でも脱いでみせよう」

 

 微笑む我が盟友に私は思った。最近の九歳児はすすんでいるものだ、と。


 そういうわけで、私は一角獣様への愛にこの身を捧げることにした。

 親不孝者で申し訳ない。後継には、我が弟および父上の愛人の子のうち、以下に記す五名のいずれかを選ぶことをおすすめする。


(五名分の人名が列挙されているが、ここでは省略)


一角獣様の系図作業がついに断念された、一角獣様の毛色のごとき真白き雪の日に

                                一角獣様の僕より

                                      敬具

(とある由緒ある公爵家本邸の隠居部屋の隠し戸棚所蔵文書『一度握り潰された痕跡のある羊皮紙』より抜粋)



***



 モニカの丸い瞳に、ふくよかな球体が映る。彼女は思わずといったふうに吠えた。

「ふ、副神官長!? どうして御父様の背中に副神官長が!?」


 信者と茶会中のはずの副神官長が何故、御父様の背に乗っていたのか。そもそも、背に乗せるほど彼らは仲がよかったのか。黒の魔獣は驚きに尾を膨らませた。

シリル神官が胸を張る。モニカの頭を撫でながらだった。手触りが気に入ったらしい。

「そりゃあ、俺たち手下が絶体絶命の大ピンチって時に登場しなかったら、我らが悪の親玉、副神官長とはいえないだろ」


 完全に素を出している。彼を見上げたモニカは、おっきな猫が脱走してるけどいいのかと尋ねるべきか迷い、結局別のつっこみを優先させることにした。

「えっと、味方の危機に駆け付けるのって正義の味方じゃないのかな」

 

 それに答えようとしたシリルを遮り、少し高めの声が響いた。モニカは耳をぴくりと動かした。

「いいや。私は正真正銘、天下無敵の悪徳神官ですぞ、銀の魔王の御仔様」

 声の主を見れば、腹を突き出していた。胸を張っているつもりらしい。自慢するところなのだろうか、そこは。

 モニカの内心のつっこみを知ってか知らずか、副神官長は続ける。

「正義は正しい。そして、悪は間違っている。ゆえにいつの世も、正義が正されることはありえず、邪な悪のみが滅ぼされる。

 私は悪人でございます。御仔様。悪徳神官なればこそ、私は己の悪行を自覚し、その罪を背負う覚悟を持っております」

 彼はかがみ込んでモニカと視線を合わせる。膨らんだ顔の中、肉に埋まるように輝くのは蒼の瞳だった。

「銀の魔王の御仔様よ。コサカコウキ殿の件で御心を痛められた貴殿のお怒りはごもっとも。されど、どうかご温情をもって御怒りをこの老いぼれの命一つで鎮めてはいただけぬだろうか」

 下げられた頭とともに、長い白髪で作られた団子がモニカの目前に突き出された。しばし沈黙が落ちる。首を差し出す白団子と黒毛玉を、周囲の魔獣と人とがはらはらと見守っていた。


 ぽつりと鳴いたのはモニカだった。

「コーキの……」

 顔を上げた副神官長に、モニカは半信半疑で尋ねた。


 ずっと、不思議に思っていたことがある。どうしてだろうか、と。これまで釈然としないながらもただの偶然だろうと自分で自分を納得させていた。

 しかし、とモニカはシリルを見やる。彼は場の主導権を副神官長に譲り、大人しく控えている。シリルは嘘のつけない人間だ。そのシリルが信頼している、副神官長。もしかしたら、彼は自分が思っていたような人ではないのかもしれない。


「コーキに名前を尋ねたのは、あなた?」

「はい。私は召還の儀におりました中で最も高位の神官でございますれば」

「では、コーキの名を神官達に伝えたのも、あなた?」

「はい。私が伝えました」


 じゃあ、とモニカはじっと蒼の瞳を見つめて鳴いた。

「コーキの名を、コ・サカコ・ウキと伝えたのは、わざと?」

 この問いに、副神官長を包む蒼の魔力がかすかに揺れた。モニカは魔獣の瞳を細める。副神官長は、表面上それまでと同じく真摯な表情で淡々と答えた。

「ほう、御名を間違えてお呼びいたしておりましたか。これは誠に申し訳ない。年を取りますとどうも耳が遠くなりまして」


 答えが出た。しかし、また一つの疑問が生まれた。

 本当に人間とは理解しがたい生き物だ。

 人間の中でも格段に扱いの難しいジョシコウセイであったはずのモニカは、過去の自分を差し置いて嘆息した。


「では、間違ったコーキの真名を神官達に教えたのは、あなただったんだね。ギルバート副神官長」


 副神官長が何のことかわからない、と首を傾げてみせた。モニカは複雑そうに鳴く。


「召還陣を見たときから、ずっと不思議に思っていたの。陣に刻まれた服従の術式は完璧だった。けれども、コーキに効果は及んでいない。どうしてか、理由はすぐにわかった。術者が告げる真名が『コ・サカコ・ウキ』になっていたからだった」

 モニカは思い出す。やっぱり異世界の人には日本人の名前を発音するのは難しいのかな。変なところで切っているから、一瞬、誰のことを呼んでいるのか分からなかったよ。そう言って笑う弟の姿を。彼はその重要性を理解していなかった。本人が自己の呼び名と認識していない以上、いくら発音が正しくともそれは真名ではない。その、真名を神官たちに知られていないという重要性を。

 

 では、何故誤った真名が神官達に伝えられたのだろうか。

 資料を睨んで過去のモニカは首を傾げた。彼女の知る悪徳神官は知っていて真名をわざと間違えるような人物ではない。だからきっと単純に聞き間違えたのだろうと考えていたのだ。しかし、この反応を見る限りでは違う理由からコーキの真名は『間違えさせられて』いたらしい。

 

 モニカは、まるで知らない人間を見るように目前の神官を見つめた。

 

 彼は初めて会ったときにヴォルデに暴言を吐いた。第一印象からして最悪だった。その後はあまり会う機会が無く、もっぱら教皇や下級神官とやりとりをした。モニカが神殿を訪ねても、大抵は信者との茶会や地方神殿の慰問で彼は留守にしていたのだ。


 モニカは気づいた。自分が、この人間がどういう人物なのか、実はよく知らないということに。


 報告書によれば、コーキの召還を首謀したのは彼ということになっている。


 では、とモニカは尾で床を叩いて考える。

 副神官長は、不可能と言われていた勇者の召喚に奇跡的に成功し、その上に異世界人を隷属させるための真名を知ることもできた。

 それなのに、だ。

 彼は、勇者コーキの真名をあえて間違えて発音していたらしい。


 モニカは目の前の不可解な人間を見つめ、首を傾げた。

 この球体は、食らうべき敵か否か。

 それが、問題だ。


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