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So what?  作者: らいとてん
第4章 パレヴィダ神殿編
63/86

【43】泣く仔には勝てません。

 ユニコーン歴46年5ヶ月4日 天気:晴れ時々副神官長の雷


 良く分からんまま、教皇になって早5年。思えば遠いところまで来たものだ。


 そういえば先日、同じ研究所出身の神官から嘆願書が来た。

 婉曲な美辞麗句を連ねていたが、直訳するとこうなる。


 『一角獣の研究がしたいので世話係にしろ』


 返信はこれにした。


 『愛が足りん』


 人に頼るなど甘いにもほどがある。一角獣様を一日中愛で、撫で、嗅ぎ、口づけ、堪能して、その全てのお世話を『愛』をもってしたければ、私のように自分の力でその地位を勝ちとるがよい。具体的には、元老院の弱みを握るとか、王家・国家官僚・騎士団・魔術師団をはじめとした各所に顔がきくブタを悪友にもつ、とかがオススメだ。


 そういえば、まだ現役の元同僚からも手紙が来ていた。

 大したことのない研究内容と実績を自慢した後に(本人としては)さりげなく書かれていたのが、本題だった。

 簡単に言うとこうなる。


『ところで、一角獣が何故神獣になったのかは分かったのか』 

   

 返信はこれにした。


『知ってるが、教えてやらん。まあ、お前も一角獣様に生涯の愛を注ぐと決めた我が戦友だ。処女を愛する一角獣様にふさわしい、研究一筋で未だ未婚の穢れなき探究者よ、ヒントだけはくれてやろう。パレヴィダ神殿創設期に生きていた有名な魔獣といえば、どなただ。おっと失礼。そういえば、お前は男だから処【女】ではなかったな。私と同じ……はっはっは。我が戦友よ! またの便り、楽しみにしているぞ』


 分からなければ、知っている魔獣殿に聞けばよいのだ。話してみれば中々に気の合う魔王陛下であった。

 貢物に一角獣様を要求されたのは痛かった。(思わず三日三晩すすり泣いてしまった。うっかり聞いた神官見習いを、お化けが出たと怯えさせてしまったらしい。おかげで我が悪友から雷を受けた。まったく、あいつは幼子に甘い)

 しかし、これも一角獣様のことを少しでも知りたいという我が愛ゆえのこと。きっと千年先に再生された一角獣様も許して下さるに違いない。


 それにしても、我が戦友たる、他の一角獣様の下僕達は、いつになったら気がつくのだろうか。


 一角獣様の本体が『角』であると。


 悪友に「とりあえずお前は黙って祈っていろ、お願いだから」と頼まれたので大人しく本神殿に引きこもっている。しかし、やつに手渡された『台本:嘆きの教皇』を読んで一人芝居をするのにもそろそろ飽きてきた。 

 千年後に魔力の補充が終わり、あの角の中から小さな一角獣様が御復活になる。その瞬間を思って、ともにたぎってくれる戦友が欲しい。一人で礼拝堂で身悶えしても寂しいばかりだ。

 ああ、我が一角獣様への愛に幸あれ。

 心から女神ローネルシアに祈る毎日である。

 

(パレヴィダ本神殿教皇特別所有私本『私の一角獣様への愛のメモリー』より抜粋)

 


***



 みゅう、と小さな鳴き声があがった。


 激高に膨らんだ銀の魔獣に集まっていた視線が、黒の仔魔獣に移される。


 天狼の蒼の瞳に映っているのは、小さな黒い毛玉だった。

 

 顔を伏せ、

 耳を伏せ、

 背を丸め、

 尾まで丸めた幼獣は、

 一つの毛玉となった幼仔は、

 ふるりふるりと震えていた。


 御父様が戸惑い交じりに唸り声をあげれば、仔魔獣はひと際大きく震えて固まってしまった。


 ―――明らかに、怯えていた。


 焦ったのは、三匹の大人である。


 御父様にとっては完全に予想外だった。神殿を投げられたり、マグマを噴出させたりと命をかけた戦闘ならば覚悟していたが、まさか、怖がられるとは思わなかったのだ。仔に泣かれる覚悟はまるでできていなかった御父様だった。


 ヴォルデにとっては驚きだった。銀狼騎士団として、御父様の説教がほぼ確実に命をかけた戦闘になっていくのを見てきたのだ。せめて逃げる時間が欲しかったと部屋の隅で静観していれば、まさかの事態である。モニカは、御仔様方の中で最も大人びた幼獣だ。反論すらせずに小さくなったのは意外だった。盟友として口を出すべきか迷った。しかし、親仔喧嘩に割って入って、それで果たしてモニカのためになるのか。親のいない彼には分からない。ぐっと拳を握るヴォルデだった。


 神官アルフォンスは、ヴォルデに連れられていった部屋の隅から、神官シリルをこっそりと手招きしていた。(其処はヤバイ、こっちに来い)結構必死だった。が、相手はシリルである。徐々に高まる魔力の圧力にも構わずに、銀の魔王の番を見上げて翠の瞳を輝かせている。初めてみる天狼に、でけー、とでも感心しているに違いない。まったく空気を読んでいなかった。(とりあえず)神官アルフォンスは溜息を堪えた。(あの手の子供は、頭ごなしに叱っても委縮させるだけだろう。銀の賢獣も、親としてはまだ未熟だな。完璧な親などというものがいるかは謎だが)ちびっこ神官見習いに振りまわされて十数年。今日も今日とて人と魔獣の子供に翻弄される神官アルフォンスだった。


 どうしたものかと手を出しかねている大人三匹を横目に、動いた者がいた。


 金の髪がさらりと床に零れる。豪奢な黄金が土埃に塗れるのにも構わずに、神官シリルはしゃがみ込み、黒毛玉に近づいた。

 白魚の手が、黒毛玉をぽふぽふと叩く。一瞬びくりと揺れた毛玉は、無言で人の手を受け入れた。

「なあ、」

 問いかける声に、伏せられていた三角の耳がそろりと立ち上がった。

 その耳を悪戯につついて、小鳥が囀るような声で彼は尋ねた。


「あの天狼様って、雌? 雄? どっち?」


 へ、とモニカが思わずといった風に顔をあげた。目元の毛並みが濡れて乱れている。シリルは慣れた様子で神官服の袖を使いぐいぐいと拭ってやった。まん丸な黒の瞳に見つめられた彼は、口をとがらせて頭を掻いた。

「見ただけじゃどっちか分かんねえ。人間は魔獣ほど嗅覚が鋭くないから匂いで判断とか無理なんだよ。『僕』とか吠えてっけど、実は『ボクっ娘』な魔王陛下かもだろ。間違えるとか失礼なことして灰になりたくねえ。教えてくれよ」


 現在進行形で無礼千万な台詞を吐いたシリルに、モニカが思わずといった風に笑い交じりの鳴き声をあげた。『ボクっ娘』な御母様を想像した尻尾が、ふるふると震える。

 何笑ってんだ、と黒毛玉を小突いた元神官見習い世話係は、新米育メン魔獣に目線をやった。

 翠の瞳に促されて、御父様がおずおずというふうに口を開く。

「え、えっと、モニカ」

 しかし、その言葉は、彼の愛し仔によってさえぎられた。


「……ごめんなさい」

 小さな声だった。

 天狼の耳でなければ拾えないほど小さな声を、ぴくぴくと耳を動かして、御父様は必死に聞き取った。


「い、いいんだよ。僕も脅かし過ぎたね。ごめんね、モニカ」

 モニカの乱れた毛並みを、御父様がゆっくりと毛繕ってやる。

 しかし、安心したのか、モニカの涙はなかなか止まらない。

 御父様はどうしたものかと耳と髭と尾をへたらせた。背も丸めれば、巨大な銀毛玉のできあがりだ。

 こういう時は、驚かすのが一番いいんだよなー、と考え込んだシリルの頭上から声が降って来た。


「おい」


 え、と見上げた一人と一匹の目に、御父様の頭の上に乗った丸いシルエットが映った。


「私は何時までここで毛皮を堪能していればよいのだ」


 あ、忘れていた。小さく鳴いた御父様が、慌てて風魔術でソレを降ろした。

 やれやれと移動に少し着崩れた神官服を直すのは――魔獣ブタ―ことギルバート副神官長であった。

「ふふん。この私が来たからにはもう安心だぞ、シリル、アルフォンス!」


 胸を張る球体が、丸くなったモニカの瞳に映る。その涙は気付かぬうちに止まっていた。

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