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So what?  作者: らいとてん
第4章 パレヴィダ神殿編
62/86

【42】それでも可愛いのが仔というもので。

 一角獣は本能に忠実な魔獣だ。彼らは心のままに野を駆け、命を食み、泡沫に微睡む。

 その生き様は、いっそ潔いほどに己の欲望に忠実である。

 なぜ知性の高い魔獣ではなく、この『獣』が聖獣とされたのか。

 それは、振りまわされる世話係をはじめとして多くの人々が抱いてきた疑問であった。

 

 パレヴィダ教創設期の史料は大半が失われてしまっている。

 もはや我々に正しい答えを知るすべはない。


 それでも多くの研究者達が、この歴史の謎に挑んできた。近年における研究方法の主流は、反証可能性のある仮説を立て、反証されない限り正しいとするものだ。

 研究には実証データが不可欠である。直接一角獣を観察するためにパレヴィダ教に入信する研究者数は年々増加してきている。


 研究者出身の神官は確かに一角獣の生態に詳しく、世話係として適性がある。

 しかし、一角獣の世話係に求められるのは、知識だけではない。一角獣を敬い愛おしみ、彼らと共に生きる術を見いだす姿勢がなくてはならないのだ。

 残念なことに、研究者の大半は、我らの聖獣をただ単なる実験魔獣程度にしか考えていない。

 中には、卓越した知識と、溢れんばかりの『愛』で、類稀なる世話係として名を残す者もいるが、それは例外である。研究者出身の神官は、大部分が一角獣の世話係に選ばれずに不満を抱いているものだ。

  

 彼らに接する際には、この点をよく考慮することが求められる。

 

(パレヴィダ本神殿教皇特別所有私本『全ての神官に尊敬されよう! 30日で完成☆理想の教皇になる方法』第二章 研究者出身の神官編 より抜粋)

 



 *** 




 ホロホロと零れる温かな水。

 黒く艶やかな毛皮を濡らす滴に、モニカは耳をへたらせる。

 己の黒毛に顔を埋めたシリルを、ゆるりと長い尾で覆えば、その背は緊張を緩ませた。

 しかし、それも一瞬のことで、再びその彼は何かを思い背を強張らせてしまう。

 モニカは、どうしたものかと黒の瞳を伏せた。


 予想外。今回の件は、その一言に尽きた。まさか、髪を切ることが死罪に結びつくとは思っていなかったのだ。殺すつもりなど、あるはずがない。


 給仕をしてくれた神官見習いユーリウスを思う。かぼちゃプリンは柔らかく美味しかった。紅茶は、鋭敏な魔獣の舌に合わせて少しぬるめで出してくれた。


 きっと。モニカは、彼女にすがりついたまま何かを考え込んでいるシリルを見やった。きっと、彼が守りたいと願ったのは、ああいう子達なのだろう。自分にとってのコーキで、御母様にとっての自分のような、そんな大事で愛おしくて、何よりも大切にすべき存在。そういう存在を、モニカは間接的にせよ殺す原因を作ったのだ。怒鳴られても仕方があるまい。


 (コーキを隷従させようとした件があるにせよ、ユーリウスを含めて皆殺しは、やり過ぎだよね。黒の魔王といわれても仕方が無くなっちゃうよ)


 この事態をどうすべきか。モニカは髭までへたらせて困り果てた。



***



 いっそのこと王都を爆散させたらいいんじゃないか。良い方策が思いつかず、モニカが魔王化しつつあった。その時だ。彼女は神殿に近づく魔力を感じた。

 黒毛におおわれた背を、冷たい汗が流れる。

 焦りに制御を失い、零れた魔力に、尾がふわりと膨らんだ。

 壁際でアルフォンス神官と話していたヴォルデに注意を促す時間もなく、ソレは唐突に現れた。


 ガラスと大理石が砕ける破壊音と共に視界が土埃で覆われる。同時に、何度目になるか分からない魔力が混じった暴風が彼らを襲った。モニカはとっさにシリルを尾で包みかばう。ヴォルデとアルフォンスは馴染みのある魔力によって保護されていた。

 人間達は何が何だか分かっていないようである。しかし、モニカには分かった。先ほど感じた魔力が、周囲に風を纏ってベランダから応接室に突っ込んできたのだ。


 風が止み、舞い散る土埃が治まっても、モニカは眼をつぶったままでいた。

 獣の本能が教えるのだ。

 あちらに、嫌なものがある、と。

 敵ではない、しかし、倒し喰らえば良いだけの敵よりもよほど厄介で恐ろしい存在がいるのだ、と。


 シリル神官が呟く声が聞こえた。

 「ブタ、と……銀の賢獣?」


 同時に、地獄の底から響くような唸り声がした。

「モニカ」

 名を呼ばれたモニカは、全身の毛を膨らませ、恐る恐るベランダに続く扉が『あった』方を見やった。

 はたして、そこにいたのは副神官長と――全身の銀毛を膨らませた御父様であった。


 怒りに零れた魔力が、室内で火花を散らす。尾は膨らみ、蒼の瞳を激情に輝かせて、御父様は再び低く唸った。

「モニカ、僕は言ったはずだよね」

 ゆっくりと優しい声音だった。なのに、どうしてだろう。

 モニカは耳を伏せて低い体勢になりながら思う。

「今回は、ヴォルデ殿の視察を見ているだけでいいと、言ったよね。……私は、神官達の髪を切れ、などと、言った覚えはないよ、モニカ」



 ――御父様、こわい。


 その時、黒毛玉の頭に浮かんだは、その一言だけであった。




***



 御母様は放任主義である。愛し仔がどのようなことをしようと、大抵のことは吠え飛ばして終わる。

 しかし、御父様は魔獣版教育パパである。愛し仔達に知識を与える分だけ、彼は責任をもってその正しい使い方を教えることにしていた。

 

 洗毛料の開発に失敗したエルティナが、王宮を泡とフローラルな香りで満たした時も、

 副神官長のお菓子を盗み食いしたリーナスが、口元に菓子屑をつけたままだった時も、

 飛翔魔術で本を浮かそうとしたアルクィンが、離宮を空飛ぶ城にしてしまった時も、

 腹をすかせたバルトロが、人間の牧場に『盗み踊り食い』に行った時も、

 

 御父様は愛し仔達と『オハナシ』をしてきた。


 失敗するのは悪いことではない。

 本能のまま生きることは魔獣のさがである。


 けれども、と御父様は愛し仔達に説いた。

 

 魔獣と人が共に暮らすためには、互いを尊重することが求められる。

 そうしなければ――再び大戦が勃発してしまう。


 そうなれば、今度こそ、この世界は滅びる。

 少なくとも、明日が当たり前に来る今日は、失われてしまうだろう。


 二度と、大浴場に入れなくなってもいいかい。御父様はエルティナに尋ねた。

 二度と、甘いお菓子が食べられなくなってもいいのかい。御父様はリーナスの口元を毛繕った。

 二度と、人の本が読めなくなってもいいのかい。御父様はアルクィンと共に人の世を見下(みお)ろした。

 二度と、料理長の料理が食べられなくてもいいのかい。御父様は、バルトロに向かい咆哮した。


 そうして、それでもいいというのならば、と御父様は優しく吠えるのだ。


 「この父の屍を越えてゆくがよい」


 魔獣は実力主義である。例え親であっても弱ければ仔は尊重しこそするが従いはしない。

 仔に言うことを聞かせるためには、己が強いことを示さなけらばならないのだ。

 ――魔獣の『御説教』には、時に肉体言語が求められる。


 


***



 「僕たち魔獣には不条理に映ることも、人にとっては道理となる。異議を唱える時は、それ相応の手順が必要なんだ。ここは、人の地だからね。モニカ、分かったかい」


 多分、分かってないだろうね。怒った『フリ』をした御父様は内心で溜め息をついた。


 なにしろ、まだ六歳である。確かに魔獣は精神的成熟が早く、モニカは聡い仔だ。それでも、世の理を解するには若すぎるだろう。

 彼の脳裏を他の愛し仔達を叱った時のことがよぎった。


 エルティナの時は、王宮中の水道管が破裂して、巨大な水鉄砲が襲ってきた。

 リーナスの時は、大地が割れて煮えたぎったマグマをぶつけられた。

 アルクィンの時は、宙空に浮かんだ離宮を投げつけられた。

 バルトロの時は、母親によく似た牙を剥きだし噛みついてきた。


 自己の生き方を否定する存在に対して防衛本能を無意識のうちに働かせ、『敵』を排除しようとする。それは、魔獣としての本能だ。力で抗する仔を、絶対的な力でねじ伏せて、初めて親の言葉は仔に届くのだ。


 仔育てって、こんなに命懸けのものだったんだね。びしょ濡れで、焼け焦げて、疲れ果てて、傷だらけの御父様は国王に愚痴った。ああ、それでも可愛いよ愛し仔、超可愛い。


 さて、その愛し仔の中で唯一叱ったことのなかった仔が、モニカだ。

 普段は非常に良ゐ仔である分、稀にとんでもない方向で大爆発を起こす仔である。

 これまで叱る機会を逃してきたが、今回は怒らざるをえない。


 この仔は、どうくるだろうか。

 御父様は、己を見上げるモニカを魔力で威圧しつつ身構えた。

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