【38】シリルとパレヴィダ神殿(3)
12/23改稿(第38話前半の一部を第36,37話に移しました。)
『生きる屍』『白亜の囚人』……パレヴィダ神官を語る隠語は否定的なものが多い。
我らがパレヴィダの掟に縛られて生きているためであろう。
全ての神官は生命与奪権を国家に握られている。
その最大の象徴は、一角獣を聖獣として各神殿に配置していることであろう。
一角獣は、各地の領主及び王族の血縁者が契約した魔獣である。
パレヴィダ神官は強大な力を持つ魔獣に常に監視されて生きるのだ。
しかし、この20数年を一角獣の世話に捧げてきた私は時に思う。
この自由気ままな魔獣を人間の思惑に従わせることなどできるのだろうか、と。
(パレヴィダ本神殿記録文書『お世話係の手引き(はじめに)』より抜粋)
***
風に靡く艶やかな鬣。
太陽に輝く純白の角。
馬に似た体躯もまた白く、よく手入れされていることが分かった。
(白い)
初めて見る一角獣に、シリルは翠の瞳を丸くした。
アルフォンスと共に幼い神官見習い達に手を引かれて通りがかった中庭。
その庭園で草花を食む一角獣に気付き、シリルは足を止めた。
「どうした、シリル?」
不思議そうに振りかえったアルフォンスがシリルの目線を追う。
彼は目を丸めて叫んだ。
「た、大変だっ。一角獣様が脱走してるではないか。しかも、あれは庭園担当が大切にしてる薬草だぞ!」
アルフォンスの慌てた声に、なるほど、とシリルは納得した。
普段は奥庭で選ばれた神官がお世話しているはずの一角獣がなぜ中庭で呑気に庭を荒らしているのか、と不思議に思っていたのだ。
(逃げたのか)
急いで神官を呼びに行こうとするアルフォンスに、シリルはちょっと待てと呼び止めて神官服の下から縄を取りだした。
「シ、シリル……? どうしてそこから縄が、いや、それよりもなんで縄を、そして、何をする気……」
彼の言葉は途中で途切れた。
『どうする気』かをシリルが実演したためである。
空を切った投げ縄は、見事に一角獣の角に掛った。
そのまま一方の端を通路の柱に結び、満足げにシリルは頷いた。
固まっていたアルフォンスが叫んだ。
「シリル。アレは一応聖獣だぞっ」
(微妙に本音が漏れていた)
事態を静観していた少年神官見習い達が歓声を上げた。
「すごい!」
「シリル様、かっこいいー」
「僕もやってみたいっ」
(教えたところ、「ギルバート司祭長でボンレスハムごっこ」が後日流行った。アルフォンスに怒られた)
駆けつけた世話係の神官が呟いた。
「この騒ぎの中でまだ薬草を食べ続けるとは、一角獣様……。あの司祭長といい、この神殿では食い意地の張った生物が上の地位につくのだろうか」
(一角獣の好物と分かった薬草『キリキリ草』が後に彼らへの供物に加えられるようになった。角をうねうね光らせて喜ぶ、と世話係の神官が笑っていた)