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So what?  作者: らいとてん
第4章 パレヴィダ神殿編
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【番外編】『第一王女とアルクィン』、『第二王子とエルティナ』

 ***『第一王女とアルクィン』****


 『おおきいの』は魔の森に帰りたくて仕方が無かった。


 彼は仔犬となった体を精一杯縮ませて、王庭の茂みに身を潜めていた。

 濃緑に閉ざされた視界の向こうから、「御仔様ー!」と声を張り上げて彼を探す官吏達の声がしている。


 ふるふると震える『おおきいの』は耳を伏せ、瞳を閉ざした。


(……魔の森に、温かな巣に、戻りたい)


 前足に顔を埋めて、だって、と彼は思う。


(モニカ姉さんを、攫ったのは、人間だった)

(なのに、なんで、モニカ姉さんは人間なんかと盟友になったんだろう)

(最近『みみなが』と『ちいさいの』は、

 盟友になった人間と遊ぶのだと忙しそうだし)

(『おなが』は女官達と湯あみとかブラッシングをしてばかりいる)



 まだ王都に来て三日しか経っていないというのに、

 兄弟達は次々と人間と盟約を結んでいた。


 『みみなが』こと『バルトロ』は、人間の王国に到着した日に謁見の間で第二王女に馬乗りになって盟約を結んだ。


 『ちいさいの』こと『リーナス』は、二日目に、人間の戦いを見るために行った闘技場で訓練中だった第一王子を気に入ってその場で盟約を結んだ。


 『くろいの』など、自分たちがこちらに来る前に、自分で盟友を選んでしまった。


 まだ契約をしていない自分が置いていかれてしまうような気がした。


 今まで自分達だけだった家族の輪に人間が次々と入ってきた。

 自分だけのものだった家族を人間にとられた気がした。


 みゅぅ、と『おおきいの』は小さく鳴いた。


 結局のところ、『おおきいの』は寂しかった。

 兄弟達の中で一番大きな幼獣は、一番の寂しがり屋でもあった。


「御仔様ー!」

 随分遠くから官吏が呼ぶ声がした。

 まだ『おおきいの』を探しているらしい。


(そろそろ戻らないと)


 はぁ、とついた溜息に銀のヒゲが揺れる。

 自分は、はたして『御仔様』でもなく『おおきいの』でもない名を得ることはできるのだろうか。


 『おおきいの』は匍匐前進で茂みから這い出た。

 銀毛に絡みついた土や葉を口でくわえて取ろうとした彼の頭上に影がさす。

 紫色の瞳をきょとんと丸くさせた彼を見下(みおろ)すの、幼い少女だった。


「こいぬだー」


 え、と思った瞬間に持ち上げられた。

 むぎゅっと彼を胸許に抱きしめて少女は足取り軽く王宮へと向かう。

 何かを楽しそうに口ずさみながら。


 後に知った彼女のお気に入りの童唄は、仔犬と王様が骨付き肉を奪い合うという、よく分からない内容だった。


 契約を未だ成しておらず、魔力の込められていない人間の言葉の意味は分からなかったが、彼女が随分とご機嫌なのは分かった。


 見上げた瞳は、兄弟たちと同じ紫色で、太陽の光を受けて透明に澄んで輝いていた。


 ご機嫌な少女の歌声と、

 幼い子供特有の高い体温に、

 抱きしめらたまま、ゆらゆらと揺れながら『おおきいの』は思う。


(人間の歌う鳴き声も、悪くない)



 そのまま眠りに落ちた『おおきいの』は、知らなかった。


 幼い少女が第一王女であることも、

 第一王子の双子の妹である彼女が第二王位継承権者であることも、

 彼女の天真爛漫さに自分が振り回されつつも、エミリアだから仕方が無い、と自分が幸せそうに耳をへたらすことも、


 何も知らず、寂しがり屋の幼獣は眠りについた。


 春の日差しの中、温かなぬくもりに包まれて、幼子の楽しげな歌声を耳に響かせながら。




 ***【35.5話】『第二王子とエルティナ』***


 エルティナにとって人間は何とも不可解な動物だった。

 

 わざわざ自分の縄張りを『家』とかいう空間に狭め、

 窮屈そうな『服』に自分の体を閉じ込め、

 『時間』に追われる彼らは非常に奇妙な生き物だった。


 知れば知るほど理解できない習慣の数々ではあった。

 しかし、ごく僅かに彼女の気を引いたものがあった。


「『入浴』と、『髪の手入れ』は、認めてもいいわ……」

 己の尾を眺めてエルティナは満足げに鳴いた。

 長く優美な尾は彼女の誇りであった。

 人間の手入れを受けることによって、その尾はますます艶やかで柔らかい手触りとなった。


 ご機嫌な彼女は尻尾をピンと天に向けてトコトコと廊下を歩いていた。

 目指すは第45書庫だ。


 王宮内には100を超す書庫がある。

 遥か昔に人間の国は統一された。

 これにより、『本』(短命な人間の一族が使う記憶の承継方法)が戦火等の不確定要素により焼失することがほぼ無くなり、大量の本が歴史的資料として王宮内に保管されるようになった。


 ただ、そのあまりの膨大さから、第91以前の書庫は滅多に利用されない。

 1000年以上も昔の資料は、歴史的には意味があるが、現代の政策や研究には古すぎて役に立たないとされているらしい。


 今では第90番目までの書庫を使うのは、よほどの熱心な研究者か酔狂な暇人か、といった具合になっていた。


 ***


 第45書庫は小さく扉が開いていた。

 埃っぽい通路にエルティナは小さくくしゃみをした。

 ヒゲを震わせ、彼女は小さく唸った。


(折角ブラッシングしてもらった毛皮が埃まみれになってしまうわ。……それに)


 三列先の本棚。その奥から漏れてくるランプの明かりに、小さくエルティナの尾が揺れた。


(それに、体に悪いわ。あの人間の仔の)



 ***


 その子供は本に埋もれるようにして座り込んでいた。

 彼を囲むのは薬草学、特に魔力に反応する植物に関する専門書であった。

 まだ小さな手で分厚い本を支えながら、幼子は眉間にしわを寄せて、その内容を読みふけっていた。


 埃だらけの赤毛と、ランプで照らしても暗い室内、己に気付きもしない幼子に

 エルティナは尾を膨らませた。

 

 (せっかくの綺麗な赤が台無しじゃない)

 (紺色の瞳が悪くなるわ)

 (……私が遊びに来てあげたのに、気づきもしないのね)

 

 くぅっと一声鳴いて、彼女は、少年と本の間にもぐりこんだ。

 見上げれば、瞬く紺の瞳。

 少しだけ、彼女の姉に似ている色。


「あれ、また遊びに来たのかい?」

 大きな瞳を丸めた少年は、紅葉の手でエルティナを優しく撫でた。

「君も変な仔犬だね。本を読んでばかりの僕といても楽しくないだろう?」

 何も知らない少年は、

 大好きな薬草学のこと以外、何も知ろうとはしない少年は、

 そう言って笑って、

 エルティナを抱えたまま再び本の世界へと戻って行った。


 紺の瞳に、己の艶やかな毛並みが映ったのは一瞬だった。

 むぅっと唸ってエルティナは少年の膝の上で己の尾を枕に丸まった。

 

 邪魔はしない。

 どんなに不満でも。

 少年が、へんてこりんな人間が、

 薬草学の本を読んでいる瞬間が好きだというのならば、

 それで幸せだというのならば、

 好きなだけ読んでいればいいと思う。


 幸せであれ、と思う。


 ほんの時たま、気まぐれに少年が自分を撫でてくれる瞬間、

 その時の自分のように。

 

 ***


 エルティナが変人ぞろいの王族の中でも異色の、何を思ったのか薬草学者を目指している第二王子を知ったのは、それからしばらくしてからだった。


 王族の義務だと銀の女王の御仔を歓迎する茶会に引きずり出され、不満げに本を抱えている少年を見たエルティナの蒼の瞳が丸くなるのは。

 

 驚きに全身の毛を膨らました銀毛玉に、同色の兄弟が3匹もいるにも関わらず、世話係の女官達でも間違えることがあるにも関わらず、迷うことなく手を伸ばした第二王子が、「やぁ、また会ったね」と笑うのは。


 彼のいる書庫の扉がいつも小さく、そう、仔犬一匹が通れる分だけ空いていた理由を彼女が知るのは。


 それからしばらく後。

 彼の膝の上で丸まっている銀毛玉が、少年が飲食禁止の書庫にこっそり持ち込んだ燻製を目の前で揺らされて思わず前足を伸ばして彼の膝から転げ落ち、一人と一匹が本の山に埋もれる、その先にある未来の話だった。

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