【4】初めてのピクニック(食料は現地調達です。)
「よく見ているのだよ。愛し子達。一番簡単な狩りの方法を教えてやろう」
狩り場の草原で、母親の魔獣が瞳をギラリと光らせた。
そして―――次の瞬間、目の前の草むらが燃え上がった。
無残に焼けただれた大地の上で、こんがりと色づけされたえ兎がひっくり返って絶命している。三分すらかからずクッキング終了の早業だ。……って、お母様、それなんて荒技!?
『くろいの』が、自分達の母親が魔獣であると実感した瞬間だった。
「さあ、やってごらん。ただし、間違えて兄弟達を燃やさないように気をつけなさい」
そう母親に言われたものの、はい分かりましたといって簡単にできるものではない、と『くろいの』が弟妹達を振り返れば―――
「ていっ」
「とりゃっ」
「えいっ」
「にくっ」
よく分からない掛け声とともに、いとも簡単に草原のあちらこちらに丸い焼け焦げを作っていた。約一匹、切実な欲望を感じさせる掛け声があった気がする。
むむ、弟妹達に引けを取るのは長女(一番最初に生まれたらしい)の沽券に関わると、『くろいの』も、見よう見まねで魔力を集める。
運のいいことに、鼠が一匹、目の前の草原を駆けていく。
『くろいの』はその鼠が次に進むであろう場所を睨みつけた。
「燃えろー!」
叫んだ瞬間、目前の草むらが燃え上がる。
燃え上がったが……火の勢いが収まらず、どんどん燃え広がっていく。
このままでは不味い。鼠は美味いが、まる焦げでは食べられない。
焦りのあまり思考の方向性がずれてしまっているが、とにかく火を消そう! と考えて『くろいの』は叫ぶ。
「消えろ!」
次の瞬間、ぼうぼうと燃えさかる炎の上に、大量の水の塊が生まれた。
水に押しつぶされるようにして火が消えた草原に水蒸気の靄が立ちこめる。
とりあえず火は消えた。『くろいの』はほっと息をついた。
「愛し子よ」
なるほど、魔獣のイメージに合わせて魔力は発動するのか、一つ勉強になった、などと『くろいの』が考えていると、突然後ろから声をかけれた。飛び上がった彼女が振り返れば、黒い鼻面に皺を寄せ、渋い顔をした母親がいた。
『くろいの』の背から腹に冷や汗が伝い落ちる。やりすぎたか、と背後の惨状に対する叱責の予感に耳を伏せた彼女に、母親は苦い声で言った。
「蒸し焼きとは、我が愛し子は父親に似て随分と食通のようだ」
へ? と『くろいの』が顔を上げたが、そんな彼女に気づいているのかいないのか、母親は構うことなく続けて言う。
「食にこだわるのは良いことだが、あまり父親に似るでないぞ。我が愛し子よ。特に女たらしなところは、な」
初めて聞く『父親』という言葉に黒い目を丸くする『くろいの』に、母親は蒼の目を細めて笑う。
「まったく。お前は父親に一番よく似たようだな。詰めが甘いところも含めて」
母親が視線をやった先を追い、『くろいの』は叫んだ。
「私の獲物―!」
見れば、『くろいの』による大規模火災の犠牲となった獲物に弟妹達が群がっている。
最初の火で、食べるのに邪魔な毛の部分が焼かれ、消された火の余熱を含んだ水蒸気に程よく火を通された獲物の味は絶品であったそうだ。満足げに口の周りを舐める弟妹達に、褒められても嬉しくないと尻尾を膨らませた『くろいの』であった。
拗ねてしまった『くろいの』に慌てて弟妹達が獲物を仕留めて貢物にする様子を、蒼の目を細めて母親は見守る。
「未だ教えぬうちに自ら火と対をなす水の魔力を使うたか。なんとも優秀なことよ。我が愛し子はまこと魔に愛されているとみえる……父親に似て」
母親は、そう呟くと、そろそろ獲物に埋もれそうな『くろいの』を助けに、ゆっくりと尾を振りながら歩き出した。