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So what?  作者: らいとてん
第4章 パレヴィダ神殿編
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【30】ダイナミック教育法と教育パパン魔獣バージョン

 感謝の念を込めて、モニカはユーリウスの頬を一舐めした。

 うひゃぁ、とくすぐったそうに笑った少年に、モニカはふふっと微笑む。

 失礼しましたっ、と元気に退出の挨拶をした彼に、モニカは尾をゆったりと左右に振った。


 ゆっくりと振り返ったモニカは、熱心に話し合っている銀狼騎士団長ヴォルデと神官シリルを視界に収め、牙を剥きだしてひっそりと笑った。

(さて、お仕事の時間だー)

 二人は気づいていなかった。

 彼女の黒い瞳に物騒な光が灯ったことに。


***


「ヴォルデ、私にもその書類を見せて」 


 御父様は、今回はヴォルデの仕事の仕方を見ていれば良いと言っていた。しかし、モニカは、眺めるだけで済ますつもりはなかった。異世界召還は、人間が思うほど簡単なものではない。召還対象が死ぬことはざらであり、この世界に掛る負荷は甚大だ。一つ間違えば、この世界が滅んでいたかもしれない。しかも、パレヴィダ神殿は、よりにもよって彼女の宝物――コーキを異世界召還という危険にさらしたのだ。


(この人達、絶対にコーキを隷属させようとしていたよね)


 モニカが小坂光輝を神殿から救い出す際に、神官達は盛んに『コサカコウキ』と彼の名を叫んでいた。何故フルネームなのかを疑問に感じた彼女は、弟に気付かれぬよう、こっそりと御父様に相談した。

 

 そして、『服従の腕輪』の存在を知ったのだ。

 

 服従の腕輪とは、その名の通り、相手の真名を呼ぶことで使人者への隷属を強いる魔術具だ。パレヴィダ神殿の生臭坊主どもは、そんなものを、こともあろうに彼女の大切な宝物に使おうとしたのだ。

 

 召喚魔方陣に服従の術式を見つけ、モニカは激怒した。

 一瞬、パレヴィダ神殿を灰にかえてしまおうかな、とも考えた。

 そんな彼女が、ここまで大人しくしていたのは、コーキのためだ。ここで暴れて、弟の返還の儀に支障が出ると困る。そう考えた彼女は、じっと耐えてきた。さながら獲物を狙う肉食獣のように。パレヴィダ神殿に牙をつきたてる、その時を。


***


「ああ、構わないが……書類が読めるのか? その肉球で」

 深紅の絨毯を踏みしめているモニカの前足に目線をやって、ヴォルデは尋ねた。

「御父様が、本を読むときのために作ってくださった術式があるんだ」

 

 魔獣が人間の中で生きていると、どうしても細かい作業が必要になる。そういう時に魔術を使えば、最小限の魔術で最大限の効果を得ることができる。


 魔力で解決することも可能だが、力加減が難しく、魔力を無駄に消費しがちだ。


 例えば、


 魔力でお湯を沸かそうとしたエルティナは、東の離宮をまる焼けにしかけ、

 ――御父様が慌てて魔力で水を呼びだし、消火して、


 魔力で薬草を摘もうとしたアルクィンは、庭師が丹精を込めて作り上げた庭を大地ごと宙に浮かせ、

 ――面白がったバルトロが、庭を復元する前に作った落とし穴に御父様がはまり、


 魔力で高い位置にある皿を取ろうとしたリーナスは、由緒ある白磁の皿を空の彼方に旅立たせ、

 ――一枚、二枚、三枚……一枚足りない……と恨めしげに呟く離宮官吏を見た御父様が悪夢に魘される、



 といった風に、御父様と離宮官吏達は完全に愛し子達とその魔力に振りまわされていた。

 ちなみに、御母様は、「全てのものは、いつかは無に帰す。それが、今か千年後かそれより先か、それだけのことだ」と、牙を剥きだして微笑むだけだった。

 

 耳とヒゲをへたらせた御父様は、幼魔獣達に人間と暮らしていく上で必要となる魔術を必死に教えた。幸いなことに幼魔獣達は皆、彼の魔術の才を受け継いでいた。術式を構築して魔力を流す方法をすぐに覚え、中には自ら新しい魔術を編み出すものまでいた。


 満足そうに尾を振る御父様は気づいていなかった。

 遊びたい盛りの幼魔獣達に『魔術』なる新しい玩具を与えればどうなるか、に。

 魔術は魔力が小さい人間が強大な魔獣に対抗すべく編み出した術式だ。では、強大な魔力を持つ魔獣がそれを意のままに操れば、どれほどの威力になるのか。


 その答えを御父様が知るのは、それからしばらく後、魔獣一家が住まう離宮を管理する宮内省長官の声にならない悲鳴を聞いた時だった。



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