【3】獣達の咆哮
それは、よく晴れた日のことだった。
「よし。そろそろ狩りの練習をするか。我が愛し仔たちよ」
母親の宣言に、洞窟暮らしに飽きはじめ、外の世界に出たがっていた弟妹達が飛び跳ねる。耳をピンと立て、尻尾を振りまわす姿は、なんとも微笑ましいものだった。
「かりー。かりー」
「にくー。にーくー」
「めっしっ。めっしっ」
「えっさ、えっさっ」
洞窟の中に響く舌足らずな鳴き声の内容は、物騒極まりなかったが。
母親が一匹一匹と目を合わせながら幼獣達に言い聞かせる。
「私から離れるでないぞ、我が愛し子達よ。外は、危険に満ちているのだからな」
最後に、母親は『くろいの』をしっかりと見据えて言う。
「特に、お前は絶対に私のそばから離れるな。お前の色は太陽の下では注意を引きやすい」
その言葉に『くろいの』は耳を伏せて俯く。
『黒色』が、彼らの種族において異端であると知ったのは、つい最近のことだ。
その時まで、家族にこそいないが、探せば自分と同じ色の魔獣もきっといるのだろうと思っていた。だが、ある時『くろいの』の毛繕いをしてやりながら母親がポツリと呟いたのだ。
「本当に、夜の闇のような色だな。万の月と日が昇り沈むのを見てきたが、ついぞ我が愛し子のような色合いの同朋には会ったことがない」
『くろいの』は、その時初めて知った。『黒色』の獣は稀少種であると。
少なくとも前世でいう『アルビノ』や『四つ葉のクローバー』程度には、珍しく……人の興味を引きやすい。それは、世界が『くろいの』にとって優しい存在ではないということだ。
異端の存在は、外敵の注意を引きやすい。
それは、近くにいる母親や弟妹達をも危険に巻き込む可能性を意味する。
やはり、今日の狩りに自分はいかないほうがいいのではないか……。
ぐるぐると考え始めた『くろいの』は耳を伏せる。俯いた視界に大きな影が映った。母親だ。彼女は、ひょいっと『くろいの』の首筋を口でくわえて、洞窟の外へと歩き出した。弟妹達は母親を追いかけながら「いいなー」「ぼくもー」と、その足元に無邪気にじゃれつく。
「なっ、なにっ!?」
四足をばたばたさせる『くろいの』に、母親は仕様がない奴だというような視線をやり、ペイっと首を振ってその背に乗せた。そして、ニヤリと牙をむき出しにして笑うと大音声で吠えた。
「お前達、『くろいの』が好きかー!?」
間髪入れずに、幼獣達の吠え声が洞窟内に響き渡る。
「すーきー」
「すきだー」
「だいすきー」
「あいしてるー」
いきなり自分への愛を叫び出した彼らに、『くろいの』は眼を白黒させた。
そんな彼女を置いてきぼりにして、第5回家庭内愛の告白大合戦は続く。
「ならば、『くろいの』に仇なす奴らなぞ、我らが牙で引き裂いてくれようぞ!」
母親の魔獣が、蒼の瞳をギラギラと光らせて咆哮すれば、
幼獣達が、蒼の瞳をキラキラと輝かせて雄叫びで応える。
「ひっかくぞー」
「かんでやるー」
「たべちゃうよー」
「ころちゅのー」
洞窟に響く内容は、相変わらず物騒極まりないものだった。
黒の獣は、初めて自分が黒色でよかったと思った。
だって、黒色だから、赤くなった頬に気づかれることがない。
だって、黒色だから、赤くなった眼の縁に気づかれることがない。
だって、黒色だから……家族に『くろいの』と呼んでもらえる。
母親の背の上で、『くろいの』は腹の底から大音声で吠える。
「よおし、出発だー! 狩って殺して食べまくるぞー!」
魔獣達の思考に大分染まっている『くろいの』だった。