【番外編1】『天からキラキラと舞い降りるもの』
*砂吐き注意。恋愛要素が苦手な方は回避して下さい。
*らいとてんが己の限界に挑んだ激甘番外編です。苦いコーヒー又は濃い抹茶をご用意の上、服用ください。ちなみに、作者は自分で書いていおいて胸やけに苦しみました。
塔の上からキラキラと輝く何かが舞い降りてくる。
目を瞬かせると、滲んだ視界がはっきりした。
あれは何――否、誰だ?
――その声を聞いた瞬間、ヴォルデの胸の奥から何かが溢れ出た。
***
勇者帰還の儀を無事に終え、モニカ達は、住まいとしている離宮に戻ろうとしていた。しかし、モニカは塔から降りるに降りられなくなっていた。理由は、目の前で睨み合う三頭だった。
「モニカ姉は僕が乗せるんだ!」
リーナスが大音声で吼える。
アルクィンは、そんなリーナスを見下ろして、ふふんと牙を剥きだし笑った。
「リーナスは僕たちの中で一番小さいじゃないか。一番大きい僕の方が乗り心地が良いはずだよ」
エルティナはそんな二頭を長く優美な尾でベシベシと叩く。
「あら、私の毛並みが一番触り心地がいいのよ。私が一番乗り心地が良いはずよ!」
モニカの横に伏せているバルトロは、そんな三匹を呆れ混じりに眺め、くぁっと奥歯まで覗かせて大欠伸をする。
「どうする? モニカ姉。帰りも俺が乗せようか?」
バルトロは行きに人態のモニカを乗せて来たため、帰りは他の弟妹に譲る余裕を見せていた。その彼の抜け駆けとも言える台詞に、他の三頭が一斉に吼える。
「だめーっ」
「却下!」
「お黙りなさい」
バルトロは、へいへい、と人間臭く肩をすくめ、伏せたまま目蓋を閉じた。既に中天に差し掛かった太陽の日差しが燦々と降り注ぐ屋上は、絶好の昼寝場所であった。日の光に銀毛を輝かせ、バルトロは気持ちよさそうに眠り始めた。
バルトロの横で弟妹達の言い合いを眺めていたモニカは、これはもう暫くかかりそうだ、と判断して、両親の元へ駆け寄る。仔魔獣達と共に離宮に帰ろうと待っていた彼らに、弟妹達の決着がつくまで自分は待つので、先に帰っていて欲しい、と彼女は告げた。
御母様は、少し考えた後に、よかろう、と頷いた。
「私が乗せて帰ろうかとも思ったが、そうだな、先に帰るとするか。人の王の番に過保護は良くないと言われたことだしな。だが、愛し子よ。お前は、まだ人態に慣れておらぬであろう。気をつけて帰ってくるのだぞ」
御母様は蒼の瞳を優しく細め、人の姿をした娘に、そっと頬ずりをした。
御父様は少し思案するように尾を揺らした後、そうだね、とモニカに頷いてみせた。ただし、と彼は蒼の瞳を輝かせ、モニカの肩に銀毛に覆われた前足を乗せる。首を傾げた彼女の視界で、御父様の前足が銀の光を放った。光が収まった時、モニカはセーラー服ではなく、貴族の子女が着るような乗馬服に身を包んでいた。よく似合うよ、と御父様は尾を大きく振った。
「この服ならズボンで足が隠れるからね。人間の女の子は素足を晒してはならないんだよ」
また今度、人間の女の子としての常識を教えてあげよう、と優しく吼える御父様に、元女子高生としての立場が……、と項垂れたモニカだった。
***
モニカは塔の端から御母様と御父様を見送った。何気なく下を覗いた彼女は、遙か下の地上からこちらを見上げている人物に目を瞬かせる。王都一高い銀の揺籃、その屋上からであっても、彼女には男が誰かが分かった。そういえば、コーキを送り出す準備や人態の術を練習するために、一週間ほど会っていなかった、と男の顔に焦点を当て、彼女は黒の瞳に魔力をこめた。
天狼の瞳は、狙いを定めれば、例え千里先であろうとも鮮明な光景を映し出す。
その瞳が捕らえたのは、ひどく憔悴した銀狼騎士団長――ヴォルデだった。
長い黒髪は、無造作に束ねられ、何日も櫛を通していないかのようにぼさぼさであった。顔は無精髭に覆われ、目は落ち窪み、濃い隈に縁取られている。銀狼騎士団の隊服も皺が寄り、純白の布地は所々、紅茶の染みが出来ていた。
何よりも彼女の心を捕らえたのは、何かに耐えるように歪んだ、男の表情だった。ヴォルデは只でさえ強面だ。そんな彼が黒の瞳をギラギラと光らせて塔を睨む様子には、剥き出しにされた獣の牙を思わせる気迫があった。子供が見れば泣き出しそうな顔だ。しかし、モニカも伊達に5年、彼の相棒をしていたわけではない。初めて見る表情であったが、彼が何を堪えているのかが、彼女には分かった。
何かが身体を駆け抜ける。
モニカは黒の瞳を見開き、黒の髪を魔力でうねらせた。
今、もしも彼女が獣態であったならば、その背筋の毛は逆立ち、尾は限界まで膨らんでいたことだろう。
(どうして、あんな表情を)
彼女は無意識の内に魔力で風を呼び起こし、己の周囲に纏う。
そして、躊躇することなく、塔から飛び降りた。