【番外編】『宝物のその後』『その後のその後』
黒髪の青年がこちらに向かって歩いてきた。
「こんにちは。小坂光輝です。モニカ姉の弟で、現在は……ネタバレになるので秘密です」
余所行きの笑顔を浮かべた彼は、昔を思い出し、懐かしそうに目を細めた。その後ろでは、相変わらず、黒いギザギザ尻尾がウニョウニョしている。
「ここにあるのは、作者が本編に載せられなかったネタ、妄想が止まらず書いてしまったネタ等です。特に、一部では、俺(光輝)の未来の姿が描かれています。基本的に悪のりで書かれたものであり、本編でのイメージを崩す恐れもありますので、ご注意下さい」
それでは、と勇者光輝は最後に礼儀正しくお辞儀をする。
「どうぞ番外編をお楽しみ下さい」
***【番外編】『宝物のその後』***
三日月が笑う夜空を眺め、セーラー服の少女は虫の音に耳を澄ませた。少女の座る縁側からは、祖母が精魂込めて世話する庭が見渡せる。今は亡き伯母が好んだという向日葵が、今年も天を目指して背を伸ばしていた。祖父母と父に言わせれば、その伯母に彼女は瓜二つであるらしい。懐かしそうに目を細める祖父の顔を思い出し、彼女は作業する手を止めた。そのまま暫く庭を眺めていると、抗議するかのように手元の物体が淡く輝き始めた。
『自発的に光る』物体を、白布を片手に、彼女はまじまじと観察した。
茶道部の稽古から帰ってすぐに命じられたのは、床の間に飾られている宝物の手入れだった。だが、暇が在れば祖父母や父親が嬉しそうに磨いているソレは、彼女が手入れをしなくても良さそうなほど光り輝いていた。内側から明らかに光っている宝物は、父の代から小坂家の家宝とされたという、何かの動物の角だった。
螺旋状に溝が刻まれた乳白色の滑らかな側面
大人の腕ほどの太さと長さを誇る見事に均等のとれた円錐形
夜の闇に放たれる月の光にも似た白く淡い輝き
――胡散臭い、とは、こういう品のためにあるのだ、と少女は深く頷いた。
***
「晶。明かりもつけずに何をして居るんだ。節電か?」
仕事から帰ってきた父が畳の間に入ってきた。彼女の手の中を覗き込み、ああ、手入れをしてくれていたんだね、ありがとう、と目元を緩め、彼女の頭を撫でる。
小坂晶はフルフルと肩を揺らし、きっと父を睨み付けた。
「お父さん、前から言おう言おうと思っていたんだけど!」
なんだ? と首を傾げた父親は、ハッとし、ま、まさか……と狼狽した表情で彼女の隣に正座する。
「か、彼氏が出来たのか? 姉さんに似て天然ニブニブ街道を爆走中のお前が!? 誰だ! 隣の武か? この前送ってもらったという善蔵とかいうやつか? よし、ちょっと連れてこい! 叩き切ってやるから!」
ちがーう! と吼えた娘に、おお、吼え方まで姉さんに似てきたなぁ、と彼氏疑惑が否定されてほっとした表情の父は、娘の右すとれーとを軽く躱した。吼え方とはなんだ、亡き伯母ってどんな人物だったんだ、という疑問に、突っ込んだら負け、相手のペースに巻き込まれたら終わりだ、私! と心の中で自分を叱咤激励し、彼女は宝物を父に突きつけた。
「コレ!」
父は、宝物がどうした、と首を傾げる。
「何なのコレ!? 夜中に光るわ、時々、中年男の啜り泣きにも似た音がするわ、変だ変だとは思ってたけど、この前のアレは何なのよ!」
つい先日、小坂家に強盗が入った。
地域の名家である彼女の屋敷に、茶道家であった曾祖父が集めた名品の数々があるというのは昔から有名な話であった。不心得者が屋敷に忍び込むことが度々あったため、小坂家にはホームセキュリティが完備されている。しかし、最近、小坂家が狙われることがますます増えてきていた。それだけの宝物として注目を集めているは、実は曾祖父の骨董品ではない。彼女の目の前にいる現小坂家当主、小坂光輝の集めてきた、彼女に言わせれば、由来不明の胡散臭い、その道の人間に言わせれば垂涎の的の品々であった。
話は一ヶ月前に戻る。その日も三日月が空に浮かび、チェシャ猫のようにシニカルな笑みを浮かべていた。二階の私室で翌日の予習をしていた晶は、一階から何かが倒れる物音がした気がした。ヘッドフォンを外し、窓を開けると、はたして、庭には見知らぬ中年の男と、父がいた。
ど、泥棒! と叫ぼうとした晶は凍り付いた。なんと、父は何を考えたのか、床の間に飾ってあるはずの宝物を片手に泥棒に突進していったのだ。お父さん! と悲鳴を上げた晶が見たのは、宝物から放たれた『雷撃』に打たれる泥棒と、一仕事したぜーと汗を拭う仕草をする父であった。
後日、事情聴取に来た警察官に、お縄になった泥棒が意味不明なことを言っていると言われ、「変な薬でも使っていたんじゃないんですか? あはは」と爽やかに笑う父の後ろで、冷や汗をだらだらと流した晶であった。ちなみに、暴走する家族に冷や汗をかき、時にフォローする立場も、伯母と同じである。
閑話休題、それ以来、宝物に近寄るのも怖がっていた晶だったが、母親の命令に、しぶしぶと手入れをしていたのだ。はじめは恐る恐る触れていたが、何も起こらず、むしろ、手入れをした箇所を気持ち良さそうに輝かす宝物に、本当になんなんだコレ、と遠慮無くゴシゴシと磨く手に力が籠もった晶だった。そして、その手の中で宝物は、あ、そこ、そこがイイ! お嬢さん、もっと! という風に輝きを波打たせていた。
「電撃浴びせる宝物って、ありえないでしょう! 何の動物の角なの? っていうか、本当に動物の角なの? どこの世界に電撃を放つ動物の角があるって言うのよ!」
言いたいことを言い切り、さあ、噂通り、秘密結社の悪の魔王でも何でも、好きな正体を告白しやがれ! と、ドカリと胡座をかいた娘に、父親は眉を寄せる。
「行儀が悪いぞ、晶」
まだ誤魔化す気か、と同じように眉を寄せた娘に、仕方なさげに父は眉を下げる。
「もう少し、お前が大きくなってからにしようと思っていたんだけどな」
真剣な表情の父親に、晶はごくりと喉を鳴らす。
「実は、お父さん……勇者だったんだ」
はい、ダウト! と晶は叫んだ。
異世界に行っていたという話は信じてもいい。だって、父だから。悪の帝王だと言われても驚かない。だが、勇者という点だけは理解できない、と晶は父に熱弁した。彼が、どれだけ町内で恐れられ、彼がどれだけ腹の底まで真っ黒かを。こんな黒くて狸なヌルヌル鰻が勇者なはずがないし、そんな勇者は嫌だ! と言い切った彼女に、光輝は困ったように笑った。
事実、モニカの世界で彼がしたことといえば、
召喚主である神殿の神獣、一角獣を生け捕りし、その角を乱獲し、
御父様との味噌開発に失敗して王宮をコケとカビだらけにし、
魔王一家と共に副神官長のお八つを盗み食いする、
といった、一般的な勇者が目指す、愛と勇気の冒険とはかけ離れたものだった。
彼が、どうにか娘に勇者であったことを納得させ、異世界で彼の姉――彼女の伯母と過ごした楽しい日々を語り終わったのは、翌朝のことであった。
そして、屋敷にある、『御母様(魔王)のヒゲ』や『リーナスの尻尾の毛』、『モニカの肉球スタンプ』、『王様秘蔵のブランデー』等の門外不出の家宝の数々を娘に紹介し、門外っていうか、家族以外に見せられるか、こんな非常識な魔王一家の財宝をーっ、と突っ込まれたというのは、また別の話である。
***番外編の番外編『家宝のその後のその後』***
小坂家は、その筋では『現代の魔王』として有名な一家であった。
ある時、家族で遊園地に行った際に、魔法少女と魔物の抗争に巻き込まれたことがあった。楽しみにしていたジェットコースターに乗れなくなり涙目の弟を見た姉は、迷惑そうな顔で、激しく閃光と爆音を生み出す魔法少女達を眺め、懐から『御母様(魔王)のヒゲ』を取り出し、一言。
「魔王のヒゲさん、食べちゃって下さい」
その場に魔力を見ることが出来る人間がいれば、その『ヒゲ』が異常な勢いでその場の魔力を食らい尽くす様子に腰を抜かしたに違いない。魔物は断末魔の叫びを挙げ、消滅した。エネルギー源がなくなり、只の女子中学生となった魔法少女に一言。
「うちのシマで何勝手なことしてくれてんだ、お嬢ちゃん。ちょっと、お話ししようか」
そのドスのきいた話し方から魔王一家の姐さんと呼ばれる彼女の『説得』により、その後、小坂家の住む地域で魔法少女が魔物を倒す際には、小坂家に『ご挨拶』がなされるようになったという。
また、ある時、学校帰りの兄の前で、妹が悪の秘密結社に攫われたことがあった。非常に爽やかな笑みを浮かべた兄は、『リーナスの尻尾の毛』を通学鞄から取り出して、小型のリーナス擬きを呼び出した。
「小リーナス。悪いんだが、俺の妹がどこに連れて行かれたか、教えてくれ」
こっちだよー、と魔力の無い人間には見えない小リーナスが案内したビルは、その日、突如として爆音と共に粉砕された。人的被害も、他の建物の被害もなかった爆破事件は、世間では奇跡と噂され、悪の秘密結社達の間では愚か者どもの末路として胸に刻まれた。
また、ある時、スーパーでの買い物帰りの母子が、なんとかレンジャーと怪獣の対決に巻き込まれたことがあった。自分たちに降り注いでくるコンクリート片を眺め、母親はのんびりと「まぁ、当たったら痛そうねぇ」と呟き、『御父様(魔王の番)の指輪』を嵌めた指をパチリと鳴らした。
その瞬間、人々に降り注がんとしていたコンクリート片や鉄骨などが、魔獣に向かって慣性の法則を無視して逆流し始めた。瞬く間に傷だらけになる怪獣を見た息子が「怪獣さん、いたそー」と小さな手を怪獣に伸ばす。その手には、パレヴィダ神殿謹製『服従の腕輪』が填められていた。
人々が正気に返った時、その場には巨大なロボットが残されるのみであった。その日、小坂家の家族に柴犬の『カイ君』が加わった。ジュウ君よりこっちの方が可愛い、という末子のおねだりにより決定した名前であった。
また、その日の内には、何とかレンジャーの代表が陳謝に訪れ、お詫びの品を届けたという。『山吹色の菓子』に眉を顰めた母は、代わりに、新しく飼い始めた犬のための犬小屋を作ってもらうことにした。最新鋭の科学の粋を集めた犬小屋となったのは、言うまでもないことである。
小坂一家は、その筋では『現代の魔王』として有名な一家である。
それは、彼らの家族に徒なす存在に対する容赦の無さからついた通り名であった。
『竜の逆鱗』『触らぬ神に祟りなし』と噂される彼らは、今日も家族のいる幸せを噛みしめて、日常を謳歌している。
そんな彼らの日常を護る品々が、何代か前の小坂家当主の姉が、異世界で魔王一家の長女をするために弟の側にいることができないのを憂い、何があっても大丈夫なように持たせた、過保護を越えた、我が愛に溺れよ、愛おしき弟よ! な品々であるということは、小坂家の人間のみが知る伝説である。