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So what?  作者: らいとてん
第3章 勇者と魔王一家編
35/86

【24】月に泣く

 黒の魔獣は、尖塔の上、己の運命を恨むが如くに天を睨む。

周囲の星の光りをかき消すほどに明るい満月が天上から大地を照らし出していた。


 落ちつかなげに揺らめく黒の尾。

 不安げに満月を映し、揺れる黒の瞳。

 艶やかな黒の毛並みを夜風がもてあそぶのにまかせ、彼女は思索の海に深く沈み込む。

 

 コーキを元の世界に帰す魔術が完成した。一週間後に帰還式を行うと御父様に告げられたのは今朝だった。それからずっと彼女は考えていた。否、コーキが勇者召喚されてから、ひょっとしたら、この世界に生まれ落ちた瞬間から、彼女は考え続けてきた。


 自分はどちらの世界にいるべきなのだろうか、と。

 

 答えは、まだ見つからない。

 期限は、もうすぐそこまで迫っているというのに。

 焦りばかりが降り積もり、思考は空回りを繰り返す。


 牙を剥きだし笑う御母様

              ――優しく微笑むお母さん

              ――宝物だ、と誇らしげに笑うお父さん

 耳をへたらせ幸せそうに笑う御父様

              ――アキラ姉と瞳を輝かせたコーキ

 『くろいの』と尾を振る銀の毛玉達


 そして――


 「モニカ」


 ちょうど思い浮かべていた人物に呼びかけられ、驚きにモニカは黒の尾を膨らませる。背筋を逆立て、に゛っと奇声を挙げた様は、流石親子なだけあって某へたれ魔獣にそっくりであった。


 ***


「よく見つけられたね」

 尖塔の小窓から屋根に登ってきたヴォルデにモニカは訝しげに首を傾げた。天狼の側仕えである銀狼騎士団長が王宮の外れにある尖塔にわざわざ足を運ぶとしたら、目的は魔獣一家の長女(モニカ)を探してきたというもの以外は考えられなかった。だが、闇に融け込む黒の獣をこんな夜中に探した理由が分からなかった。どんな用であれ、出来る限り早く済まそうとモニカは落ちつかなげに尾を振る。今は一匹で居たい気分だった。


「なに、案外簡単だったぞ。今夜は月が明るい」

 モニカの隣に腰を下ろし、ヴォルデは星空を見上げた。彼につられて夜空を望めば、満月が皓々と輝き、遙か天上から王都を見下ろしていた。そういえば、月が欲しいと、弟妹達が泣いたことがあったなぁと、モニカは黒の瞳を細める。御母様が「良かろう撃ち落としてみるか」と発動させてはならないナニカを始めようとしていたのを慌てて止めたことがあったとモニカは遠い目をした。ふいに、静かな声でヴォルデが呟いた。


「月に向かい泣いているようだ、と思ったことがある」

 囁くように言われた言葉の意味が分からず、モニカはヴォルデを見つめる。だが、彼は夜空を見上げたままで、彼女と視線を合わせようとはしなかった。夜風がヴォルデの後ろ頭で一つに括られた黒髪をはためかせる。


「ここにはない、ここからでは手が届かない月が欲しい、と。無理だと何度も諦めようとしても諦めきれず、ただただ月に向かい泣く子供のようだと思っていた」

 お前のことだとヴォルデに言われて、モニカの思考は一瞬停止した後、急速に回転を始めた。ヴォルデは何を言っている? いや、何を知っている? ばれたのか? いや、誰も考えはしないに違いない。異世界の魂が魔獣に宿ったなどとは。沈黙するモニカに構わずヴォルデは続ける。


「手が、届いたのだろう」

 モニカに向けられた漆黒の瞳は怖いほどに真剣であった。疑問系ではあれども断定した口調で彼はモニカに問うた。お前の『月』はコサカ殿なのだろう、と。尾を膨らませたモニカに、ふいに表情を緩めてヴォルデは口元を手で覆い、肩を揺らした。


「モニカに札遊びは無理だな。顔に全てが出る」

 そうか、と呟くと、彼は眩しげにモニカを見上げる。


 魔獣形のモニカの大きさは、ヴォルデを一飲みに出来そうなほどのものであった。それでも彼は怯えることなく、彼と視線を合わせるために屈んだ彼女の漆黒の毛並みを優しく手でく。


「なあ、モニカ。俺はお前が『月』を求めているとずっと前から気づいていた」


 ただ淡々とヴォルデは告げた。彼女が月に向かい泣くのを、知らない振りをしながらも見守ってきたのだと。どんなに親しい間柄でも触れてはならない領域があると、何も出来ない己を歯がゆく思いながらも、彼は祈ってきたそうだ。いつか、彼女が月を手にできることを。そして、その為に彼に出来ることがあるならば、協力は惜しむまいと決意していた。


「昔、ずっと昔、俺は、月に手が届く事なんてない、と諦めていた」

 だがな、と彼は懐かしげに黒の瞳を細めた。

「月の方が俺の手の中に降り立ってくれた」

 お前のことだよ、モニカ、とヴォルデは彼女の名を呼ばう。

「きっと、あれを僥倖と呼ぶんだ。俺は、俺の月と一時でも一緒にいられて、本当に……」

 そこで俯いたヴォルデはしばらく黙り込み、ぐっと拳を握りしめると、何かを吹っ切るように勢いよく顔を上げた。

「モニカ、お前は俺に月をくれた。だから、次はお前の番だ」

 満月を背に、月光に照らし出された黒の獣の瞳を、

 満月を映し出し、輝く漆黒の瞳が捕らえた。


 「月を、掴め」


***


 後に彼女は満月を見る度に、この夜のことを思い出した。

 ずっと探していた『月』をモニカが掴み、彼女が決意をした夜のことであった。

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