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So what?  作者: らいとてん
第3章 勇者と魔王一家編
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【23】銀の賢獣と黒の勇者(御父様視点)

 王宮の外れには一宇の古びた塔がある。


 『銀の揺籃』と呼ばれる塔は、名に銀と付くにもかかわらず遠目には濃緑色に見える。近づけば、それが塔の表面に隙間なく張り付く蔦の葉の色であると分かるだろう。この蔦はただの植物ではなく、建物を保護して侵入者を排除する魔術植物である。その証拠に、濃緑の葉を裏返せば銀色の魔術文字が一面に刻み込まれている。


 ただし、王族あるいは魔王に類するもの以外が許可なく蔦に触れれば、たちまち業火に焼かれ地獄の苦しみを味わうことになるであろう。銀の揺籃には、それ以外にも様々な防衛魔術が備わっており、人間は近付こうとすらしない場所であった。


 聖母葉の緑守に抱かれずとも、銀の賢獣の研究塔に入ろうとする『勇者』など普通はいなかったが。




***



 この世界において『魔術』と『魔力』は異なる。


 魔獣が操る『魔力』は純粋な力業により世界に干渉する。

 これに対して、先天的に魔力量が少ない人間が魔獣に対抗するために編み出したのが『魔術』だ。

 人間は、長年の研究の結果、精巧な術式を構成することにより、少ない魔力で強大な魔物に対抗できるまでの力を手に入れていた。


 今では知る者は少ないが、銀の賢獣も元は人間であった。


 銀の賢者と呼ばれていた彼は、生まれつき人間としてありえないほどの魔力を有しており、その量は銀の女王に匹敵するほどであった。銀の女王の番になるべく魔獣となった今では、彼としては魔力を使う方が頭を使わない分、簡単であった。


 だが、細かな条件付けなどが必要な場合は魔術の方が適している。


 そして、彼が今練り上げている魔術は、まさに一つの間違いも許されない精確さが求められるものであった。




 真理を歪めた塔の中には、物理的には不可能にも思われる量の魔術書と実験具が詰め込まれていた。


 最上階にある実験場に銀の賢獣はいた。

 幾千もの魔術書が中空に浮かぶ。

 彼が魔力を走らせるたびに、銀の魔術文字が宙に描かれ光り輝く。

 魔力に煽られ、銀毛がふわりと靡いた。

 

 銀の賢獣は、ある魔術を完成すべく研究に没頭していた。

 銀の揺籃という王国最高峰の防御を誇る建物内にいたためだろうか、珍しく彼は油断していたのだ。


 その彼の無防備な背を密かに見つめる一対の黒の瞳があった。

 少年は、先日の一角獣狩りの際に姉から教わった通り、気配を消し、足音を立てないように銀の大毛玉(えもの)に近づいた。


「おとーさまー!」

 突然、銀の賢獣の背中に何かが抱きついた。御父様の思考がフリーズする。

 宙に浮かんでいた魔術書が音を立てて地面に降り注ぎ、銀の魔術文字も掻き消えた。

 

 背筋の毛を逆立てた御父様が、ビクリと尾を震わせ、きゃうん!? という大変(あい)らしい鳴き声を挙げてしまったということは男同士の秘密となった。



***



 逆立った毛並みをんべんべと舐め、膨らんだを尾を落ちつけた御父様は、大理石の床に伏せて己の頭よりも小さな人の子と視線を合わせる。

「危ないじゃないか。コーキ。危うく君を傷つけるところだったよ」

 悪戯に成功した光輝は黒の瞳を満足げに輝かせていたが、御父様のお叱りに少し気まずげに彼を見上げた。

「……ごめんなさい」

 分かったのならばいいよ、と銀の賢獣は優しく光輝に頬ずりした。


 

 異世界の人の子が勇者として召喚されてから一月が経とうとしていた。

 小坂光輝という少年は屈託のない性格から魔王一家にすぐに馴染んだ。

 クロードも、最初こそ、魔王の敵、モニカに付いた悪い虫と警戒していたが、今ではすっかり彼に骨抜きにされていた。



 本能で生きる魔獣は嘘に敏感だ。そして、そんな彼らの直感が告げる。コーキは本心からモニカを慕っていると。彼の『好き』は、恋情ではなく親愛から生まれるものであるとクロードは納得せざるをえなかった。コーキがモニカを見つめる視線には、情欲は一切含まれず、ただ泣きたくなるほどの思慕が込められていた。


 コーキが何故そこまでモニカを慕うのかは分からない。彼とモニカに今まで接点は一切なかったはずだ。だが、何かが彼らを結び付け、互いに互いを『愛すべき家族』と認めている。その『何か』が何であるかを、どうやらモニカは誰にも言うつもりはなく、その秘密自体を隠しているつもりらしい。


 モニカがコーキを特別視しているということも、そこに『何か』があることも、魔王夫妻からすれば一目瞭然であった。


 だが、そんなことはどうでもいい、と魔王夫妻は結論付けた。幾千の時を生きてきた魔獣の女王は、蒼の瞳を細めて己が番に告げた。「我が愛し仔が愛する相手は、我らが愛する相手でもある。我が愛し仔が家族として人の子を愛するというのならば、我らもまた、慈しむべき愛し子としてコーキを迎えようぞ」


 彼としても愛妻の言葉に異論はなかった。


 彼らが光輝から感じるのは、ただ真っ直ぐにモニカを慕い、愛する感情であった。

 彼らの愛娘を大事に思う相手を、どうして好ましく思わないわけがあろうか。  

 それが、愛らしい幼子ならばなおのこと。


 魔王夫妻はコーキを彼らの末子として家族の輪に迎え入れ、クロードは父親としてコーキを守り慈しんだ。



 空中散歩が好きと聞けば、己の背に乗せ王都の上空で風となり、(あまりの速さにコーキの目が回ってしまい後から愛娘に叱られ耳をへたらせ)


 味噌汁という異世界料理が好きと分かれば、料理長に伝家の宝刀『上目遣い』でおねだりをし、(人間にしたら30代の雄がすることでなはいと羞恥に尾を震わせ)、

 

 味噌汁には『味噌』という発酵食品が必要と知れば、魔術で開発してやろうとして、王宮を苔とかびで埋めかけ、(宮殿を管理する役人の慟哭に慌てて清掃魔術を開発し)、


 一角獣狩りをまたやりたいと言われれば、晴れた日に魔王一家全員で神殿まで遊びに出掛け、(教皇から命の大切さについてかれ「食物連鎖って知ってるかい?」と牙を剥き出して)、


 と家族サービスに努めた。


 その合間に本来の魔獣の王族としての仕事とある魔術の研究を行っていた。


 ある魔術とは『コーキを元の世界・時間軸に帰還させるための術式』だ。


 明るく笑う黒の勇者を見るたびに、このように愛らしい幼子を失った彼の本来の『家族』の悲しみをクロードは思った。自分ならば、愛し子の一頭を奪われれば、悲しみと怒りからその世界を滅ぼしてしまうだろう。突然に家族から引き離されたコーキのために、一日でも早く完成させようとクロードは時間があれば銀の揺籃に籠り研究を進めた。


 クロードの協力と、王宮から寄付を打ち切ると圧力をかけられたパレヴィダ神殿の不眠不休の努力により、コーキが元の世界に還るための魔術研究は順調に進んでいた。


 どうやらパレヴィダ神殿はこれまでも何度か不正召喚を繰り返していたらしく、膨大な量の資料が教会に存在していた。クロードは、まさか他にも召喚被害者がいるのではないかと危惧したが、幸いと言えるのかどうか、成功例はコーキのみであった。例え失敗でも、貴重な異世界召喚の実証例である。コーキを安全安心に、同じ世界、同じ時間軸に還すべく、クロードは研究を続けていた。

 その結果、術式は完成間近にまでなっていた。


 ただ、気がかりなのはコーキの黒の瞳の奥に見える不安げな光だ。

 勿論、気丈にふるまっていても、見知らぬ世界にいきなり召喚された幼子が不安を感じぬわけがない。 

 だが、クロードは、それとは別の理由があるのではないかと考えていた。


 「もうすぐ君を元の世界に還すことができるよ」

  

 そう告げた時の、コーキの泣きそうな表情が脳裏に焼き付いて離れない。

 コーキは「嬉しくて」と言っていたが、魔獣の本能がその理由は嘘であると告げた。


(あれは……絶望か? いや、恐怖か。まるで何かを失うことを怖がっているようだった)


 泣く愛し子がいれば、その頬を舐めてやるのが親と言うものだ。

 愛妻風にいえば、愛し子を怯えさせるものがいれば、牙で打ち砕くのが親と言うものだ。


 ――では、泣くのを我慢する愛し子がいれば、どうすればいい?


 不安を押し隠し、何も心配事などないかのように己に抱きつくコーキに、クロードは耳を伏せた。

 

 魔術であればいかなる問題も解決してみせる銀の賢獣も、仔育てに関してはただの新米パパに過ぎない。どうやってコーキの不安を聞き出そうか、と悩める育メンを見上げながら、黒の勇者は首を傾げた。


(御父様の耳がへたれてる……どうしたのかな?)


 その日、心配したコーキに逆に気遣われた情けなさに尻尾を項垂れさせた御父様と、その背を叩いて慰める国王陛下(五児の父)が見られたという。

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