【2】彼女は前世コサカ・アキラだった。(多少の流血表現があります)
高校からの帰り道のことだった。
「うわぁ!」
背後から悲鳴が聞こえた。
振り返れば、目の前に車が迫っていた。
「へ?」
そこから先の記憶がない。だが―――恐らくは。
「即死、だったんだろうなぁ。あの車かなりスピード出してたし」
うつ伏せのまま、組んだ前足に顎を預けて目を閉じる。
17年。長いようで短い人生だった。
そのまま前世に思いを馳せる彼女の背後に近付く影があった。
それは彼女が無意識に揺らす尾に狙いを定め―――飛びかかった。
突然の攻撃に飛びあがり身構えれば、見慣れた銀色の毛玉が突進してくる。
しかも、一匹でなく複数。
「かまってー。 くろいのー」
「ちょ、待て! こら!」
巣穴である洞窟に幼獣の悲鳴じみた鳴き声が響いた。
*****
母親が狩から帰ってくるまで、兄弟の構え攻撃は続いた。
土産の獲物に群がる幼獣達に割り込む気力もない様子に母親が苦笑する。
「お前は色が珍しいからな。皆、構いたくなるのだろう」
この世界では彼女の色合いは珍しいらしい。
母親と他の幼獣達は毛色が銀で瞳が蒼なのに、自分だけが毛色も瞳も『くろ』―――黒だ。
前世、黒目黒髪の人間だったせいだろうか。
何故だか寂しくなって俯く彼女の足元に鼠が一匹落とされる。
キョトンと見上げれば、蒼の瞳が優しく微笑む。
「お前の分だ。私がいない間に構われすぎて消耗しているだろうと思って別に分けておいた。ほら、早く食べるがいい。沢山食べて大きくおなり、我が愛し仔」
*****
彼女は、前世、異世界の人間だった。
ジョシコウセイでコサカ・アキラと呼ばれていた。
牙で鼠を引き裂きながら彼女は考える。
自分はかつてコサカ・アキラであった。
だが、今の自分は―――魔獣だ。
母にとっての『愛し子』であり、
兄弟達にとっての『くろいの』である。
獲物の肉を飲み込み、その生温い血で喉を潤す彼女は思う。
いまだに生肉にも、四足歩行にも、牙を使うことにも、時としてある獲物の踊り食いにも、慣れることができないが、どうしてか―――魔獣ライフも悪くないと思い始めている自分がいる。
「愛し子。食べ終えたのならば、こちらへおいで。お昼寝の時間だ」
「くろいのー。はやくー」
「ぼくとねようよ」
「あたちとねるのよ」
「いいや、おれとだ」
何故だろうか。
どうしようもなく心が暖かい。
きっと、理由などいらないのだ。
愛することに、理由など。
黒の獣は大きく尾を振りながら『家族』と昼寝をするために駆け出した。




