【19】仲良きことは美しきかな
銀狼騎士団の応接室は、異様な沈黙に包まれていた。
難しい顔をして黙り込んでいた少年が、ぽつりと呟いた。
「……えっと、つまり、勇者はお呼びじゃない?」
光輝の身も蓋もない台詞に、ヴォルデは苦笑いを浮かべる。
「そうですね。人と魔獣は契約を結び、互いを尊重し合う盟友として認めています。私とモニカのように。今では古の『銀の魔王』も、盟友である魔獣の長として『銀の女王』とお呼びしています。『魔王』がいない以上、『勇者』は……必要が無いのだがな、あの馬鹿どもが……、失礼。とにかく、魔王を倒す必要はありません」
一瞬地が出てたよー、とモニカがヴォルデの足を尻尾で叩く。そんな一人と一匹を見て「確かに敵同士ではなさそうですね」と光輝は頷いた。
ヴォルデは、一先ず光輝を銀狼騎士団で保護することにした。光輝のもつ『勇者』という称号、異常な魔力量、異世界人という地位、いずれをとっても放置できるものではなかった。勿論、そのような事情が無くとも、身寄りのない(ヴォルデの基準からすると)七、八歳にみえる少年を保護しないという選択肢は、彼には存在しなかったが。光輝に簡単ながらこの世界や人と魔獣の関係について説明し終わり、大体の事情を理解してもらえたようである。どうにか、魔王が人類の敵という誤解も解けたようで、ほっと息を吐いたヴォルデだった。
***
ヴォルデが王宮へと報告のために出ていくと、応接室は再び沈黙に包まれた。警護のために残ったモニカは、窓辺に伏せたまま、緊張で少し尻尾が膨らませた。
(ちょっ。気まず過ぎる。今さらお姉ちゃんですよーとか名乗れないよ……)
ちらりとソファーに座っている光輝を上目遣いに見つめて、モニカはギョッとした。
「え、なんで泣いてるの!?」
どこか怪我したの? 痛いの? と慌てて駆け寄ってきたモニカに光輝は抱きついた。そのまま柔らかい黒の毛並みに顔を埋めて彼は呟く。
「怖いよぅ。おねーちゃん」
彼女の脳裏に五歳ぐらいの弟の姿が浮かぶ。泣き虫で怖がりで、そのくせ意地っ張りな弟。泣きそうな時は必ず、すがるように彼女の手を握り締めてきた。そんな彼に、いつも自分が言うことは決まっていた。
「大丈夫だよ、コーキ。お姉ちゃんがついてるよ」
慰めるように光輝の背を前足でタシタシと叩いてやると、モニカを抱きしめる腕に力がこもった。
「……やっぱり、アキラ姉だったんだ」
唸るような声が聞こえた。弟妹達が、目前の獲物を逃がすまいとあげる類のものだ。モニカは、彼女の首筋に顔を埋めている弟に恐る恐る視線をやった。そして、思っていた以上に近い位置にあった彼の顔に、思わずのけ反った。
彼は、泣いていなかった。激怒していた。
***
「ふむ。では、アレを食ろうてはならぬ、ということか」
澄んだ蒼の瞳に睨みつけられたヴォルデは真剣な表情で頷く。
「はい。あの少年は陛下御自身にも御一家にも、害意を持たぬ、ただの召喚被害者です」
そして、と御母様は不満げに唸る。
「神殿にも一切咎めはなし、か」
牙を剥きだす御母様の背を、御父様の尾が宥めるように叩く。
「今回、神殿の暴挙は僕達にも原因があったからね。ここのところ、苛めすぎたかな」
それでもまだ唸っていた銀の女王は、ふと、いいことを思いついたというように顔を上げ、蒼の瞳をキラキラと輝かせてヴォルデに告げる。
「よかろう。人の子よ。その代わりに、あの少年を私の子にしたい。今はまだ幼くはあるが、魔力の大きさといい、毛並みの黒さといい、我が愛し子モニカの番候補にあれほどふさわしい雄はいまい」
御母様の爆弾発言に、固まること暫し。解凍された御父様とヴォルデが猛然と反論し始めた。
***
己の知らないところで実弟を許嫁にされる危機を迎えているモニカは、現在、別の危機に瀕していた。当の実弟による怒涛の質問攻めだ。
「なんで異世界にいるんだよ」
「っていうか、何故に魔獣?」
「盟友とか言ってたけど、あのヴォルデって男はアキラ姉の何」
「アキラ姉に跨ってたよね。許せないよね。闇打ち決定だよね」
「あの男、絞めていい?」
そういや、この子、シスコンだった……。項垂れて耳をへたらせたモニカは自覚していなかった。自分も結構なブラコンだということを。




