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So what?  作者: らいとてん
第2章 銀狼騎士団編
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【0―1】御父様の昔語り(1)

 延々と広がる、赤く染まった大地。

 

 その赤は、銀の魔王の炎が生んだ色。

 その赤は、人と魔獣の血が生んだ色。

 その赤は、憎悪に染まった命が生んだ色。

 

 絶望に染まった世界の中、人間達の憎悪を、魔獣達の絶望を、一身に受けた銀の魔王は、ただ目前の命を食らい己が命を守ることのみを考えて日々を過ごしていた。彼女は、ただ生きるためだけに生きていたのだ。


***


 項垂れた一匹の獣がいる。

 彼の本名はクロードというが、人は彼のことを「銀の魔王の番」「勇者」「食欲大魔獣」「へたれ御父様」「銀の賢獣」「要の天狼」などと呼び、久しく彼の本名を呼ぶ者(獣)はいなかった。

 

(ああ、どうすればよいのだろうか)


 夜の闇に沈む王庭で、クロードは一匹落ち込んでいた。耳を伏せ、尻尾を垂らし、項垂れる彼の背には哀愁が漂っている。彼は、とある家庭内問題を抱えていた。


 事の起こりは、一年ほど前に突然妻が実家である魔の森に帰ったことから始まる。


 その日、心優しい妻が彼の好物である一角獣を生け捕りにしてくれた。

 クロードとしては嬉しかったが、哀しいことに、魔獣と人の橋渡しをする存在としての責任から、彼は人の地で一角獣を食べることができなかった。


 一角獣は、女神ローネルシアが遣わした聖獣として3大宗派の一つパレヴィダ聖教が保護している魔獣だ。魔の森でこっそり密猟するならともかく、人の地で堂々と食べれば人間との間で外交問題が発生してしまう。


 だから、クロードは、目の前で震えている大好物しかも愛する妻が彼のために生け捕りにしてくれた一角獣を泣く泣く逃がした。


 後に抗議に来たパレヴィダ教皇には、「一角獣? なにそれ、美味しいの?」と、誤魔化しておいた。真っ青になったパレヴィダ教皇が、「いいえっ。なんでもございません。ええ、食欲大魔獣様が御興味を持たれるようなものではありませんので、どうぞ、お忘れください。ささ、こちらは我らから銀の女王の番様に贈らせて頂く牛の丸焼きでございます。どうぞ、御賞味くださいませ」と必死に話を反らしてきたので、牛の丸焼きは美味しく頂戴した。


 その後、一角獣を受け取らなかったことに不満げに尻尾を膨らませて早足に去っていた妻の御機嫌を取るために、クロードは彼女が好きな兎の蒸し焼きを作ってもらおうと料理長の下に向かった。


「先ほど牛の丸焼きを食べたばかりでしょう。太りますよ。私は、国王陛下に勇者様の健康管理もきちんとするようにいわれております。今週に入って勇者様は、はっきりいって食べすぎです」

 腕組みをして断固として拒否する料理長にクロードは慌てて尻尾を振って鳴く。

「いや、私が食べるのではなくて妻にね」

 懐疑的な目で料理長はクロードを見つめる。

「そうおっしゃって、先週も豚の腸詰めを御一匹で食べられておりましたよね」

 渋る料理長に、焦るクロード。結局、彼は必殺上目遣いでウルウル目を使うことになった。


 この「おねだり」は、外交上のカードとして非常に有効な手段である。だが、諸刃の剣でもあった。人間に換算すると30代の雄がする仕草ではないと、使う度にクロード自身も深い精神的ダメージを負うことになるのだ。だが、妻の機嫌を直すための料理が手に入るならばこの程度の恥、耐えてみせる! と、彼は頑張った。


 だが、彼は、この時、気づいていなかった。

 他所の女に媚び媚びしている夫を、牙を剥き出して目をぎらつかせた妻が木陰から見つめていたことに。


 結果として、彼の行為は妻の燃え盛る不満の炎に嫉妬という油を注ぎこみ、「実家に帰らせてもらおう!」という三行半宣言という衝撃の展開を引き起こす。クロードは慌てて王都の端まで妻を追いかけて行ったが、既に彼女は銀色の点ほどにしか見えぬほど彼方まで行ってしまっていた。


 クロードは銀の女王を追いかけたい衝動を必死に押し殺した。彼は王都を離れるわけにはいかなかった。彼が王都を出れば、再び戦乱を人と魔獣の間に引き起こすことになってしまう。


 それだけの要職を彼は担っていた。

 それは、彼自身が望んだ事であった。

 全ては銀の女王の番になるために。


***


 その後、魔の森にいる妻に、王都に戻るように嘆願する思念を込めた伝令石を送るも、「どうやら腹に仔がいるらしい。ちょうどいいから、ここで生むことにする」とそっけなく断られた。だが、断られたこと自体より、伝令石の内容が問題であった。


「こ、こ、こども。こどもって――!」


 事実に驚き、仔に喜び、傍にいられない己に悔しがるクロードを、「とりあえず、落ち着け」と国王が宥める。既に五児を王妃との間にもうけている彼に、父親として先輩の余裕を感じたクロードであった。



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