【1】拝啓 母上様
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本能が『それ』を求め警鐘を鳴らす。
酷くぼんやりとした思考のまま、他者を押しのけ、探り出し、食らいつく。
満ち足りた気分で再び眠りの世界に入ろうとして、ふと違和感を覚えた。
あれ? なんか、おかしい。
重たい瞼をこじ開けて霞む目を凝らせば、そこには――鼻先一センチまで近づいた巨大な獣の顔があった。
『おお、目が開いたか。我が愛し子』
「へ?」
声を出したはずが、耳に聞こえるのは獣の唸り声。
なにやら嫌な予感がする、と下を見れば獣の足があった。
右手を持ち上げてみる。
――右の前足が持ち上がる。
左手を持ち上げてみた。
――左の前足が持ち上がった。
「なにこれー!」
叫んだはずであった。
しかし、ある意味予想通り(是非とも外れてほしかったが)、
響いたのは獣の咆哮だった。
『ほう、我が愛し子は早くも吠えるか。優秀だな。他の兄弟はまだ目すら開いておらぬというのに』
聞きなれぬ声に顔を上げれば、巨大な銀色の獣が彼女を見下ろしていた。
微笑んでいるつもりなのだろうか。
鋭い牙を剥き出し、こちらに顔を近づけてきた。
――そこで臨界点を突破した。意識が暗転する。
薄れゆく意識のなか、脳裏に響くは獣の子守歌。
『寝る獣は育つという。よく眠るがよい。我が愛し仔』
拝啓
母上様
お元気でいらっしゃいますか。
私は変わり変わって異世界に転生したようです。
こちらの御母様は凶暴な牙をお持ちの魔獣です。
まだ乳離れもできておりませんが、優秀と褒められました。
できれば夢であってほしいものです。
敬具
小坂晶