【番外編】14.5話、15.5話、幕間
ネタばれがありますので、14話までを読了後にお読みください。
幕間その1『黒色を囲む銀色に細められた蒼色の瞳』は、活動報告に掲載時よりも加筆修正してあります。
銀色の獣が悠然とした足取りで歩み寄ってくる。
「こんにちは。『おなが』と申します」
『おなが』は、流れるような動作で伏せて、こちらを上目遣いに見る。
「ここにあるのは、気が乗った時に活動報告に、おまけとして載せられていた小話だそうですわ。作者が本編に載せられなかったネタ、妄想が止まらず書いてしまったネタ、感想欄等にあったリクエストにお答えしたものなどになりますの」
懐かしそうに蒼の瞳を細めると、『おなが』は夜の闇によく響く声で遠吠えをする。
「最後に、作者は一角獣が嫌いなわけではないそうよ。むしろ、ファンタジー小説の中ではお気に入りの幻獣だと言っていましたわ。……私も、一角獣は嫌いではありませんわよ? だって美味しいですもの。御母様とモニカお姉さまの好物でもありますし」
それでは、と『おなが』は最後にひときわ大きく咆哮する。
「どうぞ、心行くまで番外編をお楽しみになって下さいませ」
***【第14.5話】『皆で食べるご飯は美味しいものです』***
「まずい……」
御母様が狩ってきた鹿を食べながら、『ちいさいの』のが呟く。
無言で前足をかじっていた『おおきいの』は、それを聞き咎めて、彼を窘める。
「与えられた命に文句を言ったらだめだよ、『ちいさいの』」
「でも、『ちいさいの』の気持ちもわかるわ。ずぅっと、この洞窟の中で御母様が狩ってきた獲物を食べるだけなのですもの」
既に食べ終えた『おなが』が嘆息する。
食べ終えた『ちいさいの』と『おおきいの』が彼女のもとへやってくる。
「『くろいの』、見つからないね」
「御母様が毎日、人の地にある砦に行っているのに」
「魔力がないから、なかなか見つからないんだって」
うつむいた『ちいさいの』が、ぽつりとこぼす。
「『くろいの』、戻って来るよね?」
『おなが』が『ちいさいの』の頭を慰めるように舐める。
「もちろんよ。『くろいの』は私たちの誰よりも賢くて強いわ。きっと帰ってくる」
それまで黙々と獲物を食べていた『みみなが』が、血まみれの顔を上げ、笑って言う。
「『くろいの』は俺たちの姉で、あの御母様の娘なんだ。心配することはないよ」
『おおきいの』が大きくうなづき、尻尾を振る。
「僕たちをこんなに心配させたんだ。帰ってきたら、『くろいの』に色んな料理を作ってもらおうよ」
弟妹たちは、口々に食べたい料理をあげていく。
「私は、鮭の刺身がいいわ」
「俺は、熊の丸焼きかな」
「じゃあ、僕は、兎の蒸し焼きがいいなぁ」
『みみなが』は? と聞いてくる幼獣達に、彼は笑って答えた。
「一角獣の踊り食いがいいな。今度こそ、捕まえて食ってやるよ」
幼獣達は、獣の笑いを浮かべる。
「そうね」
「あいつのせいでもあるし」
「御母様も恨みがあるって言ってたよ」
「いっそのこと、最後の一匹まで、狩っちゃおうか?」
生物多様性、などという言葉は彼らの辞書には載っていない。
幼獣達の不気味な笑い声が洞窟に響く。
荘厳な造りの神殿において、人間たちに崇められていた一角獣は、警鐘を鳴らす第六感に背筋の毛を逆立てて魔の森のある方向へ顔を向けた。生命どころか一族存亡の危機が彼らに迫っていた。
***【15.5】『父と仔』***
「息子&娘達よー」
御父様は、初めて我が仔に会うことができた感動に目を潤ませていた。
「初めまして、御父様。お噂はかねがね御母様から伺っておりました」
御母様似の『おなが』が優雅に尾を振れば、
「美味しい料理を一杯知っているんですよね? 今度、教えていただけませんか? ……一角獣の一番美味しい食べ方を」
御母様によく似た牙を剥き出しにして『おおきいの』が笑いかけ、
「魔力の扱いも上手いって御母様がおっしゃっていました! モニカ姉さんの探索の時には、毛一本ほども役に立たなかったらしいですけど」
御母様によく似た蒼の瞳を『ちいさいの』がキラキラと輝かせ、
「情操教育に悪い存在だとも、おっしゃっていましたよ? それで、御母様の機嫌を直す策は思いつかれましたか? 王都に着いてから、ずっと避けれらているようでしたが」
御母様によく似た銀色の毛並みの『みみなが』が面白がっている声で鳴いた。
あれ、これ何てデジャブ? と御父様は耳を伏せ、尾を垂らして去って行った。
からかいすぎたかと焦った弟妹たちに、御母様に御父様を許すように説得に行っていたモニカは、一角獣の丸焼きでも送ったら喜ぶんじゃないの? と提案した。
この彼女の一言により、後の世まで神殿の歴史書に残る一角獣の苦難の時代が幕を開けたが、それはまた別の話だ。
***【幕間】『黒色を囲む銀色に細められた蒼色の瞳』***
「ばかっ。ばかっ。『くろいの』のばかぁー」
「『おおきいの』なんて、ずっと『くろいの』を呼んで鳴いてたんだよ」
「それは内緒って言ったのに! 『ちいさいの』だって、『くろいの』がいないと、ご飯がまずいってずっと文句言ってたんだよっ」
「お腹空いたよー。『くろいの』の料理が食べたいよー」
住処の洞窟に入った瞬間、モニカは弟妹達に押しつぶされた。
完全に銀色の毛玉に埋もれることになったモニカに、御母様が苦笑する。
「こらこら。気持ちは分かるが、モニカが埋もれてしまっているよ、我が愛し子達よ」
その言葉に、弟妹達は、しぶしぶモニカの上からどいて、だが、まだ離れがたくて、各々モニカを取り囲んで甲斐甲斐しく乱れた毛並みを舐めて整えてやる。暫くして、モニカの顔を舐めていた『おなが』が、はっとしたように耳を立てる。
「『モニカ』……?」
モニカは照れたように耳を伏せ、しかし尻尾を盛大に振りながら胸を張って弟妹に告げる。
「人間と契約を結んで、名前を付けてもらったの。私の名前はこれからはモニカだよ」
弟妹達は、驚きに尻尾を膨らませて、モニカに詰め寄った。
「モニカ姉さん一匹だけ、ずるいー」
「モニカお姉様、どうして契約することになりましたの?」
「契約ってどんなだった? モニカお姉ちゃん」
「その人間はモニカ姉に美味しいご飯一杯食べさせてくれる?」
弟妹達の口から改めて自分の名を聞き、気恥ずかしくなったモニカは、少し膨らんだ尻尾をごまかすように振ると、銀狼騎士団での生活を語り始めたのだった。子羊のソテーや子牛のシチューの話に、弟妹達は瞳をキラキラと輝かせて聞きいる。
御母様は、そんな愛し子達の様子を、蒼の瞳を細めて見守る。銀の毛玉に黒の毛玉、ようやく、いつも通りの日常が彼らのもとに戻ってきた。
モニカが人の地で早くも契約を結んだことは御母様にとって予想外だったが、ヴォルデは彼女直属の護衛集団である銀狼騎士団団長であり、その人となりはよく知っている。
(あやつにならば、我が愛し子を任せても問題あるまい)
一応、これ見よがしに爪を光らせ、牙を剥き、唸るような声で、「我が愛し子を泣かせたら、どうなるか分かっていような……?」と、釘をさしておいたから大丈夫だろう。
ちらりとボロ雑巾のようになった副神官長に目をやるのも忘れなかった。目の前に分かりやすい実例があるのは大変良いことだ。人間の言葉で「百聞は一見に如かず」と言うらしい。なかなかに良いことを言う、とお母様は満足そうに頷いた。
モニカから人の料理の話を聞き、食欲を刺激された幼獣達が、久しぶりに家族で狩りに行きたいとねだるのに、御母様は牙を光らせて笑う。
「御母様、今度こそ一角獣を捕まえましょう!」
「蒸し焼きだっ」
「刺身にしてやるぞー!」
「踊り食いもいいな……」
「『みみなが』、それは料理ではないのでは。あれ? 踊り食いも食文化かな? ん?」
よかろう、と御母様は獰猛な獣の唸りを洞窟に響き渡らせた。
「近々する、神殿狩りの予行演習とするか」
狩りの御許しが出た喜びに、盛大に尻尾を振る弟妹たち。
さらりと落とされた爆弾発言に頭を抱えるモニカ。
(神殿狩りって、紅葉狩りみたいに気軽に言っているけど、御母様、何をなさるおつもりですか!?)
本当に、彼らにとって、いつも通りの生活が戻ってきた。