【13】銀狼騎士団の夜
魔獣は、人の地においては魔力を封じられ、ただの獣となる。例え最強を謳われる魔獣の一族といえども、モニカもまた、人の地ではただの闇色の仔犬であった。
さて、エレナの自室でモニカが仔犬らしく牛の骨を齧っている頃、銀狼騎士団達は今日も今日とて銀の女王の御子を探して東奔西走していた。
月に照らされた裏路地で、一人の男が隣の同僚に囁いた。
「おい。聞いたか? とうとう副団長がモニカに堕ちたらしいぞ」
ゴミ箱の蓋を開け、中を覗いていた同僚が、振り向き頷く。
「ああ。団長が自室にモニカを連れて行こうとしたら、『仕事の邪魔になります』って副団長が抱き上げて行っちまったらしいな」
その通り、と男は持っていた牛の骨を振り、横道の先に広がる暗闇に向かって「御仔様ー」と呼びかける。
「確かに御仔関連の書類が山積みとはいえ、モニカが邪魔になるってこたぁない。あいつは、賢い仔犬だからな。どう考えても副団長がモニカといたかったってぇだけだろ」
「御仔様、いないんですかー」と呟くと、男は何を思い出したのか、軽く噴き出す。
「ブルクが言ってたんだが、モニカをお預けされた団長は、気に入りの玩具を奪われて半泣きの子供のようだったんだとよ。想像できるか? 仔犬を奪われて半泣きの団長なんて。『魔王の牙』とまで言われる銀狼騎士団長様が、だぜ?」
脇に停めてある馬車の下を覗き込みながら、同僚は男の台詞を鼻で笑う。
「さてな。モニカに一昨日の晩、鶏肉のシチューを分けてやっていた奴なら知っているぞ。その誰かさんは、仔犬の体に悪いからと料理長に頼んで玉葱を抜いた特製シチューにしてもらったらしいが」
ぎくりと肩を揺らした男は、「料理長め……」と呟くと、屈んだままの同僚の背にどかりと腰を降ろして月を見上げた。降りろ、と喚く同僚を無視して男は呟く。
「俺も、この半年、モニカが一番好きな羊肉しかも骨付きしか食べていない人間だったら知ってるぜ」
ぴたり、と動かなくなった同僚に、男は囁く。
「なぁ。やっぱりお前も、あいつにするのか?」
ふんっ、と鼻を鳴らした同僚は、己に腰掛ける男を睨みあげ、返答する。
「当然だ。俺は負ける賭けはしない」
の割に人生最大の賭けである結婚相手がアレかよ、と笑う男に、余計な御世話だ、賭けをするだけの度胸もない独身男め、と笑い返す同僚。二人は視線を合わせて頷きあった。
「「『銀狼騎士団ランキング 無差別格闘級部門 第一位 予想ジャンボ』は、モニカで決定」」
『銀の女王の御仔探索 夜間部隊』所属の二人は、結局全員がモニカに賭けたために不成立になることになる賭けの金で何の骨を買うかを相談しながら、再び捜索を続けるのであった。
***
魔獣は、人の地においては魔力を封じられ、ただの獣となる。例え最強を謳われる魔獣の一族といえども、モニカもまた、人の地ではただの闇色の仔犬である――はずなのだが、本獣の知らないところで最強認定されているモニカだった。
さて、如何なる敵もその円な瞳には勝てない、素敵に無敵なモニカは、牛の骨を齧り終わって満足げな溜息をついていた。ちょうどいいタイミングで部屋の扉が開き、ブルクが顔を出す。
「副団長。そろそろお休みなってはいかがですか」
あともう少し、と手を休めようとしない副団長に、ブルクが溜息をついた。そのまま彼は扉を大きく開いて中に入ってきた。その隙間からモニカは素早く抜け出した。自然と閉まる扉の隙間から、慌てて彼女を追おうとするエレナを、ブルクが素早く抱きしめて捕まえたのが見えた。目を丸くしたモニカの前で、扉が軋んだ音ともに閉まる。
「団長の部屋に行ったのでしょう。モニカはもともと団長の飼い犬ですよ? ……ただでさえ最近は忙しくて一緒にいられねぇってのに、俺よりも仔犬を取るっていうのか? エレナ」
「ブ、ブルク。ちょっと落ち着きなさい」
扉の向こうの様子を少し窺っていたモニカは、漏れ聞こえた会話に尻尾を膨らませ、慌てて団長の部屋に駆けて行ったのだった。
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