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So what?  作者: らいとてん
第2章 銀狼騎士団編
14/86

【12】迷子の迷子の魔獣さん、貴女のお家はどこですか?

 

 『くろいの』が、団長のヴォルデによってモニカと名付けられ、この銀狼騎士団の飼い犬となって半月が経っていた。彼女とて魔の森に帰るよう努力しなかったわけではない。


 モニカは……言語の壁にぶち当たっていた。例えるならば、正面衝突で木端微塵といった感じだ。


 モニカは、銀狼騎士団員が言っていることを理解することはできた。どうやら彼らは御母様専属の精鋭騎士団らしい。魔力の強い人間で構成されており、その会話にも無意識のうちに魔力が込められ、その思念をモニカに伝えてくれる。


 だが、逆にモニカがいくら彼らに話しかけても、


「なんだ、腹が減ったのか?」

「あら、ミルクが欲しいのかしら?」

「ほら、スープに使った牛の骨をやるよ」


と、いった風に、まるで分かってくれない。魔力で思念を込めていないのだから仕方がないのだが、モニカにはどうしても納得できないことがあった。


(なんで、私が鳴いたら、お腹が空いているってことになるの?)


 そう、モニカが鳴くと誰かしやが何かしら食べ物をくれるのだ。


 そんなに物欲しそうな顔をしているのだろうか、とモニカは眉間に皺を寄せながら、先ほどエレナ副団長から貰った牛の骨を齧る。傍から見れば、仔犬が与えられた骨に夢中になっている愛らしい光景にしか見えない。頭上の机で書類を作成しているエレナが、時々モニカを見ては満足げに微笑んでいるのだが、彼女はそれに気づいていなかった。


 文字を書こうと試みたこともある。だが、一つ大きな問題があった。

 それは、プニプニの肉球が筆を握るのに邪魔、ということではなく、もっと根本的な問題で、そもそもモニカはこの世界の字が読めなかった。アルファベットに似ているが、単語も文法も元の世界の者とはまるで違い、モニカにはさっぱり分からなかった。

 

 仕方がないので、自力で魔の森に帰ろうとしたこともあった。だが、銀狼騎士団の宿舎からモニカが一歩出た瞬間に……未だかつてなく怒り狂った御母様の咆哮がモニカの首元から放たれた。思わず尻尾を膨らませて見れば、モニカのしている銀色の首輪から発せられているようだ。


 そして、銀狼騎士団の宿舎は、大パニックに陥った。

「なんだ!? 魔王の来襲か!?」

「原因を探せ!」

「火事!?」

「事件だ!」

 モニカがいた裏口に、宿舎にいた騎士達が大集合することになった。

 

 どうやら、モニカが勝手に宿舎から出ないように首輪に警報魔術がつけられていたらしい。御母様の怒りの咆哮は、銀狼騎士団にとって非常警報と同じ扱いだった。複雑な気分になるモニカだったが、娘の自分が聞いても、御母様の怒声は、確かに生存本能が激しく警報を鳴らす音だと認めざるを得ない。


 余談ではあるが、この怒りの咆哮は、例の一角獣事件の際にブルクが録音したものだそうだ。騎士団NO.3という肩書と優しげな顔立ち、穏やかな物腰に騙される人間が多いが、ブルクの二つ名は『銀狼騎士団の愉快犯』である。


「団長。こんな警報魔術はいかかでしょうか?」

「ほう、面白いな。確かにコレなら寝てるやつも飛び起きて臨戦態勢をとるだろう」


 好奇心から警報魔術に銀の女王の咆哮を組み込んだブルク、面白そうだからと採用したヴォルデ。まさに、この上司にしてこの部下あり、な二人組であった。


「何を考えているのですか!」

 そして、そんな二人の引き起こす騒動の後始末を毎回しているのが、『銀狼騎士団最後の良心』であるエレナ副団長であった。咆哮警報事件でも、後日二人にたっぷりと御説教を食らわせていた。


「モニカ、ちょっとこちらへいらっしゃい」

 当然、モニカもお叱りを受けることになった。叱責というよりも懇願に近かいものだった分、たちが悪かった。いつも料理を分けてくれるエレナが、ただの動物でも分かる思念を意識して込めて、心からモニカを心配してする『お願い』を断れるはずがなかった。


 モニカはエレナの『お願い』以後、宿舎を脱出することをあきらめた。


 それは、宿舎の外が自分の予想以上に危険であるとエレナの話から分かったからだった。話しているエレナはモニカが理解できるとは思っていなかっただろうが、モニカは思念の意味するところを正確に読み取っていた。


「宿舎から一歩でも出れば、怖い人に浚われることになりますよ。良い仔だから外に一匹で出ないでください」


 その言葉でモニカは思い出した。

 すっかり忘れていたが『くろいの』は希少種であったのだと。


 この世界において純粋に「黒色」の動物は非常に珍しい。それは、黒色の魔獣に限ったことではなく、闇色の仔犬モニカもまた、コレクターや研究者にとって垂涎の的であった。モニカにわざわざ警報魔術付きの銀の首輪が贈られたのは、誘拐防止の意味もあったのだ。


 満足に人間に抵抗できない仔犬の身では、魔の森まで一匹で行くのは無理だ、とモニカは尻尾を垂らした。それを見て、叱りすぎたか、とエレナが慌てたのは、また別の話だ。


 モニカは、自力脱出をあきらめ、親から離れた仔の取るべき王道手段を取ることにした。すなわち――「親が迎えに来るまで動かない」。運動は中庭で十分できる。たまに、ヴォルデやエレナ達が街を散歩させてくれることで気晴らしもできる。ご飯も美味しいし、文句のない環境だった。


 完全に飼い犬化する前に御母様が迎えに来てくれるのか、それだけが心配な毎日をモニカは過ごしていた。くよくよしても仕方がない、獣生じんせい何とかなるさ、が座右の銘の彼女らしい、素晴らしい適応能力だった。


10/17 タイトルを変更しました。

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