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So what?  作者: らいとてん
第2章 銀狼騎士団編
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【10】闇色の仔犬と銀狼騎士団

「ほら、モニカ。肉だぞ」


 ほどよく焦げ目の付いた牛肉が、掌に乗せられて差し出される。運ばれてくるステーキを見た瞬間から期待に目を輝かせていた闇色の仔犬は、きちんと一口サイズに切られたそれを、慣れた様子で滴る肉汁まで余すことなく平らげた。


「団長。行儀が悪いですよ」

 同じテーブルについている金髪の女性が、もはや恒例のお小言を始めるのを、その向かいに座っている亜麻色の髪の男性が宥める。

「まあまあ、いいじゃないですか、副団長。こんな田舎で王都のようにお貴族様のマナーを守ったところで意味はありませんよ」

「ですが、ブルク……」

 まだ何か言いたげな副団長に苦笑して、ブルクは仔犬に目をやる。

「じゃあ、副団長は、あの期待に輝く瞳に抵抗できるっていうんですか」

 そう言われて、彼女は言葉につまる。


 テーブルにステーキが運ばれてくる前から、牛肉の焼かれる香ばしい匂いに、仔犬はそわそわと鼻を動かし尻尾を振っていた。そして、いざ運ばれてきて団長が食事を始めれば、その一挙一動を仔犬は食い入るような視線で凝視した。団長を見つめる、まん丸な瞳は「ステーキ食べたい!」という仔犬の心からの願いを教えてくれる。加えて、空腹を訴える切なげな鳴き声というサービス付きだ。


 仔犬の愛らしくも憐れめいたおねだりという凶悪な心理的圧迫に屈した彼が、ステーキを分け与えるまでそれほどの時間はかからなかった。団長が与えなくとも、この最高に愛らしい仔犬のおねだりに、誰かが負けていただろう。


 副団長とて、可愛い仔犬のおねだりは聞いてやりたい。だが、それも、時と場合による。団長の足元で尻尾を振っている闇色の仔犬を視界に入れないようにしながら彼女は団長に訴える。


「やはり、どんなに辛くとも心を鬼にして抵抗すべきです。ここは、我々銀狼騎士団の専用食堂なのですから、モニカに餌を与えるのは団長の自室であるべきでしょう」


 彼女らしい真面目な台詞を愉快そうに聞きながらも、仔犬のためにステーキを切り分ける手を団長が休めることはなかった。


「エレナ。お前の真面目な性格はお長所であり短所でもある。たまには肩の力を抜くことも大事だぞ。魔の森に最も近いハイデンベルグなどという人の地かも怪しい場所で意味のない貴族の食事作法など守ってどうする。食事は楽しむことが一番大切だ。なぁ、モニカ?」


 己の名を呼ばれたと分かったのか、おんっ! と幼い声でモニカが返事をする。


 そして、エレナの方に向かって短い四足でトコトコと歩いてくる。

「な、なにかしら」

 何かを訴えるように見上げてくる、つぶらな瞳にエレナがたじろぐ。

 見つめあったまま動かない一人と一匹の様子に耐え切れなくなったブルクが噴き出した。

「な、なんですか、ブルク」

 失礼、と言いながらもまだ肩を震わせているブルクが、調理場のある方を指させば、エレナが頼んだ子羊のソテーを給仕が持ってくるところだった。


 どうやら、モニカの次の獲物ターゲットは、エレナの子羊肉らしい。

 

 さて、今日の勝者は、モニカ(常勝無敵の『食堂に巣くう可憐なる小悪魔』)かエレナ(鉄壁の常識を誇る『銀狼騎士団最後の良心』)か。

 背後で騎士達(団長を含む)が賭けを始めるのに、仔犬から目をそらせずにいるエレナは気づいていなかった。



***


 

 目の前に置かれたナイフを、エレナは震える手で握る。皿に乗せられた子羊肉に、慎重に切れ目を入れ、フォークを突き刺して口に運ぼうとするが、まるで見えない障壁があるかのように途中で手が止まってしまう。


 軋む首を横に向ければ、期待に目を輝かせた闇色の仔犬がいる。

 フォークを下に、仔犬のいる方に降ろせば、仔犬の目がぱあっと輝く。

 フォークを上に、エレナの口に近づければ、仔犬の目が残念そうに曇る。

 

 それを何回か繰り返して、エレナは諦めたような溜息をつく。後ろで「よし、やっぱりモニカの勝ちか!」という歓声が聞こえたような気がしたが、それどころではないエレナは気にしなかった。

 

 おもむろに子羊の肉を刺したフォークを皿の上に置くと、団長の方に向きなおった。

「団長。用事を思い出しました。私は私室に一度戻ります」

 一人と一匹の攻防を興味深げに観察していた団長から許可が下りすると、エレナは子羊肉の乗った皿を持っていそいそと自室に戻った。もちろん、仔犬が尻尾を振りながら、その後を追う。


 あっけにとられた騎士達は誰がどの結果に賭けたかを書いた紙をみやる。まさかの、お持ち帰り(子羊+仔犬)という結果を、誰が予想しえただろうか。誰もかけていなかったに違いないと不成立による賭け金の返還を要求しようとした彼らは、大穴場を当てた勇者の名が、そこに燦然と輝いているのに肩を落とした。


 幸運なる本日の勝者は、満面の笑みで掛け金を胴元のブルクに要求する。

「まだまだ、お前達も読みが甘いな。エレナは真面目だが頭が固いわけではないぞ。時々この俺も驚くような奇抜な発案をするくらいだ」

 団長はそう言うと、十中八九、子羊肉を全て仔犬に与えてしまうだろう勝利の女神(エレナ)のために、軽食を彼女の部屋まで運ぶよう女性騎士に指示を出したのだった。


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