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So what?  作者: らいとてん
第2章 銀狼騎士団編
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【9】謹んでお断りいたします。(流血描写あり)

この話には多少の流血表現と残酷描写が入ります。苦手な方は、お気をつけ下さい。

 眠りについていた意識が浮上する。

 まだ重い瞼を開こうとして、『くろいの』は違和感を覚える。

(……あれ、変だな。体が重くない。何時もだったら、とっくに誰かの枕になっているはずなのに)


 弟妹達は非常に寝相が悪い。

 母を囲んで半円状に並んで寝たはずが、翌朝になると、


 一匹は酔っ払いのごとく仰向けになって大の字で鼾をかき、

 一匹は玩具である竜の頭骨を齧りながら、『御母様最強』と寝鳴き(ねごと)を洩らし、

 一匹は歯ぎしりをしつつ、狩りの夢でも見ているのか、鋭い爪で地面を引っ掻き、

 一匹は姉を枕に満足げに眠りにつき、


 『くろいの』は鼾・寝鳴き・歯ぎしり・重みの四重奏によって素晴らしい悪夢に魘される。


 ……というのが幼獣達の日常であった。


 だが、

(鼾も、寝鳴きも、歯ぎしりも、重みもない。それに御母様の気配も……っ!)


 ――漆黒の魔法陣による召喚魔法。

 意識を失った理由を思い出し、『くろいの』は慌てて飛び起きる。だが、四本足で立ちあがったはずなのに、何故か視線が低いままだ。疑問に思って下を向いた『くろいの』は息を呑む。


 視線の先にあるのは、細く頼りない前足だった。

 まるで、生まれたばかりの幼獣のような小ささだ。

 震える前足を持ちあげて裏を覗きこむ。

 まだ大地を踏みしめ慣れぬ幼い肉球が、そこにはあった。

 いつも以上にプニプニしていた。


(なんで……! 年齢が逆行した!? いや、でも、なんか変だ)


 そこで、『くろいの』は気がついた。

(魔力が使えない!)

 己の魔力が無くなっていることに。


 周囲を見回すと、己は見知らぬ部屋の檻に入れられているようだ。

 魔法陣も部屋も檻も人が作り使うものだ。

 つまり、『くろいの』を浚ったのは人だ。

(では、ここは人の地!?)


 人が魔法陣で魔獣を人の地に飛ばす。

 それは魔獣に対する敵対行為だ。

 下手をしなくとも魔獣と人の友好関係を崩壊させることになる。

 まともな人間のやることではない。

 従って、この召喚がろくな目的であるはずがない。


 違法な犯罪に使われる己を想像して、『くろいの』は身を震わせた。


(逃げないと……)


 何とか冷静さを取り戻した『くろいの』だったが、状況は良くなかった。

 彼女は鉄の檻に入れられていた。

 魔獣であった頃ならばともかく、仔犬となった今は無理だ。


 途方にくれる『くろいの』の目の前で部屋の扉が光り、一人の女が扉をすり抜けて中に入ってきた。


「あら、可愛い仔犬さん」

 赤い髪の女が、自分を覗き込んでいる。

 女は、真っ赤な唇をニィと歪めて仔犬に囁いた。

「良い魔獣が手に入ったわ」


 獣の本能で後退さった『くろいの』に、女はクスクスと笑う。

「そんなに怖がらなくともいいのに。さて、あなたは何の魔獣だったのかしら」

 毛を逆立て威嚇する『くろいの』を観察して女は首を傾げる。

「犬、ねぇ。魔力が無くなったら犬になる魔獣って多いのよね。」

 ああ、そういえば、と女は呟く。

「銀の女王も、犬の系統だったわよね」


『銀の女王』。

 心当たりがある『くろいの』は動揺を押し隠そうと必死に女を睨みつける。

「まぁ、それはないか」

 女がふっと嗤う。

「天狼は蒼の瞳に銀の毛並み。こんな真っ黒な仔犬になるはずがないもの」

 勝手にそう結論付けた女は、歌うように言った。

「さて、じゃあ、始めましょうか」

 そう言って、女が何事かを呟き、手を無造作に振った瞬間、


 赤が散った。


 『くろいの』の右前脚から。


「……っ!」

 激痛に『くろいの』は奥歯を噛みしめ、攻撃魔法を放ってきた女を睨みつけた。深く傷つけられた右前脚を庇いながら、唸り声を上げる。


 そんな『くろいの』を見ながら女は口を歪める。

 ――嬉しくてたまらないというように。


「ごめんなさい。後で治してあげるからね」

 自分で傷つけておきながら何を言うのかと『くろいの』は憤る。

「貴女の血が欲しかったの」

(血……まさかっ)

 『くろいの』の脳内に、最悪の可能性が浮かぶ。

「さあ、こちらに来て。血を交換しましょう。最後に、私が貴女に名前を付ければ、契約は完成するわ」


(やっぱり。この人の狙いは、人と魔獣の契約だ)


 破棄不可能な永遠の鎖。

 それが魔獣と人の契約だ。

 互いの血を飲み、魔獣に人が名を与えることにより成立する契約は、一度結ぶと破棄できない。永遠に魔獣と人を縛ることになる。


「ほら……早くこっちに来なさいっ! この馬鹿魔獣!」

(絶対に、いや)

 後退り、女に近寄ろうとしない『くろいの』に、女が先に痺れを切らした。

 再び、女が攻撃魔法を放とうとした瞬間だった。


 部屋を閃光が満たした。

 

 目を焼かれ、何が起きているのか全く見えない状態で『くろいの』の耳に、


 爆発音、

 大人数が駆け込む足音、

 女の呪詛、

 何かが吹き飛ばされる音、

 何かが引きずって行かれる音が聞こえた。


 何が起こっているか分からず、固まっている『くろいの』の頭上から低い男性の声が降ってきた。

「おい、仔犬がいるぞ」

 すると、誰かが近寄ってきて、若い女性の声がした。

「団長。この犬、怪我をしていますよ」


 金属が歪む破壊音がして、『くろいの』は誰かに抱きあげられた。その声の調子と野生の勘で、どうやら、この人間達は敵ではないと分かってはいた。それでも、思わず身を固くした『くろいの』を宥めるように、ごつごつした手が『くろいの』の頭を撫でる。


「ブルク。治してやれ」

「はい」


 優しげな男性の声が詠唱を唱え、『くろいの』の額に触った。

 すると、前足の痛みが消え、目の裏のチカチカが治まった。


 そっと目を開けると、目の前に柔和そうな顔立ちの若い男性がいた。

 この人間がブルクらしい。

 「ありがとう」と一声鳴いた『くろいの』だったが、その声は可憐な仔犬のものだった。魔力を使って思念を込めたわけではない台詞が、人間達に届くわけもなく、『くろいの』を無視して彼女の頭上で彼らの会話は続く。


「団長」

 長い金髪を後ろで束ねた女性が、『くろいの』を抱き上げたまま指揮を取る男に呼び掛ける。

 見上げると、『団長』は黒眼黒髪の強面の男性だった。

「なんだ」

「他にも実験動物がいる可能性があります」

 もっともだ、と男は頷き、他の人間達に、爆破の前に中に生き物がいないか確認しろ、と指示を出している。


 そんな団長を見上げながら、『くろいの』は溜息をつく。


 色々と疑問は多い。


 あの女は何者だったのか。

 この人間達は何者なのか。

 ここはどこなのか。

 もしかして自分はただの仔犬だと思われいるのか。


 だが、一番の問題は……自分が一角獣ユニコーンを食べのがしたことだ。

「お腹が空いた……」

 腹の音と共に哀しげな仔犬の声が響いた。


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