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吾輩たちの見方

掲載日:2026/10/23

 吾輩らは、つくづく勝手に見られるものである。


 海を泳げば恐怖と呼ばれ、

 草原に立てば王者と呼ばれ、

 春に咲けば美の代表と呼ばれる。


 まことに忙しい話だ。


 まずはサメ殿である。

 いかにも不機嫌そうに尾を揺らし、ひとつ鼻で笑った。


「こちらの顔を見るなり、勝手に怯える。失礼な話だ。たしかに歯はあるし、泳ぎもする。だがそれだけで、恐怖そのもののように扱われてはたまらぬ」


 海の底のように低い声で、サメ殿は続ける。


「人間どもは、こちらをまとめて見すぎる。大きいのも小さいのも、おとなしいのもそうでないのも、ひと口にサメと言えばそれで終わりだ。あれでは、生き物を見ているのではない。己の怯えを見ておるだけであろう」


 サメは人を襲う存在として怖がられがちだが、実際には穏やかな種も多いと紹介されている。恐怖の像ばかりが先に歩くという不満には、たしかに道理がある。


 次はライオン殿である。

 こちらは怯えられるどころか、持ち上げられる側だ。


「それもまた迷惑なのだ」


 ライオン殿は、いかにも面倒そうに欠伸をした。


「王者だの百獣の王だのと、勝手に冠を載せたがる。威厳がどうの、風格がどうのと、こちらが何をしておっても立派な意味をつけたがる。腹が減って寝そべっているだけでも、哲学者のごとく語られるのだからたまらぬ」


 まことにもっともである。

 ライオンは力や王権の象徴として文化の中で扱われてきたが、それは人間側が積み上げた像にすぎぬ。


 最後にサクラ殿である。


「お二方はまだ、怖いとか強いとか、実体のあるものを言われるだけましでございましょう」


 声はやわらかい。

 だが、そのやわらかさがかえって刺さる。


「わたくしなど、咲けば春だの門出だの希望だの、散れば儚いだの別れだの、好きなだけ意味を載せられております。ただ咲いて、ただ散る。それだけのことですのに」


 桜は日本ではとくに象徴性の強い花で、季節感や感傷、美の表象として受け取られやすい。美の代表に仕立て上げられる側の疲れも、なくはないだろう。


 こうして聞くと、人間どもは吾輩らを見ているようで、見たいものだけを見ているらしい。


 サメを見れば恐怖を欲し、

 ライオンを見れば王を欲し、

 サクラを見れば美を欲する。


 まるでこちらが、生き物や草木ではなく、感情の置き場ででもあるかのようだ。


「だが」


 と、サクラ殿が言った。


「それを申すなら、わたくしたちもまた、ずいぶん勝手に人間を見ておりますね」


 サメ殿が尾を止めた。

 ライオン殿が片目を開けた。


「意味を載せたがる生き物。

 騒がしく、忙しく、勝手で、感傷深い生き物。

 そう決めて見ているのは、わたくしたちも同じことでしょう」


 しばし沈黙があった。


 否定できぬ。

 まことに否定できぬ。


 人間は吾輩らに、恐怖や威厳や美を見いだす。

 吾輩らは人間に、身勝手さや騒がしさや感傷を見いだす。

 どちらが正しいというより、互いに相手の全部を見る気がないのかもしれぬ。


 見たいものを見る。

 見やすいものだけを見る。

 そうして相手の像を勝手に作り、それを相手そのものだと思い込む。


 まったく、面倒な話である。


 だが、面倒なのは人間だけではないらしい。


 しばらくして、風が吹いた。

 サクラ殿の花びらがひとひら、ふわりと舞った。

 人間ならきっと、あれを見てまた何か言うのであろう。

 儚いだの、美しいだの、春だの、別れだの。


 そして吾輩らもまた、そんな人間を見て、勝手なものだと思うのだ。


 どうやら互いに、相手そのものより、相手に映る己の都合のほうを、よほど熱心に見ているらしい。

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