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笑ってよバーニーズ  作者: 陣外


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2/6

休息

カフェオレがなみなみと注がれたマグカップと、フルーツケーキをふた切れ乗せた皿を持ってリビングのカウチソファへ。ローテーブルにそれらを置いて、リモコンを手に取る。

加入している動画配信サブスクのメニューからお目当ての番組を選ぶ。軽快な音楽と共に画面へ映し出されるのは子供向けの特撮番組だ。最近の子供向け番組は────否。光一郎が観ていなかっただけで元からそうだったのかもしれないが。大人でも観始めたらこれがなかなか楽しいのだ。幼少期ですら大して触れていなかったジャンルだ。きっかけがなければきっとこの先も縁がなかっただろう。知らない世界に触れるのは、いつだって新鮮で面白い。


リアルタイム視聴でないのだから飛ばすことだってできるのに、ついオープニングやエンディングを見切ってしまうのは最早癖だと言っていいだろう。フルーツケーキにフォークで切れ込みを入れながら、この数か月ですっかり耳に馴染んだ音楽を聞き流す。

ヒーローサイドの明るく弾けるようなカットを飲み込むように、おどろおどろしい色の中から見目麗しい、しかしながら「恐ろしくあれ」と産み出された怪人たちが現れた。そのタイミングで出てきたクレジットの中に「本城和沙」の文字。パートナーのものだ。


この手の番組において、和沙は悪役として起用されることが非常に多い。もっと言えば悪役側の幹部的ポジション。ヒーローと並んで大人側の人気を獲得しがちなキャラクターを振られることがほとんどだ。

まあわからない話ではない。恵まれた、恵まれすぎたその体躯はぱっと見で強さを感じるものであるし、そうなると立ち向かうより立ちふさがる側のキャラクターの方がはまり役ではある。人のシルエットに囚われない怪人の造形は、時として激しいアクションの難易度を上げる。そんな中どんなスーツを用意しても平然と動き回ることのできる和沙がとても重宝される、らしい。直接現場の声を聞いたわけではないので定かではないが。ついでにヒーロー側に超高身長な俳優があまり起用されないのも理由のひとつだろう。俳優という分類に拘らず、二〇〇を超える人間はそうそういない。悪役側は人間態と怪人態のシルエットが必ずしも同一であるということはないのでその辺も影響しているのだろう。小さな子供が馬鹿でかくなってもいいし、ごつい大男がすらりとスレンダーになったっていい。和沙が着る怪人スーツの人間態は小さな子役の女の子でした、なんてことも普通にあった。

そんなわけで悪役の起用が多い和沙だが、敵という立場上まあよく死ぬ。ヒーローに倒されるべく立ちふさがるのだから当然と言えば当然であるが、それはもうよく死ぬ。SNSではその死亡率から「死亡フラグ」だなんてなかなかな呼ばれ方で嘆かれているのも見たことがある。嘆かれるのはちゃんとキャラクターが愛してもらってるからだね、なんて当の本人は笑っていた。


オープニングと簡単なあらすじがナレーションで入る。それが終わった次のカットでは、赤いスーツのヒーローが地面に伏して怪人の姿となった敵の幹部に踏みつけられているところだった。ちなみに踏みつけているのが怪人スーツを纏った和沙である。画面の中の怪人は至極楽しそうに、残酷に、正義を蹂躙していた。

「うわぁ、」

思わず声が漏れた。やっていることがえげつない。ヒーローたちへ課せられる試練だとわかっていても、その状況は余りにも絶望という言葉に相応しい。怪人の動作はとても自然なもので、着ぐるみだと頭ではわかっているのにまるでそういう生き物がいるのだと錯覚してしまう。表情が変わらないのに喜怒哀楽が伝わるのだから、役者とはまったく恐ろしいものだ。

わかっていても四角い液晶の中で残酷に嗤う怪人と和沙が少しだって結びつかない。スーツを着ていなくたってそうだ。顔が出ている舞台でも、和沙が何者かを演じているとき、光一郎の脳はそれを和沙だと認識するのを拒んでいる。まるで「和沙が別の人格に乗っ取られた」とでも言うべきか。


「そう思いません?」

「……なにが…………?」

やにわに問いを投げつけた先は、カウチソファのL字部分に体を丸めて仮眠していた和沙である。まさか反応があるとは思っていなかった光一郎は、自分から声をかけたくせに思わず固まってしまう。ぼんやりとした疑問符を飛ばしながら反応を返してきたあたり、深く眠ってはいなかったようだ。和沙は一度深く眠ると、起床時間までぐっすりであることが多い。ちょっと声をかけたり背もたれにするくらいでは起きない。

もぞもぞと腹に掛けていたブランケットを首元に引き上げながら、眠気が残る目で光一郎を見上げている。ぐっと伸びをすると足元が全く足りていないのは仕方がない。声をかけておいてなんだが、別に眠りを妨げたかったわけではないのだ。光一郎が和沙の頬に手を伸ばせば、まるでそれを待っていたかのように和沙から擦り寄ってきた。

「なんでもないんですよ。起こしてすみません」

「……? ウン……、うん……」

むにむにと柔く頬を揉んでやれば、和沙は気持ちよさそうに目を細めた。身長が身長故にほとんど機会がないからなのか、和沙は顔に触れられることをよく好んだ。肩口についていたゴミを取ってやろうと手を伸ばせば、触ってくれるのか、撫でてくれるのかと期待して顔を寄せてくるほどには。

カフェオレを啜る片手間という雑な構い方でも満足するらしい。しばらく触れていれば和沙から小さな寝息が聞こえてきた。

どっしりとカウチソファの一角を占領する和沙はどうしても窮屈そうになってしまう。大きめのものを購入してなおこのありさまなので、もうそう言うものだと本人も割り切っている。

「あ、美味い」

ぱくりと頬張ったフルーツケーキはふんわりと洋酒が香った。和沙が持ち帰ってきたものだが、おそらくは誰かからの入れ知恵やおすすめだろう。可愛がっている事務所の後輩────いや、有能な敏腕マネージャーあたりかと推測してみるがわざわざ答え合わせをしようとは思わない。

ばく、ともうひと口。混ぜ込んであるレーズンごと柔らかな生地を噛み潰す。光一郎の好みど真ん中だ。整った寝顔を眺めながらおやつタイムとはなんと贅沢な楽しみ方であろうか。


『ぐぁっ……!』

「!」

テレビのスピーカーから濁った呻き声が聞こえて、光一郎は意識をそちらに移した。物語も佳境、ネームドである敵の幹部がヒーローの正義の鉄槌を喰らってゴム鞠のように跳ね飛んで転がる。

「あ、」


────一閃。


地に伏し、乞うように伸ばしていた手がぱたりと落っこちた。ピクリとも動かない。怪人スーツを着ている中身は生きているはずなのに。画面の中ではっきりと「死」が映し出された。敵の幹部の仲間が死んだそれを揺すって慟哭している。どんなに揺すられても、抱き起こされても、斬り伏せられたそれの体は呼吸で膨らむこともなく、だらりと脱力したモノに成り果てていた。

「ッ……」

ゾッとした。わかっている。わかっているのだ。画面の中で転がる死体はそう演じているにすぎないのだと。フィクション、作り話、嘘だ。わかっている。鳥肌が立った腕をさすりチラと横を見た。和沙は先ほどと変わらず安心しきった表情で寝入っている。

恐ろしい男だ。

今目の前で死んだ敵の幹部だけの話ではない。感情も、生い立ちも、果ては人格すら役に明け渡して。まったくの別人に成り代わる様は役者と言うよりは、霊媒師やイタコのようにも思える。明け渡した人格は、いったいどうやって戻ってきているのだろうと自分にはわからない世界に思いを馳せる。


いつのまにか物語は終わりに差し掛かっていた。カフェオレは半分ほど、フルーツケーキも一切れ丸々残ってしまっている。いつもそうだ。おやつ片手に、と持ってきてもいつの間にか手が止まってしまう。光一郎がひとつのことにしか集中できないのか、はたまた片手間におやつを食べられないほどに引き込まれているのか。とにかく完食しきったことがない。エンディングを聴きながらばくん、ばくん、と残りのフルーツケーキを飲むように食べきる。風呂上がりの牛乳よろしく冷めてしまったカフェオレを飲み終えたところで、ブランケットに包まれていた小山がもそもそと蠢いた。どうやらお目覚めらしい。手元のスマホを手繰り寄せてSNSを開きながらなんとなくその様子を観察する。

「ン……、ンぅ……?」

のっそりと身体を起こした和沙がしぱしぱ瞬きをしながら伸びをする。

「おはようございます」

「おはよ……」

普段よりもかすれてのったりした声が返ってきた。ようやく意識がはっきりしてきたようで、再生が終わったテレビ画面を見て光一郎の休息を理解したようだ。

「これ見てたんだ」

「今週の話、すごかったですね。これで退場?」

「退場」

「どうりで……」

「えっなにが」

「いいえ、なんでも」

SNSが嘆きの投稿で溢れてますよ、とは言わなかった。言ったとして和沙は多分少し眉を八の字にして困ったように笑うだけだ。

誤解を恐れずに言えば和沙はオタクの心をあまり理解しない。キャラクタを演じるにあたりすさまじい解像度の掘り下げや作り込みをするのにも関わらずだ。そのキャラクタとして生きるのはその方が都合がいいのかもしれないけれど、まあとにかくオタク心を理解しない。

光一郎もそこまで何かにどっぷりというわけでもないので、今SNSで大いに嘆く人々の心を理解しきるかと言えば微妙ではあるが。それにしたって和沙より理解しているだろうと言う自負はあった。


ふと気になったので、聞いてみることにした。

「────の死が惜しまれてますよ」

「彼は愛されたんだね、よかった」

「追悼のイラストたくさんアップされてますね」

「どういうこと……? ……? オフィシャルアカウントでイイネとかつけて回った方がいい?」

「やめておきましょうね」

「……?」

やっぱり和沙は少しだけ眉を八の字にして、困ったように笑った。個人的にはわかってはいないけど、本人がいいのならいいんじゃないかな、という顔である。


後日マネージャーにイイネやコメントをつけて回った方がいいかと相談したところ、やんわりと却下されたらしい。これだから和沙のSNSアカウントはマネージャーの管理が入っているのである。


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