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ヘタレ退魔師・玖堂冬夜のあやかし奇譚  作者: 市瀬瑛理
第七章 決戦

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第56話 戦闘開始

 冬夜たちの前には、二体の幻妖が(たたず)んでいる。


「いくら幻妖とはいっても、人間の形したものと戦うのはあまり気分のいいもんじゃねーな。しかも二体かよ」


 初めて見る人型の幻妖に、志季がうんざりしたように吐き捨てた。


 外見はただ真っ黒いだけだが、形はしっかりと人間の姿を(かたど)っている。

 冬夜も少々気が引けるが、そんな甘いことは言っていられないと自身を奮い立たせた。そう、自分たちの生死がかかっているのだから。


「志季、気をつけて」


 冬夜がまっすぐに前を見ながら、隣の志季に声を掛ける。


「おう。冬夜はまずコハくんのこと守ってやれ」

「うん、結界を張ったら俺も戦うよ」

「わかった」


 志季が頷くのを横目で確認して、冬夜は少し後ろに下がった。それから、抱えていたコハクをゆっくり床に下ろす。


 コハクの前に膝をついた冬夜は、人差し指で素早く床に何かの模様を描いた。


(聖なる光よ、防壁(ぼうへき)となりてすべてを守護せん……!)


 それに右手をかざして力を込めると、模様から淡い光が溢れて、小さなコハクの周りがドーム状に囲まれる。


 冬夜でも使える簡単な結界術だ。これも初歩的なものではあるが、何もないよりはいいだろう。


「コハク、絶対にここから出ちゃダメだからね」

「はい、わかりました!」


 冬夜が念を押すように言い聞かせると、コハクは結界の中でしっかりと頷いた。

 その元気な声に冬夜は満足した様子で頷き返し、立ち上がる。


「お待たせ、志季」

「よし、じゃあ一体はオレが相手するから、もう一体は任せていいか?」


 前を向いたままの志季の背に声を掛けると、志季は振り返ることなくそう訊いてきた。


「もちろんそのつもりだよ」

「ん、頼んだ」


 冬夜の返事に、志季は持っていた蒼月(そうげつ)(つか)を両手で握り直す。刀身には、すでに青白い冷気が宿っていた。


「さっきも言ったけど気をつけてね」

「オレはヘタレなアンタと違って戦闘のエリートなんだよ」


 わざとらしく軽口を叩き、志季が振り返る。その顔には不敵な笑みが浮かんでいて、冬夜は思わず苦笑を漏らした。


「そうだったね」

「じゃ、行くぞ!」


 言うや(いな)や、顔を戻した志季が幻妖に向かって駆け出す。


 そんな志季の背中を見送りながら、冬夜は深呼吸をして、もう一体の幻妖を迎え撃つことにした。



  ※※※



「――我、今この時に雷神の力を行使し(じゃ)(はら)わん――疾雷(しつらい)!」


 冬夜が言い放った次の瞬間、幻妖の頭上にできた雷雲から一筋の稲光が落ちる。


 それがまっすぐに幻妖の脳天を直撃すると、幻妖はわずかに奇声を発しながら蒸発するように消えていった。


「あれ、何かちょっと強くなったかな? いつもよりコントロールできた気がする」


 自身の両手を見ながら、冬夜が「おや?」と首を傾げる。


 まだ解放した力は使っていないはずだが、少しは影響を受け始めているのかもしれない。


 珍しく上手くいった疾雷に冬夜が満足していると、離れたところでもう一体の幻妖と戦っていた志季の方も無事に退魔し終えたようだった。


「ほう、人型でも容赦ないか」


 いつの間にかステージに上がっていた古鬼(こき)が感心した様子で冬夜たちを見下ろすと、その言葉に志季が噛みつくように返す。


「うっせーよ! こっちは命かかってんだ。手なんて抜いてられるか!」

「まあ、これくらいは簡単に倒してもらわないと困る。だが初めて会った時よりも力をつけているようだな。あの時はもっと弱そうだった」

「そりゃあ少しは成長するよ」


 今度は冬夜がむっとしながら答えた。


 それをちらりと見やった志季が蒼月を構え直し、改めて古鬼を見上げる。


「ほら、さっさとお前が相手しやがれ」

「そうだな。これ以上は幻妖を使っても無駄か」


 古鬼は大仰(おおぎょう)な仕草で溜息をついてみせると、流れるようにステージから降りてきたのだった。



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