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ヘタレ退魔師・玖堂冬夜のあやかし奇譚  作者: 市瀬瑛理
第六章 崩れる日常

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第50話 冬夜の帰還

 冬夜が一人で洞窟の中へと入っていってから数時間が経った。


 洞窟近くの大きな岩に腰を下ろした志季は、時々征一郎と話をしながら、じっと冬夜が戻ってくるのを待っていた。


「……?」


 不意に何かの気配を感じて、立ち上がる。

 それは洞窟の中から漂ってくるものだった。


 ゆっくりこちらへと近づいてくる気配に志季が身構えていると、少ししてよろよろと冬夜が姿を現す。


「……冬夜!」


 今にも倒れてしまいそうなほど疲弊(ひへい)している様子の冬夜に、志季は迷うことなく駆け寄った。


 先ほど感じた強い力の正体はきっと冬夜だろう、と志季は考えたが、目の前の冬夜からはいつも通りの力しか感じられないし、今はそれどころではない。


「大丈夫か!?」


 肩を貸してやると、そこにずっしりとした重みが乗ってくる。ちらりと見たその顔は蒼白で、大量の汗が(したた)っていた。


 おそらく倒れる寸前だ、と志季は瞬時に判断して、冬夜をその場にゆっくり座らせる。

 地面に座り込んだ冬夜は、まだ苦しげに浅い呼吸を繰り返していた。


「……じょう、ぶ……」


 聞き取れないくらいの小さな声で、冬夜が懸命に言葉を紡ごうとする。どうやら「大丈夫」と言っているようだが、どこからどう見ても大丈夫そうには見えない。


「とにかく、今は少し休め」

「志季くん、これを」


 征一郎が水の入ったペットボトルを持ってきて、志季に差し出す。


「ありがとうございます。冬夜、ほら」


 志季はそれを受け取ると、すぐにキャップを開けて冬夜の口元へと運んだ。


 時間をかけて、少しずつ口を湿らせるように水を飲ませてやると、冬夜は二口ほど飲み込んでからその場に崩れ落ちた。


「冬夜っ!」


 志季が思わず悲鳴じみた声を上げる。


「……だい、じょう……ぶ。……ちゃん、と、いき、てる……」


 冬夜はそれだけを答えると、地面に倒れたまま静かに意識を失ったのだった。



  ※※※



 三十分ほど過ぎて、冬夜はようやく目を覚ました。


 心配そうに顔を覗き込んでいた志季と征一郎が、ほっとした表情を浮かべる。


「少しは休めたか?」

「……うん、大丈夫だよ」


 志季の声に、仰向けになっている冬夜は静かに頷いてみせた。

 それからどうにかして起き上がろうとすると、志季が支えてくれる。


「ならいいけど。……封印はどうだった?」

「見ての通り、ボロボロだよ」


 上半身を起こした冬夜が苦笑を漏らすと、途端に志季の表情が曇った。


「じゃあダメだったのか?」


 そんな志季に、冬夜は小さく横に首を振ってから、ずっと手に握っていた腕時計を見せる。


「ほら、これ」


 かろうじて時計としては機能していたが、その文字盤には大きくひびが入っていた。

 それを見て、志季は冬夜の言いたいことをすぐに把握したらしく、大きく頷く。


「ああ、文字盤の黒水晶に封印してあったんだもんな。封印が解けてこうなったってことか」

「そう。でもすっごく大変だったよ……」


 後で詳しく話すね、と冬夜がさらに苦笑を深めると、征一郎が会話に入ってきた。


「よく無事で帰ってきてくれた」


 征一郎の瞳はわずかに潤んでいるように見えたが、冬夜はそれに気づかないふりをする。

 指摘なんてしたら、きっと「空気を読め」などと照れ隠しで怒られるに決まっているからだ。


 だから冬夜は、


「もうこれでヘタレじゃないよね」


 ゆっくりピースサインを作って、白い歯をみせるだけにしておいた。



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