第50話 冬夜の帰還
冬夜が一人で洞窟の中へと入っていってから数時間が経った。
洞窟近くの大きな岩に腰を下ろした志季は、時々征一郎と話をしながら、じっと冬夜が戻ってくるのを待っていた。
「……?」
不意に何かの気配を感じて、立ち上がる。
それは洞窟の中から漂ってくるものだった。
ゆっくりこちらへと近づいてくる気配に志季が身構えていると、少ししてよろよろと冬夜が姿を現す。
「……冬夜!」
今にも倒れてしまいそうなほど疲弊している様子の冬夜に、志季は迷うことなく駆け寄った。
先ほど感じた強い力の正体はきっと冬夜だろう、と志季は考えたが、目の前の冬夜からはいつも通りの力しか感じられないし、今はそれどころではない。
「大丈夫か!?」
肩を貸してやると、そこにずっしりとした重みが乗ってくる。ちらりと見たその顔は蒼白で、大量の汗が滴っていた。
おそらく倒れる寸前だ、と志季は瞬時に判断して、冬夜をその場にゆっくり座らせる。
地面に座り込んだ冬夜は、まだ苦しげに浅い呼吸を繰り返していた。
「……じょう、ぶ……」
聞き取れないくらいの小さな声で、冬夜が懸命に言葉を紡ごうとする。どうやら「大丈夫」と言っているようだが、どこからどう見ても大丈夫そうには見えない。
「とにかく、今は少し休め」
「志季くん、これを」
征一郎が水の入ったペットボトルを持ってきて、志季に差し出す。
「ありがとうございます。冬夜、ほら」
志季はそれを受け取ると、すぐにキャップを開けて冬夜の口元へと運んだ。
時間をかけて、少しずつ口を湿らせるように水を飲ませてやると、冬夜は二口ほど飲み込んでからその場に崩れ落ちた。
「冬夜っ!」
志季が思わず悲鳴じみた声を上げる。
「……だい、じょう……ぶ。……ちゃん、と、いき、てる……」
冬夜はそれだけを答えると、地面に倒れたまま静かに意識を失ったのだった。
※※※
三十分ほど過ぎて、冬夜はようやく目を覚ました。
心配そうに顔を覗き込んでいた志季と征一郎が、ほっとした表情を浮かべる。
「少しは休めたか?」
「……うん、大丈夫だよ」
志季の声に、仰向けになっている冬夜は静かに頷いてみせた。
それからどうにかして起き上がろうとすると、志季が支えてくれる。
「ならいいけど。……封印はどうだった?」
「見ての通り、ボロボロだよ」
上半身を起こした冬夜が苦笑を漏らすと、途端に志季の表情が曇った。
「じゃあダメだったのか?」
そんな志季に、冬夜は小さく横に首を振ってから、ずっと手に握っていた腕時計を見せる。
「ほら、これ」
かろうじて時計としては機能していたが、その文字盤には大きくひびが入っていた。
それを見て、志季は冬夜の言いたいことをすぐに把握したらしく、大きく頷く。
「ああ、文字盤の黒水晶に封印してあったんだもんな。封印が解けてこうなったってことか」
「そう。でもすっごく大変だったよ……」
後で詳しく話すね、と冬夜がさらに苦笑を深めると、征一郎が会話に入ってきた。
「よく無事で帰ってきてくれた」
征一郎の瞳はわずかに潤んでいるように見えたが、冬夜はそれに気づかないふりをする。
指摘なんてしたら、きっと「空気を読め」などと照れ隠しで怒られるに決まっているからだ。
だから冬夜は、
「もうこれでヘタレじゃないよね」
ゆっくりピースサインを作って、白い歯をみせるだけにしておいた。




