第48話 封印の洞窟・1
懐中電灯を手にした冬夜が、洞窟の中を進む。
緩やかな下り勾配になっている洞窟の通路を、ただひたすらにまっすぐ行く。通路自体は大人が数人並んで歩けるほどの幅があった。
また、ところどころに蛇行している箇所はあったが、ここまではずっと一本道である。
私有地にある洞窟だ、特に内部を複雑にする意味もなかったのだろう。
「ここかな……?」
少し開けた場所に出た冬夜が、小さく呟いた。
そこはこれまで歩いてきた通路の二倍ほどの幅があり、天井もこれまでよりはずっと高い。
また、踏み込んだ瞬間、明らかにこれまでとは違う空気を感じたのだ。
おそらくここが最奥だろう、と冬夜は思った。
立ち止まって懐中電灯で辺りをぐるりと照らすと、奥の方に何かがあるように見える。
壁に手をつけながら慎重に進んでいくと、やはり奥が突き当たりになっていた。
そして、目的としていたものがそこにあったのである。
「これが祭壇……」
冬夜の目の前には、横幅一メートルほどの古ぼけた祭壇らしきものが、ぽつんと一つだけ置かれていた。
石でできたそれは上から白っぽい布がかけられていたが、年月が経つうちに汚れてしまったようで、白というよりも薄汚れた茶色に近い。
何かを祀っているわけでもなく、見ただけではただ布をかけられた石のテーブルといったところである。
しかし、上には何も置かれていないが、祭壇やその周囲からは明らかに不思議な力を感じた。その正体まではわからないが、鋭く肌を刺すような強い力だ。
もしここに志季がいたなら、同じように感じていただろう。
これ以上奥に行くことはできないし、征一郎から聞いていた話とも一致する。
きっとここで間違いない。そう確信した冬夜は、祭壇の前で腕時計を外す。
音を立てないよう、静かにそれを祭壇の上に置いた。
「これでいいのかな」
征一郎に教えられた手順通りに、冬夜が腕時計に自身の右手をかざし、力を送る。浄霊をする時と同じような感覚である。
そのまま黙って力を送り続けていると、ほんの一瞬ではあるが、腕時計の文字盤が光ったように見えた。
「今、光った……よね?」
力を送りながらじっと見つめていると、また光る。それからもう一度。
ゆっくりと点滅し始めた文字盤に、どうしていいかわからないでいるうちにも、点滅は徐々に早くなっていく。
「え、ちょ、これどうしたらいいの!?」
冬夜は思わず助けを求めるように周りを見るが、もちろん誰もいるはずがない。
途端に心細くなって、「やっぱり志季についてきてもらえばよかった」などと思った時だった。
文字盤がひときわ激しい光を放ったのである。
反射的に目を閉じた冬夜だったが、少しして瞼を持ち上げようとした時、何かに右手首を掴まれた。
「ひ……っ!」
目を閉じたままで思わず叫び声を上げそうになったが、それをどうにか堪えて、反対の手で持っていた懐中電灯を握り直す。
それから恐る恐る目を開けた。
冬夜の双眸に映ったのは、眩い光を放つ文字盤と、そこから伸びた、真っ白な一本の木のつるのような物体だった。
冬夜の手首を掴んでいたのは、この白い物体である。いや、正確には霧状の長い触手のようなものだ。
「そ、そうだ。こういう時こそ深呼吸しないと……!」
いつも言われてきたことを思い出し、深呼吸を始める。
手首を掴まれたままで、必死に深呼吸を繰り返していると、
「……まえ、……か」
今度はどこからか声が聞こえてきた。若そうな男性の声だったが、ところどころが掠れていて何を言っているのかはよくわからない。
咄嗟に声のした方へと顔を向けると、そこには自分が先ほど置いた腕時計があった。
声が聞こえてきたのはこの腕時計の中からである。
そう、腕時計の文字盤から霧状の触手だけでなく、声も出てきているのだ。
今度もどうしていいかわからず、冬夜が硬直していると、今度ははっきりと声が聞こえてくる。
「……お前が、冬夜か?」
「……は、はい」
一瞬息を呑んだ冬夜だったが、素直に返事をすると、小さく笑うような声が聞こえてきた。
「そうか、とうとう来たか」
愉快そうに言ったかと思うと、文字盤からはまたも眩しい光が溢れてくる。
「今度は何!?」
冬夜は懐中電灯を持っている左腕で顔を覆いながらも、懸命に目を凝らした。
これまで手首を掴んでいた触手が離れて、文字盤から溢れた真っ白な光と同化していく。
そうして光は塊になって、どんどん大きく膨らんでいったのである。




